「life」カテゴリーアーカイブ

エピソード

社会のたから、家族のほこり、それが子供。

いっときの安らぎ、癒しの時間、でも迫り来る別れの時。

見覚えのあるコンビニの予告看板を目にして「のど渇いた」

彼の意を受けて、そのコンビニで停車。「***も行くーう! 」

買い物かごに、可愛らしいちっちゃな手で食べ物、飲み物を

選んでは喜んで入れていく、ほほえましい。レジへと向かっていると、

「あの、ミドリの」と、何かを見付けたのか、足と言葉が止まった。

指差す方向に目を向けると、緑色が特徴のパッケージのDVDが

「あれ、買って、お願い!!」「他に何もいらんけん」その場に

立ち止まって、一ミリも動こうとしない。いつも控えめな彼が我々に

せがんだ初めてのこと。買ってもいいかなと思ってはいたものの、

何だか、はめられた気がしないでもなかった。「仕組んだな? 」

とはいっても、子供にはわかろうはずもなく・・・


依然、クリスマスに一緒に鑑賞したであろう「グリンチ」と推察。

「前に、いっしょに見たと思うよ」手にとってみると、確信持てずとも、

何だか買う気になれずに、まごついていたら、幼児が予期せぬ言葉を

のたまわった。「これ、シリーズ、もんやねん。」「・・・・」なぜか、得心さ

せられ、納得させられ、返す言葉が見当たらず、購入させらてし

まった。聡明な子供には大人もかたなし、ってところ。

なんて、賢い、機転の利く、抜け目のない可愛らしい子供・・・・ だから

何だか決して憎めない、恐れいった。まさに《目から鼻に抜ける》とはこのこと。

たかだか1000円ちょっとだし、今日でとうぶんお別れなので、

餞別代りにと・・・・ たかが子供っていっても、決して侮(あなど)れない

ほんと《われ以外、皆、わが師》です。忘れずに魂に刻んどこ。のちに、

お母さんに聞くと、そんな言葉は教えた覚えはないとのこと。末恐ろしや

ほんのちょっと小耳にはさんだ言葉を最高の時に、絶妙のタイミングで

使えるとは・・・勉強させられます。「男子三日会わざれば、刮目(かつもく)して見よ」


我が家には暗黙のルールがある。できうる限り極力、高速道路は

走らない。後部座席に幼児を搭乗させた時は。ベルトでしばりつ

けたくないので・・・・ 「愛媛に行くよ!」「愛媛ってどこ? 」


「ここどこ? 」「愛媛」「ここが、愛媛? 」「うん、愛媛」

「***住んどったやろ」「そうなん・・・」「ママと住んどっ

た場所に行ってみる? 」「うん。」かつての家の前を通過する

と・・・ 見慣れた景色に脳が刺激されたのか「思い出した?」

「あー、あー、」「思い出した? 」「うん、ここ来た事ある」

「ザグザグ。覚えてる? 」「何それ?」「花火買ったやろ」

「ザグザグ、行くーーう」前を通過してると「何で、

ザグザグ、閉まったん?」「代わりに、トイザラスは?」仕方なく

ちょっと、遠出におもちゃ屋に行く羽目に。まさに、やぶへび。


ほんと、子供に甘ーーーい、わが夫婦。そんな者に限って

子供が居ないのだ、人生とは、不条理、ほんと、ままならない。

口惜しい限りだ。


確かなことがひとつある。これからは、彼らの時代だ。

にわかに、後部座席がまた、あわただしく騒ぎ出す。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。また会う日まで。


風呂から出て衣服を着けていると、「おいちゃん、

おむつ着けんのん? 」「大人はおむつ着けんのよ」

「でも、バアバは着けるよ」「それは別」「ふーん、別」

「別? 」「何が・・・」首をかしげ、何かを考えている。


ある時「屋根がない、あのおうち、屋根がないよ」「どこ? 」

「あそこ」それは、天井が、一枚板の形の家だった。ちょっと、

理解に戸惑ったが、他の家の形状と比較してふに落ちた。

合掌つくりのような典型的な形だけが屋根と刷り込まれているだけなのだ。

「あれは、ああいうデザイン、やねん」「デザイン? 」「うん、デザイン」

「ふーーん、デザイン」「デザインか・・・」初めて耳にした言葉に

納得できずとも、繰り返す。


子供のエピソードにはほんと、事欠かない日常だ。思い出してたら。

終わりそうにないなあ。切りがないな・・・・

ちょこちょこ小出しにしますね。


 

真面目

夕刻、ドライブ途上の車中でのこと。運転中の妻に一本の電話。

「私は、今、***に居ます」「****と、いたしまして、」

「その理由と言いますのが・・・・」

「*****と思っているしだいです・・・・」などなど。

電話が切れた後で、僕が尋ねた。「堅いの・・・・」

「さっきの人、あの、ものいい何?」「何ともぎょうぎょうしい」

「もっと普通にしゃべられんのかーー」妻が応えた。

「元、航空警察やから・・・・」さらに僕が「本人は別に、ええけど」

「まわりの人が、たまったもんじゃないよ・・・・」

「気の休まる暇がないぞ。」妻がとどめを刺した。「だから、

あの年で独身やね」「ふーん、俺と同じくらいじゃないん」「もう一生、独

身やな」「こうじ・・・・より上よ」「ふーん、最悪・・・・」


疑う余地もなく、四角四面を絵に描いたような、きまじめな人なのだろう。

しかも、正義感の異常に強い、24時間いかつい顔をして冗談ひとつ

口にしない、ある意味で、悪い言い方をすれば、人格破綻者でないのか。《言葉が過ぎました、すいません》

独身時代、僕にも似たような上司が居た。ほんとに苦手だったが、

よく食事に誘ってくれたので、それなりに付き合った。回らないすし屋で

いみじくも、彼がつぶやいた。「あんたが、うらやましい・・・」自由で、

真面目でない僕の言動は、つとに戒められたもんだが、本心は僕のよ

うに生きてみたかったなんて、聞いてみないとわからないものだ。40歳

過ぎて、胃を悪くして、手術して長期休養を強いられた上に、退職間際

まで会社に、いいように使われたそうだ。周りに気を使いすぎて自分自

身を見失って、自分の人生を行きてこれなかった、ことを悔やんだはず。


コロナのせいで、うっとうしいマスクが嫌で、すぐにはずして、おしゃべり

してしまう僕は、いつも注意を受けてしまう。とある事業所の人に伺った。

「家ではさすがに、マスクしないでしょう?」ほとんど即答で、

「してますよ、立場上、かかるわけにいかんですから・・・・」

僕は正直、この人、 《**シカ、変わっている》って思った。 100%の感染防止に、例外は認められないってこと。

その人の《人となり》を理解して、真面目にウソをつくような人でな

いだけに、かわいそうというか気の毒で・・・・ 寝ている間ですらマスク

姿が目に浮かぶのです。しかも、子供や両親までもが彼の考えに異を

となえられず、マスクを強いられていると思うと・・・・言葉がみつからない。

《あくまで、想像です。》 そこまでして、自分の大切な時間、家族を犠牲

にしてまで、守るものって、いったい何? 《蛇の道は蛇》ってわけで。

《人って、悪いことと、わかっていても止められず、良い事って、わかっ

ていても、何で素直に、できないんだろう? 》


きまじめで、忠実な会社人間が陥りやすい《悲劇》だろうか?

《**さん、ごめんなさい》 こんな人に限って、

「まさか、こんなはずじゃなかったのに・・・・」って最後に口にして、

会社や世間をうらむことになってしまうもの。


でも、確かなことがひとつある。《真面目》は人間の中で、間違いなく

最も崇高な美徳のひとつである。何かを成し遂げた人は、すべからく

その道においては真面目である。《真面目》は成功への絶対条件だ。

しかしである。何事においても、過ぎれば、《あだ》となる。《過ぎたるは

及ばざるがごとし》 真面目一辺倒では、物事の枠組みにとらわれすぎ

て、問題の袋小路に迷い込みやすい、部外者、外れモノ、異端者の

違った視点が何かを大きく変えるもの。パラダイムシフトの真っ只中の

今だからこそ。得てして、真面目より不真面目の方が得なことが多い気がする。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。会える日まで。


くだんの僕の上司は、仕事中は決して仕事以外の話はしてこなかった。

それで僕は、努めて、仕事以外の話題を振ったもんだ。プライベートで

は、同じ野球チームで共にプレイしたが、結局、親しい友人までにはな

れなかった。疎遠になってから、20年以上になるかな。思い出すことに

仕事中、よく気がつくと、僕の様子伺いに近付いて居たようだ。

ある時、僕が「はくしょん、はくしょん・・・・ 」「誰か、俺のことで

想いわずらっているのかな? 」ってひとりごとを言うと、僕の

後方でクスクスって声がした。振り返ると彼が居た。

くしゃみ一回、悪口、くしゃみ二回で、誰かの慕う想い。

って耳にしたことがあったので。


僕は別に、不真面目を推奨するつもりもなければ、

真面目な人をディスってるつもりも、マウントしようとも

思っていません。正直、僕は真面目な人が大好きです。なぜって、

総じて、《真面目な人は、正直者で誠実な人だからです。》

ただ、自分がひねくれ者で、上から目線で、ほんと、

あい、すいませーん。 あくまで、私見ですのであしからず。

でもほんと、「オネスティー イズ ザ ベスト ポリシー」は真実。


 

セミの墓

今朝は、ことに日差しがきつい。しかも、

セミの声がけたたましい、騒がしい、耳につく。

夏の日差しと、セミの声と聞くと、頭をよぎる光景がある。

車がたまにしか通過しない、田舎に寝泊まりした子供の頃、

セミの声が目覚まし代わりでハッと目が覚め、ラジオ体操に

おもむき、朝食もそこそこに、近所のオバケが出そうな、うす暗

い竹やぶまで、セミ狩りに毎朝向かったもんだ。そこは、昆虫が

多く集まると巷で有名な場所。汗をびっしょりかいた後は、プー

ルバックをさげて学校のプールへ直行。学校の先生から、

「セミが鳴き始めると、梅雨が明け、夏本番だよ」って、つとに

聞かされた。そんな先生も退職され、さらなる田舎で悠々自適、

晴耕雨読の生活を満喫されてるらしい。同窓会で伺った。

僕の学生時代のお気に入りの男の先生で、良い意味で、かなり

可愛がっていただいた。それはそれは叱られて、小さな心は

傷ついた。でも先生の教えは、今の僕の学問の基幹になった。


慣れとは恐ろしいもので、スポーツ全般において超得意だった

僕でも、水泳だけは大の苦手で、仮病を方便によくズル休みし

ていた。《後で聞くと、全部ばれていた。》当時(小学5年)

どんなに頑張っても、25メートルが精一杯だったはず。

幼少の頃、食料事情から、骨皮筋衛門の僕を、父に無理矢理、海

の沖まで連れ出され、溺れそうになった恐怖心がなかなか抜けき

らずトラウマに支配されていた。今もって、頭から湯や水を掛け

られ、耳首筋にたれ流れると、背筋がゾクっと縮みあがってしま

う。夏休みプールに無欠席のおかげで結果、自然と平泳ぎ、クロ

ールを会得し、50メートルをゆうに泳げるようになった上に、

地域のリレー選手に選出されるまでに上達した。でも、今だに、

背泳ぎはちゃんとできない、怖いのだ。恐怖心だけはどうにも克服できない。


何も、水泳の上達が目的ではなく、プール帰りに、近所の駄菓子

屋で、かき氷を食べたかっただけなのだが。店のサービスで

通常、一杯30円のかき氷が、プール帰りだと一杯10円に

なった。当時、僕の一日のお小遣いがきっかり10円だ。

店のおばさんは、まんまるとよく肥えたキップのいいおばさんで

片や、亭主は、ひょろっとやせ細った、何ともさえないおやじだ

った。そのおやじが、威厳を保とうと、口元にちょびひげをたく

わえていたが、むしろ、こっけいで笑えた。僕たち子供の間で、

デコボコ夫婦、って呼んでいた。その夫婦も鬼籍に入ったと風の

うわさで聞き及んだ。寂しい限りだ。


毎朝、小一時間ほどで、ところ狭しと、セミでいっぱいになった

《かご》を軒先につるしていた。夕方になると、異臭が立ち込め

家中から苦情が出るほどなので、竹やぶの草むらに埋めていた。

数日後、小高い小さな《あり塚》になった。まるで、野坂昭如氏

でジブリ映画になった「ほたるの墓」のようだった。僕も、

せつこのようになるのかな? と悪夢がかすめる。

戦時中なら、食料にでもなったであろうに・・・


今年は、コロナ禍であおりを受け、プールは禁止。

時節柄、暑さとどう向き合うかが難しいのは、

なにも子供に限らない。この暑さの中、顔を赤らめて

作業している人をみると、ほんに頭が下がる。小生は

ほぼ毎日冷えたビールを身体冷ましに利用している。

毎回、増加ぎみの体重計に、ため息が出る。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


昼前、車中で妻が「おなかペコペコ」ってひとりごとを言うと

僕の携帯が反応して、「おいしいランチをお探しなら・・・」

って突如、しゃべった。笑わされた。人生に笑いは大切だ。


 

目玉商品に誘われて連れ出され、行きつけのスーパーでのこと。

レジで大人しく、息を殺して、なりを潜めていた時、目に耳に

飛び込んできたストーリー。年端(としは)もいかない兄弟

二人がお菓子売り場で何やら、こそこそもぞもぞ、兄が自分の財

布の中身とちっぽけなジャンクフードを交互に、にらめっこしな

がら、意を決して、我々の後ろのレジの最後尾に陣取る。弟が

辛そうに半ば泣き出しそうな表情で、兄の後ろに悲しそうに寄り

添っていた。家内が声を掛けた。「兄弟? 」「どうした

ん? 」


胸に詰まった想いがあふれ出したのか、泣きじゃくりながら

「お腹すいて、泣いてたら、兄ちゃんが、お菓子買ってやるから

ついて来い、ってんで、来たのに、お金足りなくて、一個しか

買えなくて、兄ちゃん我慢する、ってんで悲しかったん」

泣いてる上に、感情的になっているから、理解に苦慮したのだが

欲するお菓子と、財布の中身を比べて、合点がいった。

財布の中には10円玉四つと五円玉ひとつのみ。

菓子の代金は45円。まるで、小生の子供の頃と同じ。


子供の気持ちに共感し、涙をこぼしている弟を、見るに見かねた

家内が口を出した。「お菓子もう一個、取っておいで、」

「おばちゃん、買ってあげるから」「はよ、持っておいで」

「かまんの?」「ええ、ええ。」僕も思わず、善人になった。

表情がいっぺんに明るくなった弟は、流れる涙を手の甲でぬぐい

ながら、何度も「ありがとう」兄も軽く会釈しながら「ありがとうございます」

別れ際、家内が「おばちゃんも子供の時は、同じように買いたい

モノ買えずにつらかったんよ。だから、気持ちよくわかるけん。

僕らも、大人になったら、困った人には、親切にして

助けてあげて・・・」 外では、降り続いていた雨がようやく

やんだ。すっきりしない空模様とは裏腹に、心は澄んでいた。

たまには、良い事でもしたいってもんで、気持ちの良いもんだ。

何かが溜まって、憤慨しそうだったから、久しぶりに、胸の

つかえがおりた。どんな境遇になっても、人の心はなくしたくないもんだ。


英国の作家である、ジョージ・エリオットの言葉です。

「歴史に残らないようなささいな行為が世の中の善を作っていく。

名も無き生涯を送り、今は訪れる人のない墓にて眠る人々の

お蔭で、物事はさほど悪くならないのだ。」


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


高校入試の面接の折、教官から「モットーは何かありますか? 」

と、質問を受けて、とっさに、ついて出た言葉が

「一日一善です。」と言ったのを思い出した。

近年まで、一膳が通りであったようだが、年とともに

一善どころか、数善になっているかな・・・


今朝は、サンドウイッチとコーヒーで朝食になりそう。

昼食はカレーがいいな。へんぴな西条の片田舎で下水を

すすっているような人間でも、時には、上澄みの上水に

憧れる。《言葉に詰まるような体験は、自浄作用があって

人を人間に育てる。》


世の中のどんな大きな幸福よりも、身近な小さな幸せであっても

人にとっては、一番の幸せなのだ。


 

謎の??

私は見た。それを見た。ちっちゃな薄いグレーの珍キャラが

数十人。黒とうとうたる夜、寝床のかたわら、ほんの数十センチ

先の暗い違和感。眠りに落ちているはずなのに・・・

それは見えざるものが可視化された瞬間。思い起こせば、

背たけ10センチ足らず、ねずみ色の軍服姿で機関銃を肩に抱え

た、こびとの兵隊集団さんが一糸乱さず小走りで走り抜けた。

兵隊さんたちも、何かの物語に加わりたいのか・・旧友でもある

まいし。おっしゃってくだされば、お迎えにうかがったもの

を・・・ ホスピタリティーは確保しますから・・・

静かに息を殺して振り返ろうとしたが、何かの力がはたらいて

ビクともしない。朝、顔をゆがめながらよみがえった、週末旅行

で体験した今の時期にぴったりの光景。終戦の近い時期だか

らかな・・・ まだひと月以上も先だぜ。どうして? 《人を呪

わば穴二つ》 バカな、こんなことはあり得ない。勝手知らない

他人の家、だから・・ ほとほと奇妙だ。見て見ぬふりをして、

何事もなかったよう平気な顔で耐え忍べば、じきに通り過ぎる。

見知らぬ何かがすっとやって来て「こんにちわ」って言われても

ねえ・・辻褄、矛盾、ただただぼう然自失。潜在意識に残る心の

傷跡?


梅雨中の淡い青空のもと、ほどよい夏の日差しに気分は心もと

ない微妙な毎日。サンビリーバブルな夏の日の宵闇でした。

今となっては、夢だったのか何だったのか、確かなことは何も?

でも気分は晴れ晴れしい、とてつもなく。今日は機嫌が良い。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


焼肉で食事中、おもむろに幼児が「教えちゃろか? 」

「***、気もち、食べれるよ!!」「それ、キムチね。」

ご存知のごとく《気持ち》ではなく《きむち》だ。誰でも自分が

少しでも、できなかったことができたことが嬉しくて自慢気に

他言したいのである。ことに、幼ければ幼いほどに・・・

喜んで、取り分けて、白ご飯の上に手助けてよそおう。程なく

して、手を合わせ「ごちそうさま」ちゃわんの中には、いまだ

赤粒の光る緑のきゅうりがことごとく・・・ 《言うはやすく

行うはかたし》 学んだかな、世の中を・・・


話し変わって、人間より低い位置に咲く花は、上向きに。人間と

ほぼほぼ同じ位置に咲くヒマワリは横に咲く。人間より高い位置

に咲くサクラなどは、下を向いて咲く。《自然ほど不自然に存在

する》《そのような存在は、決して存外には扱えない》ものだ。


握り寿司を宿泊先に持ち込もうと車内からさげて出た次の瞬間。

どうしたことか、十字に結んだひもの隙間から、するりと容器

ごと寿司が滑り落ちた。あわてて容器に戻したものの、

《握り寿司》のほとんどが《ちらし寿司》にすり替わった。

この時から、何か様子が変だった。生活に不安がのぞかせる?

それも暗い脅威を? でも、何事もいたって、普通だ。安心し

た。 めったにないような、不可解な説明できないことが起こる

と不安で怖い。どちらかと言えば、鈍感で、そういう体質とは

程遠いはず。ユウレイにはまだお目にかかったことはない。

今までも、これからも、そうであってほしい。祈ろう!!!


銀行で椅子に座って待っていると、大男がバックをさげて、大き

なマスクをして、入って来た。一瞬、銀行強盗かと、勘違いす

る。突っ込みところ満載、反応は遅れ、やりにくさ100%。


今日もごちそうさマングース。


 

再会

昼過ぎに遠路はるばる県をまたいで、意気揚々として保育園まで

お迎え。嬉々(きき)として、園庭内を飛ぶように走り回り、すぐ車に

乗り込み、「おいちゃん、ちょっとお話したいことが・・・ 」

と言ったくせに荷物を広げ「ちょっと、おいちゃんには、

見せたくないけどなあ」「はい、お待たせ、 ***の

マスクコレクション」「いっこだけなら、取ってもいいよ。」

「ありがとう」「はい、500円になります。」「お金取るん

かい、なら、返品!!!」「100円でいいです」節操がない。

納得できずとも、ワンコインを手渡す。にやけながら、受け取る

と、嬉しそうにバイキンマンの財布に入れ、御満悦。「今、

貯金始めたところ・・ 」に「だますより、だまされるほうが」

と言って財布を2,3度優しくなでてやった。微笑んでいた。


ちょっと、会わない間に、人が変わったみたい。その後、

「おいちゃん、握手して。ハグして。」「おいちゃん、大好き」

っと妙にごまをすって、取り入ろうとする。世渡り上手。恐れ入った。


徐々に規制が緩和され、シングルマザーの母が週末歓迎会で

愛息子の望む我夫婦の元へ一拍のごほうびの旅行。現地で外食。

帰りがけに「ゴチになります!!」と頭をぺこり「ありがとう」

高速に入って、前方車両に引き離されると、「はよ、行けーー」

って上から目線で、せかす。さらに「あ、こうじ(工事)!!」

「こうじ(浩二)は、ここ!!」と手を挙げると「ちがうって、

あっち」再び、「あ、こうじ(工事)!!」と叫ぶと「こうじ

(浩二)はここ。」と、さらにツッコむと、 「うるさい、だま

ろうか?」と、辛らつな言葉でさとされる。夕刻、海側の

瀬戸内湾際を通過してると、夕日に照らし出された海をながめ、「あっ」

「海がきれいー」と恋人に話し掛けるように、ひとりしんみりとよどむ。

西条の田舎から、県庁所在地の都会に住むようになると、こうも

変わるモノなのか。《子供は一日に約300回笑うらしい。》

片や、大人になると約30分に一回と10分の1に減少する。

人生は幸せを探す旅。笑う回数が増えるたびに、幸せに近づく。


今日はここまで。 近藤浩二でした。

では、また。


作家の井上ひさし氏の言葉。

難しいことはやさしく、やさしいことは深く、

深いことは面白く、面白いことはまじめに、まじめなことは愉快に、

そして、愉快なことはあくまで愉快に。

まさに、示唆に富んだ文言。


自分の嫌いな、我が家の熱い風呂に入れられると、「ママの風呂

がいい。出るーー」と、いつも泣き叫んでいる。神妙な面持ちで

出てくると、「次はおいちゃん!!」と言うので「はい、次、

入ります」って手を挙げると、勝ち誇った表情で、近寄って、

頭をなでてくれる。ほんに、可愛いやつだ。気に入った・・・


コロナのことなんて、いっさいがっさい、忘却のはるか彼方だ。

今日もごちそうサマンサ。


 

潮時

前年の年末あたりから週に3回訪問マッサージを施術いただいて

いる。昨日の昼下がりにチャイムとともに、いつもにこやかな

お顔をしながら、要所、要所のツボを「お前はもう死んでいる」

のごとく《おやすみのマジシャン》は、時に強く、時に優しく、

神の手かと勘違いするほどの気持ち良さで、落としていく。


ウトウトとする夢の中で不意に話しかけられ、気のない返事。

「近藤さんとこは、もう10万円入りましたか?」「はい・・」

「うちはまだで・・・ 近所の知り合いも入ったようで・・・」

「どうなってるんでしょうかねえ? 」「知りませんか?」

いつも突如、この身には、いたずらの虫が騒ぎ出す。

「はずれがあるみたいですよ・・・」「え!!」

「はがき届いてませんか? 」「はずれ、って大きく書かれて」

「あなたは、選にもれました、って」「えっ、ほんと?」

「はい」「そうですか・・・」あきれ顔で僕を見ながら、手元を

ぎゅっと強くさせる。「え、はずれがあるんですか・・・」

「美人と男前しか支給されないって」「***さんは・・・・」

「なるほど・・」もう潮時だと判断した。「もちろん、ウソです

よ」「そうですよね」「国民全員に支給って聞いてたんでね」

「はい・・」 いつもこんな風にお互いバカを飛ばし合っている。

《バカになれる分だけ、人は親しくなれる》 その後も、

世間話でお茶をにごす。

《いくら頭で何かを考えても、伝えなければ、ないのと同じ。》

今朝は曇り空の穏やかな空気の中、気がつけば、アジサイが

じゃっかん、雨露にぬれていた。本格的に梅雨の季節到来だ。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


一方、かみさんは、玄関用の敷きマットの清掃交換に来た業者に

ラジコンカーをジョイスティックで操作中に、「今日はおいくら

ですか?」「千****です」「ほう・・・」「ちなみに、

ころラジコンカー、いくらくらいと思われます?」

「2,3千円くらい?」「千円でおつりがきます。」

財布を取り出し、「千円と***円、はい、どうぞ」

「どうも、ありがとうございます」「こんな機械が

千円でおつりがくるのに、こちらは、マット交換するだけで

千円じゃ足りないん・・・ ですよね? 」困惑ぎみの営業マン

に僕がさらに追い討ちを 「そろそろ、しおどきですかね・・」

にやりと笑いかけた。笑うかどには福来り。


今日もごちそうさま。


 

昨日のゆうげ

最近、我が家でも、ボチボチ、ようやく、外食が解禁になった。

食欲があれども、囚人のような粗食浸けが続いたせいか、

「何か食べに行こか? 何がええ? 」「肉が食べたい」

日曜日、一日家にこもっていた姪っ子の二つ返事で焼肉に決定。

小躍りするほど待ちわびていたのか道中、妙にハイテンション。

誰もがニコニコ顔だ。平和には美味なるものが必至だ。小生は、

うし年なんで、共食いになるが、世界一大好物で最後の晩餐も

焼肉の予定。割と席が空いているのにコロナ対策なのか、

三密回避の配慮なのだろうが中途半端、部屋の隅っこに追いやら

れ陣取る、ここじゃ換気が悪いと文句を言いそうになりそうな

言葉を、大人げないとの良識から呑み込んだ。ビール、わずかに

上等な牛肉、白飯、肉、ビール、キムチ、肉、締めはアイスク

リーム・・ でもって、しあわせホルモン大放出。

タレにつけて口に放り込む瞬間は最高にワクワクするよね。この

ご時世、ことに、飲食店が苦境に立たされている。立ち向かうべ

き、帰り際、若い女性店員がお得な格安商品券の営業トーク。

笑顔がないぞ。これじゃ、ただの可愛いマネキンだ。そこで最後

に、返した。「もれなく、私も付いてくる? 」僕の余計なひと

ことに、姪っ子がぴしゃり。「あ、セクハラ」恐れいった。

わかっちゃいるけどやめられない。ほんの少しイカレテて変わり

者なのでご勘弁を。であるが、良識を持ったガラの悪い正義の

味方、決して姑息で汚いまねはできないのだ。ときに、思考と

行動が相反して、ジレンマに陥って頭を抱える。カウボーイ風に

言えば、「かず撃ちゃ当たる」腰のひけた名うてのガンマンだ。総じて、

突然のにぎわいに、お腹がすごい反響だ。誰もがなんだか、

気落ちしていた分、喜んだ、勇気をもらった。

《人を幸せにするも、不幸せにするも、口にするもん次第だ。》


しかし、状況は以前よりだいぶマシだ。自力で生きるしかない。

何事も気の持ちよう。でもって、運命ってやらを追い求めて・・

っと。ようやく、何かが動き始めた。ゴットン、ゴトゴト。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


「何か臭い」「した? 」「いいや」「自分やろ? 」

「うちも知らんよ」怪訝そうに見合う。

車中でのおならは厳禁だ、人間関係の破綻を招きかねない。

近付いてまで、調べるには及ばない。犯人は俺だ。誰も気づかない。


 

紫陽花(アジサイ)と子供たち

現在、水無月、6月の花と言えば、アジサイですね。我が家に

猫のひたいほどの庭先に華やいで赤く咲き誇っている。

ほんのちょっと車を走らせると、道路わきに青々と

雨露に照らし出されて見事に景色をにぎわせ、心が洗われ

明日への活力になる。アジサイは土の性質によって花の色が

変わると聞く。土が酸性なら、青色。土がアリカリ性なら赤色

よくご存じのリトマス試験紙とは正反対だ。だから、恋人に

贈る花としたらNGなのだ。花言葉は「心変わり」なのだから


人気ドラマ相棒で容疑者のひとりが、恋人にアジサイの花を贈

った疑いから、事件が解決されていく、といったくだりがあった。

アジサイ、漢字で書くと紫陽花。昔から、むらさき色と認識され

ていたということだ。赤色と青色を混ぜると紫色になるから・・


どんなモノでも、人でも、綺麗だなあ、映えるなあ、って感じた

ら、名前や種類を、由来を知りたくなって、つとに、調べ直す。

多種多様な顔を持って、まるで七色の仮面をもつミルマスカラス

ばりの華やかさに心惹かれた。今では、変わった色の花弁を見つ

けると、新種の花かもと観察してしまう。話し変わって、早朝か

ら、可愛いお客様たちを朝日の当たる玄関でまちぶせ。しばらく

ぶりの子供たちの早い成長にびっくり。一歳ほどの男の子ふたり

くっきりはっきりとした顔立ちに、頭まで1メートルにも満たな

い身体をのっそり、ゆっくり、ゆらゆらと進める。想像してたよ

りもしっかり、どっしりとした腰が、有望なスポーツ選手への

期待をかきたてる。完成された体格を目にするには、まだまだ

先の事。わが子のいないわが身がたとえ他人の子供であっても

国の宝たちの成長にわずかばかりでも関わり、つぶさに見守り

続けられる喜びに感謝に絶えない日曜日になりそうです。幸せ。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


想像してた最高の幸福を超えた「ハッピー・サンデー」だな。

子供たちの明るい未来を祈らずには・・・ 多彩な表情と行動力

に感心、感服尽きません。どんなときも、どんな場所でも笑える

ユーティリティーボーイたち。社会にこれでデビューできますね

プチトマトと、ひとの子供は成長が早い、ほんと。われわれも

年をとるわけだ。いちにち一日が経験であり、身となり骨となっ

て大きな財産になるのだな。21世紀の令和の戦士たち。

24時間戦えますか? 新種の人間になるかも・・・

若さの光も風もいただきました。ただじゃ転ばない、

原点回帰・・・ かみさんにも子供たちにも気使っちゃって

疲れない様に過ごさないと・・・


今日もごちそうさまーず。


 

教え

梅雨より先に真夏。日本列島は真っ赤です。夏日か真夏日。梅雨

に入ったというのに、雨が降らずに、酷暑に見舞われた日本

列島。昨日は日本一暑い、ことに、運動しながらマスクをつける

と息も絶え絶え、生きた心地がしなかった。家中ではクーラーは

欠かせない。そんな中、予定のリハビリで汗を流す。まわりは

ジジババ。お年寄り方も同様にゴソゴソバタバタ、まさに、身を

切るように、うごめいていた。ほぼ三密状態で大丈夫? 3時間

ほどの長い軟禁状態にげっそり、自分もぐったり。もう年だ。年

には勝てない。疲労と空腹で、横になれど寝る事さえままならな

い。歩く、足元もおぼつかない。改めて、身体を大切にしようと

思った。確かに、体調がすぐれないと、気持ちも心も不安定でグラグラ。


リハビリ所で目にした文言。かきくけこ作文による、

美しく長生きする秘訣、って

か、 感動

き、 興味

く、 工夫

け、 健康

こ、 恋

どれも当たり前だが納得。あと、食事の基本の・・・

「まごわやさしい」が豆、ごま、わかめ、野菜、さかな、しいた

け、いも。わかっちゃいるけど、ただの精進料理じゃねえか、

こんなんじゃ、力が出ねえ。美味しいものを、バランスよくを

身上にしている。だって、残された食事って、あと何回?

世の中にはびこる《教え》って、どれもこれも、冷たくて、

権威者目線の、結果論なんですよね・・・ 今に生きる人間には

《きつい》、って。長生きを目的にある人生、その向こう側には

何がある? いかんせん、

《そんなん、楽しくないって。生きてるとはいえないよ。》

あなたが考えている以上に、人生は短いもの。タイム イズ

マネーだ。ほんと時間は大切だ。 タイムマシーンよ、あなたが

いれば、人生はどんなに素晴らしいことか・・・ 何かいつも

文句ばっかりで申し訳ありません。て、油断してると、世間の

くだらない常識に洗脳されて、脳みそ、腐っちゃっいますから・・・


それに何より、

《人生は楽しむもの。楽しんだもん勝ち。》

楽しむも楽しまないも、自分の気持ちひとつで変わるモノ。

「いつも喜んでいなさい。

絶えず祈りなさい。

すべての事について、  感謝しなさい。」

これ、以前、聖書の勉強会で学んだ。

楽しんで、喜ぶことが、生きる活力、原動力になる。そこに

は生かされている感謝。毎日がんばれるのは感謝しかない。

帰宅後、さっそく、暑気払いにビールをごっくん。とにかく、

生活に必要なもの、生活に彩りを与えてくれるもの、テンション

を盛り上げてくれるもの、これらを、自分なりに快適

リフォームしよう。誰もが、あこがれるおじさんになること。

毎日ワクワク、ドキドキして、人生の可能性を広げよう、と。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。


身体が元気じゃないと、ほんと、何事もにっちもさっちもいかない。

ほとんどの人は、息をしているだけで活きていない。今こそ

エキセントリックで風変りなばかちんのパワーを見せる時かな。

気に食わねえからって、決して、デスノートに僕の名前書かないでね!!


今日も来てくれてありがとう。

ごちそうさまでした。