日常

毎朝、東の空に顔を向けて、まだ柔らかい日差しを身体全体に

浴びて、太古の昔にタイムスリップしたかの感覚にとらわれる。

それは、日がな半日、ただ自然の中に身を委ね、自分も自然の

1部になったように陽だまりに揺られて過ごしているのである。

朝の8時じゃ、人目があるし、世間はうるさいし、社会には

ルールがある。どこかへ朝食に行くには、我が家の家計を燃やし

ているだけのこの身にとっては、ちょっと気が引けるし、日差し

の清々しさが好きだから、晴れ渡った朝空の下、今朝も懲りずに

うろうろ、ウロウロと玄関辺りをうろついています。


今後の自分にどのように反映していくのか、様々な日常の断片。

もっとマクロに視界を広げるべきだろうが、所詮、文明の仮面を

はがせば、我々はただのケダモノ。社会人としてクズかな?

良いか悪いかは抜きにして突っ走るのもいいかと。今日も完璧な

朝の風景。人生の喜び、小鳥たちのさえずり、整然としたつばめ

の一群。高く低くリズミカルに響く車両の通過音。 日中は、


毎日、テレビやユーチューブを見たり、ラジオを聞いたりすると

おびただしい情報のたれ流しにも関わらず、視覚、聴覚の両輪で

脳みそが刺激され、屁(へ)の突っ張りにもならないような取る

に足らない無駄な知識が不思議と記憶に残る。


世界最高峰のエベレストの頂上は二畳ほどの広さしかありません

その地を目前に冒険家の植村直己さんは先輩に「先に行ってくだ

さい」と先頭を譲ろうとしました。最後は、「一緒に行こう」と

並んで頂上に立ちました。酸素が薄い標高8848メートルの

極限状態でも互いに思いやる気持ちに心を打たれます。50年前

ふたりは日本人初のエベレスト登頂に成功しました。


「春雨」は《はるさめ》と読みます。「秋雨」は《あきさめ》と

読みます。「夏雨」は《かう》と読みます。音読みの方が雨脚が

太く豪快な感じがするからと。「時に夏雨、城を攻めるを得ず」

突然の豪雨が城攻めを中断させた様子を伝えています。「冬雨」

は《とうう》と読みます。


部屋の片隅にひとりの男が座っています。どこかうつろ気。最初

は見過ごせても、なぜか気になる。最近の我が家、パソコン、

テレビ、食物、人間の排泄。手触りとして記憶されていくひと

夏の風景。くつろいで、お茶でも飲みながら、静かにブログを

楽しんでます。人間はモラルを捨てれば、稼ぐ方法はいくらでも

ある、ことに、美人はと言います。おそらく、答えは無意識の

中に潜んでいます。勝手に身体が動くままに。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


今はまだ、腹の出た、ただのしがない中年男。《かわいそう》

でも、歴史を見ても、人生最悪の負け戦から天下をとった人

もいてます。兵力、知力とも当時、戦国最強軍団、大将、

武田信玄との三方ヶ原において、命からがら、這(ほ)う這うの

体で逃げ帰った徳川家康、その人です。今はただ自然の成り行き

のままに・・・