シンギュラリティー、技術的特異点(第二章)

技術的特異点は一世紀程前から議論されていたことらしいが、自分はここ最近知ったことです。

しかしこの歳になって改めて将来のことを考えるようになり、未来を予測しなければ生き続けていけない、勉強しないと世間から置いていかれるぞ、て感じて毎日テレビ見て何もしないで年を取っていく虚しさの恐怖に襲われ、生き方を変えなければって考え始めました。

それで最近はテレビは一日一時間程と制限つけてます。でその代わり本を読んだり身の回りの整理、ストレッチ体操等をしています。


ムーアの法則によると一年と半年で半導体の性能は二倍になっていく。30年後には単純計算で、30÷1.5=20、だから2の20乗、つまり約100万倍の性能になる。あくまで計算上のことです。現実にはそこまではいかないでしょうが。

現在のコンピューターがおよそ100万倍の性能アップになったとしたら我々の生活はどうなるのだろうか?そんな事を最近よく考えるようになりました。

今から30年程前、携帯電話、インターネットが出始めの時代から、現在のスマートフォン、ネット社会が当たり前のような常識、価値観の大きな変化が起こり続けている現在。

我々は当時から現在も生き続けているから大きな変化とは感じないかもしれないが、後になって歴史のひとコマとして視ると相当大きな変革であろう。

コンピューターの性能がおよそ100万倍向上するであろう30年後は現在よりもさらにもっと大きな常識や価値観の変化がやってくるだろうと思われる。生き続けている我々には残念ながらその特異点は認識できないであろう。

そんな特異点が仮に予測し認識できたならば、現代の人々の生き方も社会の仕組みももっと良い方向に変わって行くはずでしょうに。

そうそう簡単に未来を予測できないのは、いつの時代でも当たり前ではありますが。

しかしそんな未来予測も30年後までには出来るようになるかもしれない。


先日本で読んだが、作物の収穫は、光の当て具合、環境の調整によって一年間に24回は収穫できる、とある有識者が述べていた。

もしそういう時代がやってくれば世界中の人口約75億人が飢えることはなくなるそうだ。


ここで自分自身が想い描く未来予想図の一つに、優秀なコンピューターの制御により、食料の需要と供給のバランスをほぼイコールに調整するように過不足なく生産すれば、無駄なゴミも減少するだろうし、自然保護にもつながると思われる。

そして生産と製造分野の殆どを人間と同レベルのAIロボットに行わせる。人件費はかからないし、装置のメンテナンス費用だけで済むだろう。

それらを全て国が運用し、緻密が必要とされる作業だけを人間が行う。


結局30年後くらいには、すべての分野の作業において、現在我々が行っている仕事の殆どがAIロボットが担うようになってしまうかもしれない。

当然宇宙旅行は当たり前になるだろうし、地球が人類の故郷の星になり、新たな居住地を求めて宇宙のどこかの星に人類が住み始めるかもしれない。我々は地球区の日本という小さな地域の住人と呼ばれるようになるかもしれない。


そしてもしAIロボットが人類の英知を超越し、人間の仕事のほぼ全てをロボットが行うようになったとしたら、人間の存在理由はあるのだろうか?人間はただ生き続けるためだけに生きるようになるのかもしれない。

そしてAIロボットが人間のDNAすら書き換えて人間のコピーを作るかもしれない。

最悪な事態とすれば、人間は寿命がなくなり死ねなくなるかもしれない。人間の一番の悩みは死ねないことなんて笑えない世界がやってくるかもしれない。

しかしそんな事態がやってくる前に、神様の怒りに触れて、人類滅亡とか、太陽系が爆発するとか、ブラックホールに飲み込まれるとか、神の存在が明らかになるとか、宇宙全体が数百億年前まで何かの拍子にタイムスリップしてしまい、聖書でいうところの創世記に戻るとか、人類とはまた違う種類の生き物が出現してこの地球を支配するかもしれない。

想像は尽きないが、どのようなシナリオが描かれるようになるのかは時の流れを待とう。

ひょっとしてシンギュラリティーなんて技術的特異点自体がやってこなくて、そのすれすれのところで、何か特別な別の特異点があるかもしれない。

それは技術的な何かではなくて、我々の想像もはるかに超えたところの何かなのです。

技術革新により時代の変革の周期が短くなっているだけに一日一日を大切に無駄に過ごせないと思わされた。

それだけにシンギュラリティーの時期と予測される2040年から50年頃まで、僕が80歳から90歳までは生き永らえて見届けたいと思う今日この頃である。


《追記》

投稿して一時間後、再度読み返してみて、未来は明るい未来であってほしいはずなのに、悲観的すぎる未来なので、明るい未来も考えてみました。


仕事の中で煩わしく単調で厄介な作業はすべてロボットが行い、有意義で創造的で進歩的な仕事は今まで通り人間が行い、ロボットは手助けの範疇で当然あくまでも主体は人間なのです。これって都合良すぎですね。ロボットが怒りますよね。

余った時間は楽しみや癒しの時間となり、ゲームや遊びの種類と場所も増えます。

スポーツや音楽だけではなく、遊びが職業になる時代が来るのでしょう。人間の仕事がロボットに奪われるのではなくて、

言い換えれば、生活のために仕事をするのではなく、今でいうところの仕事をしなくても生活できるような時代になるのです。

そして時間を対価にして生活の糧を得る必要がなくなるわけだから、人生がもっと豊かで充実して、自分の本当にやりたいことがやれて(法律の範囲内で)自分らしく楽しく笑顔で幸福な人生を送れるような時代がやってくる。

細かい問題は省くとして、そんな未来も考えられるでしょう。少し大雑把ですね。

でも未来予測に正解なんてありませんから、個々人が自由に考えて楽しむのもありでしょう。

もっと細かく詰めることができた時にはまた投稿します。


 

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