電気

人間が生き続けるためには、絶対欠かせないものがあります。

もし、空気(酸素)が無ければ、30秒程しか生きられない

でしょう。仮に、水が無ければ一週間しか生きられないでしょう

それ以外何があるでしょう? 先日台風15号が通過しました。


南方に発生した台風のほとんどが、通過する日本。

メディアで連日、その爪痕の凄まじさが報道されて

心苦しくなってしまいます。天災、天変地異、災害、等が

降りかかった後には、ライフラインが断ち切られてしまい

必ず日常生活に支障を来たします。

インタビューによると、一番の問題は情報が入って来ない

発信出来ないといった、情報が回らない《不安》だそうです。

人の心と身体は密接に繋がっています。身体が丈夫であっても

精神が病んでしまえば、身体も病気になってしまいます。

不安を抱え込んだままの生活では直に、まいってしまいます。

被災された人たちはラジオからの情報が大変貴重なものです。

そして現代人にとってはSNSは重要なコミュニュケーション

ツールで、もはや欠くことの出来ない手段です。それには携帯

電話が必要です。そしてそれには常に充電が必要です。お米を

炊くにも炊飯器が要ります。これにも電気は欠かせません。

食材を保存するには、冷蔵庫も要ります。これにも電気が

必要です。何が言いたいかというと、現代に生きる我々には

もはや電気とは、切っても切れない関係だということです。

灯りだけなら、ろうそくや懐中電灯でも事足ります。でも

一瞬たりとも、電気が無い生活なんて考えられません。


聞くところによると、現在、国連加盟国193か国です。

その中で、すべての国民が不便なく、電気を自由に使用

出来ている国は英国、米国、日本を始め、まだわずかに

20か国程だそうです。びっくりですね。世界規模の行事、

オリンピック等はその20か国で回しているほどです。


自家発電機器を使って、コンビニ店を営業始めたことが

映像で流れていました。仮に、電線が通ってなくても

電気を供給する方法はあります。しかし、大量に長時間の

供給には、燃料を絶やせない、発電機の容量の大小、といった

解決すべき問題がいっぱいあるでしょう。もし、それらの問題が

解決されて、ある大きさの電気をある程度、供給し続けることが

出来る機械が発明されれば、災害大国日本の憂いも、少しは軽減

されるのではないでしょうか。そのような機器が一刻も早く

出現する事を切に望みます。近い将来何か出来そうですね!!


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P. S. I LOVE YOU.


もし、現代に発明王エジソンのような人が居れば

挑戦してそうですね。この年齢からでも、研究してみたい。

我々の未来には、我々が決して予想も出来ない素晴らしい

未来が待っているはず。近いうちに必ず。強い予感があります。


 

THE ROSE(ばら)

午前中歯科医寮で歯の治療をした後なぜか疲れたと感じました。

しんどいな、しかし、やらなければ、でも問題がまだまだ

山積みだな。目の前に高い山が立ちはだかっている。

何を、どうすれば良いだろう? 逃げ出したいな、辛いな、

なんだか、寂しいなって、誰でもあるでしょう。そんな時

僕は乗り越えなければと想い、よく歌を聴いて気分転換を

図ります。この歌を聴いてメロディーの美しさ、歌詞の深い

意味に、心動かされました。


《愛》は河だという人がいる。

若くて柔らかい芽を呑み込んでしまう河だと、

 

《愛》は鋭い刃物だという人がいる。

魂から血を奪い取る刃物だと、

 

《愛》は飢えだという人がいる。

満たされることのない渇望だと、

 

私は、《愛》は花だと思う。

そして、その大切な種は、あなただと、


傷つくことを恐れている心、

そんな心では楽しく踊ることは出来ない。

 

目覚めていることを恐れている夢、

そんな夢ではチャンスはつかめない。

 

誰も受け入れられない人、

それでは与える喜びを知ることはない。

 

そして死ぬことを恐れている魂、

それでは生きている意味を学べない。


 

夜が切なく寂しくなった時、

そして、道があまりにも長すぎると感じる時、

また、《愛》は幸運で強い人間にしか、

やって来ないと思った時、


思い出して欲しい、厳しい冬の、

深い雪の下には、


暖かい太陽の愛を浴びるための種があり、

春にはバラの花を咲かせるということを・・・・


和訳by LEONA


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.  S.  I  LOVE YOU.


《レディガガ》の「ボーン ディス ウエイ」も励みになる良い

歌詞。


 

パプリカ

♪「パプリカ花が咲いたら」♪「晴れた空に種をまこう」♪

♪「ハレルヤ夢を描いたなら」♪「心遊ばせあなたに届け」♪

最近、小学生の塾生、出会った子供達、誰もが何気に口ずさむ。

ヒット曲なら誰もが口ずさんだ昭和時代の歌謡曲のような状況。


2018年、年内最大ヒット曲「LEMON」の作者、米津玄師

(よねずけんし)の有名歌曲「パプリカ」2018年8月15日

シングルリリース。「《NHK》2020応援ソング プロジェクト

の一環として「みんなのうた」で放送されました。

親しみやすく、歌いやすく、ダンスミュージックとしても

ユーチューブでも数多く取り上げられています。

歌詞の内容は子供でも理解でき、明くて前向きでポジティブ。

音程も幅広くなく、リズムはシンプルなのに、単調じゃない。

起承転結のストーリー性も、しっかりしていて、飽きが来ませ

ん。メロディーも覚えやすくて、どの音程からでも歌い始め

られる音作り。ヒット曲の要素をすべてを兼ね備えた楽曲。

年配の僕でも不意に歌ってしまいます。


家族でカラオケに行った時に子どもたちが歌う定番曲らしい。

大きな露出によって、ダウンロード10位以内やユーチューブ

がつなぎ、CDの売上とカラオケが後押ししています。

良い曲なので、深く考えず聴けます。しかも簡単に歌えます。

《パプリカ》はロングヒットのわかりやすい雛形と言えます。


元々《パプリカ》って緑黄色野菜の代表、カラーピーマンの

一種です。しかも昭和世代にとっては、嫌いな食べ物

ランキングに必ず上位に挙がった《ピーマン》と同じ種類。

カラーピーマンの緑色以外は《パプリカ》と呼ばれています。

昭和の時代、元祖《パプリカ》であるカラーピーマンは、

苦味を嫌う子供達から、嫌いな食べ物として、ニンジンと共に

常にやり玉に挙げられて、食べられずに皿の端に残されていた

嫌われ物です。しかしフラボノイドを含み栄養価が高く、有識者

たちによる健康食の推奨野菜の代表でもありました。その後

カラフルな食材の《パプリカ》の普及から、その魅力が見直され

ました。パプリカを含めカラーピーマンは未成熟の果肉の、

独特の青臭い風味と苦味があります。一方成熟した果肉には甘み

がある所から、その後、嫌われものではなくなりました。


かつて、カラーピーマンは、その苦みは子供が好まないことが

多く、ニンジンやグリンピースなどと共に、子供が嫌いな食材の

筆頭に挙げられることが多かった食材でした。しかし栄養価が

高く、原色で彩りが良く、料理の見た目も映える食材を料理人

が見逃すはずがありません。苦味を嫌う子供に対しては、

1990年代のパプリカの普及から工夫がなされるようになったほか

さまざまな料理に盛り込まれるようになりました。結果として

嫌われモノの《ピーマン》の名前が見えなくなり、《パプリカ》

と言った歯切れの良い音と、なぜか美味しそうな、新しい可愛い

食材として表舞台に飛び出して来ました。子供の連想ゲームで、

「赤い」と言ったら《パプリカ》と言われるぐらい市民権を

得ました。《ピーマン》と呼ばれて嫌われモノだった野菜が

《パプリカ》って言葉と音が変わっただけで、曲の題名にも

使われて一気に人気者になりました。1970年代後半、

《頭がピーマン》という流行語がありました。ピーマンの中身

が空洞であることを元に、「頭が空っぽ=頭が悪い」という意味

で使われてました。何にでも思いがけないことが起きます。

それはまるで、上手くないものが、世の中から見捨てられた

ような連中が、圧倒的弱者が逆転ホームランをかっ飛ばす事が

あるからこそ、人生は面白っい、っと。どんなことでも・・・

すべて未来の種になりますね。

すべての不都合や不幸は、幸福の踏み石に過ぎないのです。

自分の顔は、自分が作る・・・良い氣が身体にみなぎると・・

良い顔になります。

悪い氣が身体を支配すると・・・顔も悪くなります。

言葉はあなたの心から出ているんですよ。出来れば今日もあなた

の心から嬉しい言葉が出てきますように。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。 P.S.I LOVE YOU.


越えて行く・・・越えて来た・・・ だから今がある!

一日を大切にせよ。その差が人生の差につながる。


 

後悔

「後悔」とは、何て悲しい言葉でしょう?

何て寂しい言葉でしょう? 失って初めて気が付く

「当たり前のあり難さ」や「勇気の価値」。


いつだって本当に大切な事は、後から気付くものです。

大切なものを見失うなう時、人はたいてい自分の事ばかり

考えてしまいます。人は長く生きれば生きる程、人生において

「後悔」を何度も経験してしまう弱い生き物です。誰もが一度

は、「あっ、しまった!」って思ったことはあるでしょうに。

ここで「後悔」には二種類あります。ひとつは、取り返しのつく

「後悔」、そしてもうひとつは取り返しのつかない「後悔」

です。言い換えるなれば、それは、やり直しが出来るもの

なのか、やり直しが出来ないものなのか、という事です。唐突に


今ここで「貴方にとって、大切な人を思い浮かべて下さい」

 

両親、兄弟姉妹、子供等、肉親でしょうか? それとも、妻、夫

恋人、友人、知人でしょうか? どちらにしても貴方にとって

きっと近しい人であるでしょう。現実的ではありませんが、仮に

もし、その大切な人が「一時間後に居なくなってしまう」と

したら、どうでしょう?   《貴方はどうしますか?》

《何を想い、何をしますか?》《ただ一時的に何処かに行ってし

まう》だけなのか、それても《死んでしまうのか》といった

ふたつの大きく異なる状況が想像できますが、最悪

死んでしまって、二度と会えなくなってしまうとしたら、たとえ

一時的な別れであっても、次に会える可能性が低いとしたなら

しかもその人と喧嘩別れしていたとしたら、どうでしょう?

悪い状況を考えれば、切りがありませんが、しかし

人間なんて最悪の状況でも考えない限り、真剣に誰かの事なんて

考えようなんてしないでしょうから。


もう二度とその大切な人と一時間後に会えなくなってしまう

としたなら、

「もう二度と、会えなくてもいいや。」って思って、

別れたとしたら、尚のこそ、深い後悔になるのでは

ないでしょうか。    究極のところ、


おそらく、ぎゅっと抱き寄せて、優しい言葉をかけてあげるので

はないでしょうか。それだけで十分なのではないでしょうか。

人間とは複雑に見えますが、実はとても、ちっぽけな単純な

存在です。何気ない心無い仕打ちや、ちょっとした一言で、

人は簡単に落ち込み、傷ついてしまいます。逆に、ほんの

ちょっとした、心ある仕草や何気ない優しい、一言であったと

しても、なぜか人は、心が軽くなって、救われるものなのです。

人に会えない時間というものは、むしろ会っている時間よりも、

人を強く想っているものです。たとえどんなに遠く離れていよう

が、誰かが誰かを想っている、誰一人も、ひとりじゃない。

誰もが繋がっているのです。人間は決して一人では生きられな

い社会性を持った、とっても弱い寂しがり屋です。

孔雀は恋をすると、翼を広げます。ウサギは、寂し過ぎると、

死んでしまいます。人は恋をしても、幸福になる保証は

決してありません。逆に傷ついたり、深く悩み苦しみます。

人は誰かと出会い交わると不運にも、事あるごとに誤解を

重ねてしまい、進べき道に迷い、解決の手立てすら見失い、

最後には、自分の心に牢獄を築いてしまいます。しかしながら、


時間が流れても、いくつの季節が変わっても、優しい思い出が

あれば、いつでもあの時に戻れます。未練とか執着じゃありま

せん。かけがいのない大切な存在。今しか、出来ない事を

考え行動しましょう。そして大切な人を大切にしましょう。

貴方が毎回踏み出すその一歩に、どれだけの人が、どれだけの

想いで支えてくれたのかを、忘れてしまっては、分かりません。

だからこそ、必要なものを、足りないものを、そうだ、そのまま

に感じる事なのです。そして生きていることにもっと感動して、

素直で純粋に感謝を忘れずに、生きていきたいものです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。 P.S. I LOVE YOU.


願わくば、人間の単純さを笑い、人生の複雑さをも笑いま

しょう。