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節分

 

ーーーーー「今日節分!」ーーーーー 長い静けさを破って、か細い声で口をきる。

車窓から見える、代わり映えのしない単調な

道路脇の家並みをぼんやりと眺める。

週末土曜の夕刻だというのに閑散とした市内の主要道路。


ーーーーー「豆ある?」 暇つぶしに質問する。

 

疲れているのか、力ない返事が返った。

ーーーー「きのう、神社で頂いた」。  「ふん」。

不愛想に相槌(あいづち)を打つ。

 

疲れているだろうに、今から仕事で出張の

妻は、さぞやーしんどいーであろうと

ドライブを求めた自分が罪の意識でさいなまれる。

 

==1昨日の朔日市(ついたち)祭が、ひどく遠い過去に

思えるほど慌ただしい二月の始まりだった。

 

《あっ、そう言えば》《そのような事、最近、聞いたような》

《妻と、ちゃんと、向き合って会話していない事を、ーーー

ーーーさすがに痛感させられる》===

帰路途中、スーパーで恵方巻を二本購入。


テレビに翻弄(ほんろう)される、不確かな情報の世界から

引きずり出された9時過ぎに夕食の時間。その前に豆まきの計画を実行に移す。

寒空の中、家の前を通る市道に向けて57の大人が

声を張り上げる。

ーーー「鬼は外」、ーーー「福は内」。

56の女も同様に吠える。

---「鬼は外」、ーーー「福は内」。

ーー澄み切った寒空の静寂を突き破って響き渡る。ー--

ーーーー-「うるさーい」ーーーーー

の苦情が近所の番犬から持ち込まれる。===そうだ。

ふと忘れていた食欲がよみがえる。

「はらへっーーたーーー」

ダイニングのテーブルの席に着く。

お互いの視線が巻き寿司に集中する。

身体もあったまる澄まし汁。

「いただきまーす」。

巻き寿司をワクワクの気持ちで右手に握る。

今年の恵方の「南南東」を確認してほおばる。

「うまーーーい」種類はシンプルで妥当な

田舎(いなか)巻き寿司。

「美味しい」。具材のかんぴょうとほうれん草が上手く

噛み切れず唇(くちびる)からはみ出す。

人差し指で押し入れる。

美味しい巻も、残りあと数センチ。

親指、人差し指で一気にすべて口中に押し入れる。

澄まし汁で臓器へ流し込む。

ーー「うんぐっ」ーー「ズルズル」ーー「ゴックン」ーー

「調子良かったら、ーーー1メートルくらい食べられる」

「25センチくらいやから、4本いける?ーー無理やろーー」

軽い冗談で発言しただけなのに。

ーーー真(ま)に受けて返事するな。

疑心暗鬼(ぎしんあんき)の生じた発言にむっとした。


子供の頃に垂涎(すいぜん)の的として、

憧(あこが)れた贅沢な食事、

===スイカ1個をひとりで食べつくし===

===巻き寿司数本の丸かじり    ===


潜在意識の記憶の奥底からわきあがる食欲を

一度満足させてみたい。挑戦してみたい。

大人になった今だからこそ現実化できる贅沢。

大人になったからこそためらってしまう愚行。

時節の行事はひとどおり実践する我が家の

ありきたりの平凡な節分でした。

なぜか、しないと落ち着かない

==平凡==

そんな日常で今年も過ぎるのだろうか?

ーーーいや、絶対違うーーー

特別な記憶にも記録にも残る意義深い年にしよう。

と改めて心に刻む。

そして一日が終わる。しかるに、人生は続く。


そうなのだ、その《平凡》と真摯(しんし)に向き合って

粛々(しゅくしゅく)と繰り返し続けることで

偉業を成しえた偉人は数多く居る。捨てたもんじゃない。

まさに===「偉大なる平凡」===


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


ヂュービーブラザーズでロングトレインラニングです。

1973年リリース。全米No.8位。アルバム「キャプテンアンドミー」からシングルカット。ギターとリードボーカルの

トムジョンストンの作品。初期のデュービーの代表曲。

ギターのカッティングが超かっこいい。練習したもんです。

ツインドラム、トリプルギターで人気を博する。

西海岸結成の米国の老舗(しにせ)のロックバンド。


 

シーナイーストンでモーニングトレインです。

1981年リリース。全英、全米ともにNo.1位。アルバム「テイクマイタイム」からシングルカット。英国の女性ボーカル歌手。副題「ナインテュファイブ」9時から5時まで仕事って歌

女性目線の歌曲。

日本でも人気のあったモデルのようなグラミー受賞の美人歌手。


オリビアニュートンジョンでザナドゥです。

1981年リリース。全米No.8位。サウンドトラックからシングルカット。ELOと共演。ELOのジェフリンの作品。

ミュージカルファンタジーの映画にピッタリの幻想妖艶で楽しい楽曲。「ザナドゥ」とは歓楽の都や桃源郷の意味。


 

アーハーでテイクオンミーです。

1985年リリース。全米No.1位。アルバム「ハンチングハイアンドロー」からシングルカット。MTVのビデオが画期的で秀逸。二次元と三次元を行ったり来たりの優れたアイデア。

「テイクオンミー」=「take on me」とは「僕を受け入れて」の意味。


 

 

雪の日

最近寒さのおかげで、目覚めが早くなった。まだ8時過ぎ。

底冷えする冷気で、精気がどんどん奪われそうなので

かじかんだ指を、自由な右手で、左手左足を数十、数百回こする。

数か月ぶりに暖房を点ける。数分後

布団の中が南国の楽園に思えた頃には、

まさに起き出す時間だと覚悟を決めた。

携帯電話で目覚めの音楽を流す。「♪~」、「~♪」。


やがて妻が氏神神社の伊曾乃神社の朔日市(ついたち)祭から

帰って来た。この寒い中を早朝から参拝とは信心深く感心感心。

表に出ると、昨日の天気予報の通り、雪が舞い落ちていた。

小さい可愛い雪の塊が「しんしん」と降っていた。

地表付近には思ったほど風が吹いていないので、

積もる雪だと予測が確信に変わった。数年ぶりの

積雪現象に、くすぶっていた好奇心に火が付いた。

変わり者の夫婦は積雪状況と舞い散る雪を鑑賞したくて、

県境に位置する四国連峰の中腹あたりまで

ファーストフードとホットコーヒーをお供に

道路をドライブ。


まさに県境に位置する、寒風山トンネル手前の道路脇の

小さな停留場に真っ白い雪が一面に広がる。素晴らしい壮観だ。

その雪面はまだ誰にもけがされてない、まさに

「バージンスノウ」しかし、すこし横に目を向けると、

すでにその雪面に先客の車が停車。

母子2人が雪面で戯(たわむ)れていた。

まだほんの3、4歳の小さな子供が小さい赤い両手で雪を

すくって、口元に持って行く。母親がそれを制して、

雪玉を作って子供に渡す。子供がそれを手にして、

雪景色を背景の渓谷(けいこく)に向けて思いっ切り投げる。

放物線を描いて雪玉が飛び去る。母親も負けじと投げる。

子供のそれより、さらに大きな放物線になって飛び交る。


今居る、この場所が雪国かと勘違いしそうなほど、

非日常を感じさせない光景に、我を忘れて見入る。


生まれて初めて目にする雪化粧の風景と、

「雪」といった白くて、けがれの無い冷たい

《自然物》を身を持って体感した幼子なのだ。

積雪することのほとんど無い南国愛媛で、

ぜひとも子供に「雪」を触らせてあげたいと

願う母は極寒の中、我々夫婦と同様に、

急いで車を走らせ、何者にも踏み入れていない、雪面を求めて

辿(たど)り着いた終着点。


その後、幼子は誰はばかることなく、まるで無条件に命を

爆発させるかの如く、雪面に寝転び、無駄に飛んだり跳ねたり、

声をあげていた。「キャー」、「つめたい」。

天真爛漫に雪世界を駆け回っていた。それは

無目的、無条件、ただそうしたいから、

そうしている、そうしないではいられない、その光景は

今、我々が忘れてしまっているエネルギーの純粋な爆発。


これこそ、動物である人間の根源であることを実感した。

「生きること」とはエネルギーの《爆発》なのだ。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


ベラミーブラザーズで「愛はそよ風」です。

1976年リリース。全米No.1位。アルバム「愛はそよ風」より先行シングルカット。米国のカントリー畑の兄弟デュオ。

冬よりも春の季節にピッタリの歌曲です。

高校生当時NHKラジオで録音して、よく聞いたお気に入りの曲


 

バーバラストライサンドでウーマンインラブです。

1980年リリース。3週連続全米No.1位。アルバム「ギルティー」からシングルカット。ビージーズの3兄弟の作品。

米国を代表する世界的女性スター。

歌手、女優、監督、作曲家。御年74。愛の歌。


 

ジョン・オノ・レノンでインスタントカーマです。

1970年リリース。全米No.3位。当時シングルのみで発売。後にアルバム「ベスト盤」などに収録。ソロ直後のヒット曲

プロデューサーにビートルズ時代の大御所フィルスペクターが担う。ジョンの歌曲の中で「音」的に好きな楽曲。

「インスタント(すぐに)降りかかるカルマ(因果)」の意味。


 

ドナルドフェイゲンでニューフロンティアです。

1982年リリース。シングルカットせず。アルバム「ナイトフライ」のB面1曲目に収録。ボイスオブスティーリーダンの

メンバーの初ソロアルバム。ジャズ色の香り漂うポップロック。


 

 

ぼっち日曜日

今日は本当にひとりぼっちの日曜日。もうすでに夕暮れ。


10時前に目が覚めた。今朝も空気が冷ややかで布団の

上からでも、寒さが忍び込んで来て、眠気が一気に

吹き飛ばされてしまった。今朝は、なおも布団にもぐり込んで、ぐだぐだしたいのに、

冷気ってなんで、ことさら僕の5感をチクチク刺激するのか?

数分後に身体が完全に目覚めた。強い冬型の気候のせいで、

まだ少し温もりの残った布団を仕方なく押しのける。

不満足な気持ちの目覚めに、逆に食欲がよみがえった。

テーブルのサンドイッチを最近我が家でブームの

ココナッツミルクでお腹に流し込む。


認知症叔母さんは週末の金曜の夜から三泊四日で外出。

妻は仕事で夕方まで不在。僕は夕刻過ぎまでひとりぼっち。

正月休み以来の贅沢な時間が突然舞い込んできた。

静寂した部屋でテーブルの椅子に腰かけて、独り物思いに浸る。


木枯らしの風の音で、時の流れに気付かされ席を立つ。

「ヒュー、ヒューン」。玄関から外の景色を眺めてみる。

日曜日の夕方はなぜにこうも寂寥感(せきりょうかん)が

張り詰めて、せつないのだろう。

学生時代に聴いた旋律がふと口からもれる。

「♪夕暮れ時はさみしそう♪」、

「♪とってもひとりじゃ居られない♪」

独りで過ごしていると「さみしさ」のようなものを

ふと感じることがある。誰かと居たいと願う気持ち。

誰かと話がしたいと願う気持ち。温もりに触れたいと願う

気持ち。生きてることを確認し合いたいと願う気持ち。

自分ひとりの足で立っていることが難しくなり、

誰かを必要とする。そんな感情が心を襲う。

しかも厄介なことに、寂しさは《心もとなさ》を運んで来る。

その《心もとなさ》とは《不安》なのである。その《不安》とは

《恐れ》なのである。今の僕には地位も名誉も財産も

何も持って無い。何も持っていないくせに、

失うことを恐れてみたりする自分が居る。「違うだろ」と

自分に突っ込む。持たざるものがなにを恐れる。

お前の強みは、持たないものの軽やかさだろう。

持たないものの潔(いさぎよ)さだろう。

恐れることは何もなかろう。


喉の渇きを覚え、椅子に座る。冷たい水を一気に飲む。

自分には、まだ「熱」、「体温」が残っている事に

気が付く。そこで自分は起き出してからずっと、この「熱」を

渇望している事に改めて気づかされる。

人生は苦行でもなければ修行でもない。寒さで何かが壊れてた。

寒さで、かじかむ慣れない手で、灯油の切れたストーブに

灯油を補充して火を点(とも)す。

ふく射熱のおかげで、温度の低い僕は熱

エネルギーを吸収できました。

身体が暖かくなった途端に何かしたくなった。

パソコンを起動して音楽を楽しむことにした。

ついでにブログも書こう。そうこうしていると妻が帰宅。

ニンニクたっぷりラーメンを食べに外出。力がみなぎってくる。

人間に一番必要なモノは「財力」でも「知力」でも無い、

それは「体力」なのです。

身体の「熱(エネルギー)」こそが全ての「根源」なのです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


フリートウッドマックでドリームスです。

1977年リリース。全米No.1位大ヒット。アルバム「噂」からシングルカット。妖精魔性女スティービーニックスの作品。

女性目線から恋人を軽く非難している歌曲。アルバム「ルーモア」は大ヒット。


 

アバでチキチータです。

1979年リリース。全米No.29位。アルバム「ブーレー、ブ―」からシングルカット。他国では大ヒットして軒並み1位獲得。スウェーデンの男性2人、女性2人のコーラスグループ。

「チキチータ」とはスペイン語で小さい女の子に対する指示語。

「かわい子ちゃん」の意味。「太陽は今でも空にあって」、

励ます歌曲。


 

スティーブンビショップでオンアンドオンです。

1977年リリース。全米No.11位。アルバム「ケアレス」からシングルカット。ホンワカとしたイントロからロマンティックな優しい歌声。一聴して好きになりました。

空想の恋物語。舞台はジャマイカ。「on and on」とは「何度も何度も、ずっとずっと」の意味。


 

エルトンジョンでベニーアンドジェッツです。

1974年リリース。全米No.1大ヒット。アルバム「黄昏のレンガ路」からシングルカット。リズム&ブルースが色濃く出た出色(しゅっしょく)のナンバー。ライブ会場でズン、ズン、ズンの低音が一定のリズムで響く中で展開されて行きます。エルトンのファルセットボイスも聞こえて変貌自在。「かっこいい楽曲」です。


 

 

プライバシーって何???

昨日リハビリ通所での事でした。

定刻の開始時間、数分前にスーツ姿で

一瞥(いちべつ)するだけで、極めて有能であろうと、

うかがえるサラリーマンが一眼レンズのカメラを抱えて

入り口付近に静かに座する姿が視界に入りました。

推察するに、彼がいったんカメラを構えると

いかなる瞬間も見逃さないで、カメラに収めてしまう鋭利感覚。

最短時間で最適のアングルを撮り込む審美眼(しんびがん)。

何を取っても超一流のカメラマンの風情(ふぜい)。


おそらく彼にとって、今日の仕事はカタログ作成のための

単なる資料作り。優秀な腕の見せ所の無い、面白味や創造性の

感じる事の無い仕事であろう。

それは芸術性の問われない、しかも本人の意に沿わない

年配のリハビリテーション風景を、淡々と撮影するだけといった

納得いかない仕事なのではないだろうか?


サラリーマンなら許されないであろう、屈強な野心を心の奥底に

隠し込んで、漬物石で蓋をしての作業ではないだろうか?

そんな彼がそのような仕事に着手する以前に

クレームが入るなんて《青天の霹靂(へきれき)》だった。


我々利用者は準備された場所に移動して準備運動から始めました。

開始早々、僕の斜め前の70過ぎと思われる、引退した年配の男性が

くだんの男性を目にしたのでしょう、通所の責任者の年下の女性

に対して「おーい」、「おーい」と眉を吊り上げて

何やら怪訝(けげん)そうな表情で彼女を呼び出そうとしていました。

「はい」彼女はいつもと変わらぬ穏やかな態度で静かに歩いて近寄りました。

男性は女性を責め立てるように「勝手に写真撮られたら」、「困るやないけ」、「顔撮ったりするんか?」、「名前の所も撮らすなよ」。「分かっております」、「申訳ありません」。

女性はなだめるように優しく、いさめようとしました。

「顔は写したりしません」、「リハビリ業界内での会合の資料作りに」、「私が責任を持って」、「迷惑かけないように」、「最後にチェックしますので」。の様な事を。同時に、

女性は謝罪とともに何度も頭を下げてわびていました。

にも関わらず、事もあろうに、男性は吐き捨てるように言い放ちました。

「プライバシーの侵害や!!」。僕は唖然(あぜん)となりました。

その後そのカメラマンはカメラを構える事も無く

写真を撮らずに、やがて姿が見えなくなりました。


察するに通所側が事前に説明しておくべきであった。

っと、さらに利用者への配慮に欠けたかも、っと

社会貢献を果たしている企業の道義的観点から

本日の撮影を急きょ取り止めたのであろう。


《取るに足らない小さな事に、目くじら立てるなんて

大人げない》が僕の感想です。まさに《下衆(げす)の勘ぐり》

事象を自分自身の損か得かの、低い視点でしか見えてないのです。

現在社会は莫大な情報が至る所ではびこっており、

自分達自身の情報を、自分達だけで把握管理できることなど

果てしなく不可能なのです。

政治家や芸能人など人気商売の立場の人間であればこそ、我々は

数多(あまた)に存在する一介(いっかい)の名も知られぬ

人間で、公私の区別もはっきりしない民衆が

《プライバシーの侵害》などと口にするとは、

《とんち》にもならない、はなはだ滑稽(こっけい)でしかない。

しかも露出されるのは身体の1部分の写真や、顔と一致しない

名前だけで、良い悪いの評判などが言語化されて

表面化して話題になることなど絶対あり得ないのです。

何を怯(おび)えているのか、自分自身を過大評価し過ぎでは?

自意識過剰も甚(はなは)だしい。「誰一人あなたの事なんて

興味ありませんよ」と言ってやりたかった。

その年配男性は恐らく、現役時代に自分は過小評価されたとか

肩身の狭い思いをさせられた、と誤解した苦い経験があるのだ。

その現実が今もって受け入れられずに、自分勝手な不平不満に

抵抗することで自分自身を納得させて、

自分を大きく見せよう、誇大化しようとしているのだ。

彼は物事を正確に評価できない自己愛のかたまりなのだ。

このような人に限って、テレビカメラを見かけると

いの一番にカメラの前に割り込んでVサインを見せたり、

有名新聞や雑誌に自分や身内の写真や名前が載ってると

数多く買い占めて、誰彼(だれかれ)構わず見せつけたりするのである。


自分の名前や写真など、自分の全く想定していない場所で

露呈することなど、現代社会では日常茶飯事であることを

理解しないと生活など出来ない時代なのだ。

目にした情報によって自分の価値観や行動が簡単に影響を

受けて、(あたふた)右往左往してしまう「情報弱者」

にならないように気をつけよう。

自分達がひどく迷惑を被らなければ、出来れば自ずから、

進んで喜んで、社会や他人に協力することは、

年を重ねれば重ねるほど面倒がらないで、

いとわないでいよう。と肝に銘じよう。

「情報弱者」に陥(おちい)らぬようにと

自戒した出来事でした。


P.S.ともすれば、私達は自分こそが正しい者のように思い、

人を責め、裁く。しかし、ひとつの罪も犯さずに生きて来た

人間はひとりもいない。

人を許すことの始まりは、《自分自身が許されてきたこと》

を知ることなのだ。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベルでホールニューワールドです。

1992年リリース。全米No.1。映画「アラジン」の主題歌

映画「アラジン」サウンドトラックからシングルカット。

ディズニー映画史上唯一の全米No.1ヒット曲。

原題「A whole new world」

「すっかり新しい世界(まったく見たことない世界)」

ただの新しい世界ではなくて「whole」が付くから「すっかり」、「全部新しい」の深い意味が含まれている。

アラジンとジャスミンが魔法のじゅうたんに乗って世界を観に行く場面で歌われます。


 

ジョンデンバーで緑の風のアニーです。

1974年リリース。二週連続全米No.1ヒット。

アルバム「バック ホーム アゲーン」からシングルカット。

自然が生きている事を感じさせてくれる。その人と一緒にいると

自分の五感が満たされる感覚。と言った愛の歌。

アメリカで人気の国民的カントリー歌手。飛行機事故で他界。

本人が12弦ギターをつま弾いています。美しい優しい楽曲。


 

ビリージョエルでドントアスクミーホワイです。

1980年リリース。全米No.19位。アルバム「グラスハウス」からシングルカット。過去を断ち切れず悩んでいる彼女に恋人が皮肉めいたことを言いながらも「考え過ぎてちゃだめだよ」って内容。

当時TDKのカセットの宣伝で流されていた。本国より日本の方が人気のある乗りの良いキャッチーな楽曲。アルバム「グラスハウス」はヒット曲満載の大ヒットアルバム。


 

レッドツュッペリンで天国への階段です。

1971年リリース。シングルカットされず。

アルバム「レッドテュッペリンⅣ」に収録。アルバム「Ⅳ」は世界中で大ヒット。世界で屈指の人気を誇る英国4人のハードロックバンド。ギターでリーダーのジミーペイジとボーカルのロバートプラントの共作。ドラムのジョンボーナムの死去によりバンド解散。

アコースティックギターのアルペジオで静かに始まるドラマティックな展開を見せる人気の曲。8分にわたる長い楽曲。


 

 

世間に合わせられない人

昨日ある知り合いから数年ぶりにメールを受け取りました。

彼とはお互いの気持ちの行き違いから、ここ数年ばかり

疎遠になっていたのでした。《僕は今でも原因は相手の

「非常識」な行動にあると確信しています。》


「久しぶりなので、会って話をしませんか?

良かったら食事でもしながら」との内容。

僕は自分の予定を考えて、最も早い時期との思いから

「**日++曜日、@@時から++時までなら」と

ほんの数時間ですが、どうですか?と返信しました。

彼からの返事を見て、僕は本当にあきれてしまいました。

「その日は午前中は仕事なので」、「またの機会に」。

結局、約束を取り付けることが、かなわず先延ばしに。

《僕としては自由な時間が確保でき、内心ほっとしました。》

《もしかしたらもう二度と、会うこと無いかも》

皆さんこのやり取りどう思われますか?

ごくごく当たり前のやり取りでしょうか?

僕はかなり奇怪なお誘いだと憤慨(ふんがい)していました。


誘われた側が、気を使って自分の予定を見て、相手の

都合のよさそうな、空いていそうな日時を

考慮して、場所と日時を提案したのです。

しかしそれを誘った相手が拒否をしたのです。

会って話をして、食事もしたいと思っている

誘う側にはもはや拒否権は無いはずです。


変わらない人だな!本当にワガママな

身勝手な人だなと僕は思っていました。通常の人であれば

こういう場面を想定して、あらかじめ誘う側は

「日時と場所」を自分の方から提案して相手に

打診を伺うのが筋ではないのでしょうか?

「**日、++時、@@で」「食事でもどうですか?」

それに対して誘われた側が検討をして返事をする。


もし誘った側に何ひとつ提案が無ければ、

そして誘われた側が「場所と時間」を提案したとすれば、

もはや誘った側にはその提案に対して拒否は

認められないのではないのでしょうか?


分かりやすくするため例を挙げてみます。

男の子みんなが大好きな、超絶可愛い女の子に、

入れあげている、ある男が居たとします。

男は女の子に「会いたい、会いたい」、

「すぐに会って話がしたい」、「食事でも一緒に」

そうしたら女の子は男の熱意にほだされて

もし「そうだったら、**月、++日、

/・時に、@@で」と提案してきとしたら

男はその提案をむげに断るでしょうか?

言わずもがなですよね。何を差し置いても

歓喜して受け入れるはずです。


全ての状況においてこれが当てはまるわけではもちろんありません。

こういった人は人の気持ちが推し量れない、

想像できない本当の《バカ》だと僕は思います。

僕の考える本当の馬鹿とは広義の意味において、

人の気持ちが解らない人なのです。

人の気持ちを考えようと努力しない人なのです。


一方でそのような人は世間に合わせられない

自由な、気ままな人なのでしょう。

えてして、そういう人は自分が常に正しいと

他人の意見に決して耳を傾けない。そして

自分を決して変えようとしない。その上で自分は独りでも

生きていけると傲慢に心得違いをするのである。最後には

自分から世間の人との人間関係を絶つのである。その結果

自由で気ままに生きていく代償として、家族を作ろうともせずに

孤独で寂しい生活を余儀なくされるのだ。最後には

孤独に押しつぶされて、何かしらの病気を患うのである。

その時には、打開策がもう無く、時すでに遅いのである。


何を隠そう。この僕もこれに極めて近い人間のような

気がします。肝に銘じて変わるべき時は素直に変わろう!

「健康、努力、忍耐」今年のテーマです。

「変容」も加えよう!

P.S.彼がこのブログに目を通すことは

極めて低い確率なのでご心配無用。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


フィルコリンズで「恋はあせらず」です。

1982年リリース。全米No.10位。カバー曲。

アルバム「Hello、I must be going」よりシングルカット。

原曲は1960年代、ダイアナロスとシュプリームスで全米No.1位の大ヒット。オールディーズの代表曲。

フィルコリンズは英国のロックバンド、元ジェネシスのメンバー。ソロになって数多くのヒット曲連発。


 

スティーリーダンでエニーメジューデューデュウイルテルユーです。

1974年リリース。アルバム「プリッツェル・ロジック」A面3曲目。シングルカットせず。寒い冬の季節によく合う、乾いた曲。

アルバムは音楽雑誌ローリングストーンズに後世に残す名盤として選出される。ゴールドディスクに認定。


 

エアーサプライで「渚の誓い」です。

1983年リリース。全米No.2位。アルバム「グレーティストヒット」に収録。メンバーのジムステイマンの作品。

ドラマティックな展開をする秀逸曲。原題は

「Making love out of nothing at all」

「何もないところから、愛を作り出すことが出来るなんて」の意味。


 

サイモンとガーファンクルで旧友とブックエンドのテーマです。

1968年リリース。A面最後に収録。当時のアメリカの現状を歌った楽曲。ひとつでは用を成さないブックエンド、ふたつそろって初めて用を成す、チームワークを知らしめたアルバム。

アコースティックギターの響きとコーラスの高音が

印象に残る美しい楽曲。


 

 

戌年(いぬどし)

正月の二日は昼過ぎに起床しました。正月くらい時間に追われることなく自分の都合で過ごしたいものですよね。

新春料理のお雑煮とおせち料理でお腹を満たして、さて行動開始です。その日の一日が予定が無く自由に過ごせると考えるだけで程良い幸せを感じる事が出来ます。


子供の頃に過ごした正月を思い出します。二日は恒例の書き初めをしました。《子供の頃、唯一強制された習い事が習字でした》

作品を持って伯父さんの家でコンテストで賞を付けてもらって、お年玉を受け取りその後家族総出で夜遅くまで大宴会でした。

毎年盛り上がっていました。子供達もお酒を飲まされかくし芸を披露。僕はリクエストから山本リンダのものまねなどやったかな。伯父さんの引退と同時に宴会も消滅しました。《寂しいです》


誰かに導かれるように、近くの伊曾乃神社(いそのじんじゃ)に参詣(さんけい)に向かいました。

元日はにわか雨の上に時折冷たい風がピューピューと吹きさらしていました。しかし二日は屋内より屋外の方が温かく感じられる過ごしやすい気候でした。寒がりの僕にはほんとに有難いことです。やはり僕以外の人達にも格好だったのか参道、境内(けいだい)ともにお参り人たちでにぎわっています。

下車してから数分後のことでした。杖をついて足元を見ながら歩いていた時のことです。大きい粒の砂利の左斜め前60センチの所に陽射しに反射して白銀色(しろがねいろ)に眩しく輝くものを発見しました。


参道の途中で、誰かの落とし玉150円を拾いました。小銭なので、大多数の人達と同様に警察には届けません。所有者であろう神様のお賽銭(さいせん)として戻しました。勝手な事に自分自身のお願い事(秘密)をねんごろにさせて頂いて妻と二人で僕の実家に挨拶に立ち寄りました。スーパーで購入した握り寿司とオードブルをご馳走になりました。帰りに駐車場の隅の立派な小屋から犬の鳴き声が聞こえてきます。

「ワンワン」。「犬なんかどうした?」

「謙太郎(甥)がもらってきた」。「小屋は自分で作った?」

「仕事から帰って夜中に作ったみたい」。「いぬ年やろ」、「犬飼ってみたいって」、「二匹も!」、「自分で世話しよるからほっとる」。そうか今年はいぬ年だったのでした。


昨年の暮れ、知り合いから

「来年は何年かいね?」。「今年何やった?」。

「えーと」、「ひつじだった?」、「いや、さるやった?」。

別の人が「とり年ですよ」。「あ、そうか」

「ね、うし、とら、う、たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い」僕は数えます。「いぬ年か!」。

「いぬ年の2年前から、うちのわんこちゃん飼い始めたから」

、「もう来年で14年になる」知り合いがつぶやきます。「もうええ年やね」

「人間で言ったらいくつかな?」僕が聞きました。

「最初の2年で、1年ごとに12歳年取るよ」

「3年目から、1年で4つ年取るみたいよ」

それを聞いて僕は頭の中で計算しました。

(12かける2)プラス(14-2)かける4=24プラス48=72

「人間で言うと72歳」、「犬は老いると目をやられ、やすいから」

「もう、ほとんど見えてないかも」。


年末年初とか、ならないと、こんなこと普段考えませんよね。

「十干十二支」なんて日常ほとんど気にしませんよね。

2018年 今年は、

十干(じっかん);戊(つちのえ)、

十二支(じゅうにし);戌(い)(犬)

以下ネットでコピペします。

戊(ぼ、つちのえ)は、十干の5番目である。 陰陽五行説では土性の陽に割り当てられており、ここから日本では「つちのえ」(土の兄)ともいう。 方位では中央に宛てられる。

十干は10種類、十二支が12種類なので

10と12の最小公倍数の60年で自分の生まれた、もとに戻ります。

これが皆さんご存知の還暦ですよね。


話を犬に戻します。犬は生まれて1年で、人間の12倍老います。

言い換えれば12年早く成長します。3年目から4倍老います。

言い換えれば4年早く成長します。ってことは、

犬は3年目から時間の早さが3分の1に感じるってことですよね。《時間の認識があればの話ですが》

犬にとっては時間の流れを

どのように感じているのでしょうか?

別の見方で考えると、犬は人間よりも《種の存続》を早期に託された動物とも観て取れます。一方人間は《種の存続》より先に、親など仲間からの

《愛情や感情》を認識するなど脳の発達を優先させられた動物と考えられます。《寿命の関係も理由のひとつかな》

脳が発達した人間だからこそ、生まれてもすぐに身体が成長しなくて、愛情や知識(知性)を学ぶ事を優先させられたのでしょう。

人間より早熟な犬たち獣(けもの)は、生涯本能だけで生きることを強いられた動物なのです。やはり人間は考える葦(あし)なのです。人間は知性ありきの唯一の生物なのです。

だから、本能のおもむくままに生きて、理性をおろそかにする者はきっと短命なのです。犬の年の計算からも分かるように

人間は本能を理性によって、支配出来るように生きていかねばならないのです。それが出来ない者は社会から排除されるのです。

人間を犬の寿命に換算してみよう。(100-24)わる4プラス2=19ぷらす2=21

犬は21年も生きれば大往生です。人間は犬の5倍近くも生きることが出来ます。犬から見れば人間はほんとに寿命の長い生き物なのでしょう。だとすれば、人間が普通の動物より長生きする意味合いを考えて人生を送らないと「犬」にも失礼です。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


オリビアニュートンジョンでフィジカルです。

1981年リリース。10週連続全米no.1位超大ヒット。

アルバム「フィジカル」よりシングルカット。

エクサスサイズのブームの火付け役に一役買いました。

子供の教育的には悪い歌です。一部の地域で放送禁止。

でもとっても乗りの良いポップな楽曲。


 

スティーブミラーバンドで鷹の爪です。

1976年リリース。全米No.2位。アルバム「鷹の爪」からシングルカット。シンセとエレキギターで奏でた幻想的な楽曲。

サンフランシスコで結成されたロックバンド。


 

ブルースホースビーでウエイイットイズです。

1986年リリース。全米No.1位。デビューアルバム「ザウエイイッツイズ」からシングルカット。

ピアノの綺麗な響きの印象的な楽曲。社会人当時大阪球場でヒューイールースの前座を務めた来日初ライブを体験しました。美しい曲だと思いながら友人とシェイクしてました。


 

エアロスミスでミスアシングです。

1998年リリース。自身初の全米No.1位大ヒット。アルバム「ミスアシング」からシングルカット。映画アルマゲドンの主題歌。全世界各国で大ヒット。

まさに名曲です。ドラムやエレキギターの音がまさに絶妙。

スティーブンタイラーのしゃがれ声がバラードにピッタリ。

バンド外のダイアンウォーレンの作品。米国東海岸で結成された

30年以上活動続ける世界的な人気のロックバンド。


 

 

虫のしらせ

昨日の早朝の事、なんだかすっきりしない

もやもや感で目が覚めました。

いつものようにお手洗いで済ませて

再び布団にくるまって目を閉じましたが、

僕の頭の中に、誰かが入り込んだようですぐには寝付けません。

僕の近しい人に何かが起こったのかも? との思いで、

なんだか気になる「虫の知らせ」といった言葉が頭をよぎります。


その時になぜだか、年老いた両親の姿が思い出されるのです。

今現在おかげさまで、両親ともに平均寿命を迎えてまだ健在です。

しかしいつ何が起こっても不思議ではない身体なのです。

とりわけ肺がんを患いながらも卒寿(そつじゅ)(90歳)になる父は

最近めっきり食欲も落ちてきて、

傍目(はため)から見ても疲労感いっぱいで一日のほとんどを

床で伏せって過ごす事が多くなっているのです。

一方母とはその日は昼間にリハビリ通所で会える日です。

何事も無ければ来ているはずです。


笑顔で知り合いと挨拶を交わしている

母の姿を見て、さしあたり僕はひと安心しました。


でも早朝のなんとも落ち着かない

「胸さわぎ」は何だったのだろう?

絶対誰かが僕のもとに訪ねて来たはずなのに。


夜を迎えてお互い仕事が終わりました。

今宵は二人だけの忘年会と銘打って外食に出かけました。

車に乗り込み一年ぶりの居酒屋に向かいます。

途中、道路沿いの葬祭場を左手に走行中、

不意に《案内看板》に目が移りました。

ほどなく信号で停車しました。

僕の脳裏に先ほどの《案内看板》の名簿の

人名が残像として読み取れました。「**+@」

何処かで見た覚えのある名前だ。そう思った僕は

居ても立っても居られないのでした。妻に


「Uターンして戻って!」、

「知り合いが亡くなったかも?」。

ブーン、キキー、ブブ―ーーン

「ゆっくり」

名前が明確に読み取れました。

「あっ」、「やっぱり」

「知っとる人や!」

「挨拶に行く」、「止めて」

ブーン、ブス。


年初から通い始めたリハビリ通所「きたえルーム」の

仲間の「死」でした。

しかも話を交わして分かった事なのですが、

僕の祖母方の遠い親戚筋にあたる

高齢者(享年82)なのでした。

しかし遺族の方たちとは誰とも言葉を交わせた事も無く、

亡くなってその場で眠っている本人とのみ

知り合いでしかない僕は

「家族葬」でしんみりと送り出してあげたい

遺族の気持ちを踏みにじってはいないのだろうかとの

罪の意識を持ちながら

穏やかな表情で眠っている友人との

在りし日の思い出が走馬灯の如く脳裏に浮かぶのでした。

3か月前に言葉を交わして以来再会出来ることを

楽しみにしていただけに遺憾(いかん)の意でいっぱいなのでした。


彼とは25歳の親子ほども離れていましたが

初対面から不思議と気の合う冗談を言い合う仲でした。

席の近くに座る時には

「ちょっとじゃまするよ」

「じゃまするなら帰って!」と小ばかを言える程に。

「もう何度も救急車に乗った」

「後は《立派な黒い大きな車》に乗るだけや」と茶化せるほどに。


早朝に感じた「虫の知らせ」はきっと

その友人が僕にお別れの挨拶に来たのでした。

お互い年老いてから知り合った友人なので

良かったり、悪かったりの過去の自分を知らない人なのです。

それだけにお互い真っ白の状態で、

3時間ほどの限られた時間だけでも

ともに過ごせる戦友、同志との思いで、仲良く

付き合ってこれたのでしょう。だからこそ

何があっても、繋(つな)がっている家族とは違って、

逝(い)ってしまっては、もうその友人関係が

切れてしまうのが、残念であったのでした。


僕の身勝手な希望的推測でしかありませんが

そうであるからこそ家族以上に気になっていたのでしょう。

彼は逝ってしまってから友人としての僕の所に

挨拶に来たがっていたのです。もはや話の出来ない彼は

僕の方から気が付いて肉体に会いに行く以外に手段がないと

再三再四、信号を送っていたのです。僕がそのことに

気が付くことが出来たのは「虫の知らせ」としか言えません。

おそらく普段忙しく時間に

追われて余裕なく過ごしていたならば

きっと僕は彼からの「声のしない呼びかけ」や

「音の無い、目には見えない、シグナル」などを見過ごしていたでしょう。


2か月程前の夕刻、ふとその友人の陣中見舞いに

行ってみようかなと

思ったのですが色々と余裕が無くて

躊躇(ちゅうちょ)したことが悔やまれました。

ふと気が付いたその時が最後の機会だったのでした。


現実の誰からの言葉でも無くて

自分だけが理解出来る

自分の中で語り掛けてくる「無言の言葉」。

「気づき」、「知らせ」など

昔から言われている「虫の知らせ」の重要性を

再認識した、年末最後の

死者(使者かな)との語らいでした。

また死者の霊はきっと

早朝にやって来るのですね。


今日はここまで。近藤浩二でした。

今日も洋楽紹介します。ではまた。


アランパーソンズプロジェクトでアイインザスカイです。

1982年リリース。全米No.2位の大ヒット。アルバム「アイインザスカイ」より先行シングルカット。英国のロックグループ。

グループ最大のヒットであり代表曲。

メンバーのエリックウルフソンの作品。

古代エジプトの「ホルスの目」と言われる天空にある真実を見る目の事を歌った歌。

幻想的な楽曲。


 

ロバートジョンでサッドアイズです。

1979年リリース。全米No.1位。アルバム「ロバートジョン」より先行シングルカット。米国の歌手。下積みが長く歌手よりもこの歌曲だけが有名。でもって良い曲です。


 

ランディーバンウァーマーでアメリカンモーニングです。

1979年リリース。全米No.4位。アルバム「ウォーマー」からシングルカット。当時日本でもヒット。

米国のシンガーソングライター。2004年48歳で他界。

原題は「君をまさに一番必要としている時に」です。

ふと流れ込んで来たらドキッとするほど聞きこんでしまう美しい楽曲。


 

おまけでフォリナーでガールライクユーです。

1981年リリース。10週連続全米No.2位の息の長い大ヒット。アルバム「4」からシングルカット。

シンセサイザーが幻想的な雰囲気を醸し出している。

僕の人生で10本の指に入るお気に入りの楽曲。

当時毎日聴いていました。


 

 

陸王

最近余裕のある時間が増えまして

テレビを視聴する機会が増えました。

とりわけ、TBSの日曜劇場「陸王」毎週楽しく視ています。

良質の作品を観たり読んだりすることで

書くことが職業でない僕は

モチベーション(やる気)を維持させようとしています。

「林修の初耳学」見ながら久しぶりにこれ書いています。


時代の荒波に飲みこまれ、青息吐息(あおいきといき)の

100年の歴史を持つ老舗(しにせ)の足袋(たび)屋が

ランニングシューズに活路を見出そうと

鋭意努力していく物語。

とんでもなく面白い、

とっても大きい

とっても良く出来た、精巧な

虚構(作り話)=嘘なんですよね。

でもこれが真実以上に奇抜でドラマティックなのです。

嘘の中にこそ本当の真実が隠れている、

その真実が如実(にょじつ)に浮かび上がるのです。

そしてドラマになればなるほど

心に響きやすい、残りやすいのです。


「下町ロケット」の直木賞作家、池井戸潤氏が原作です。

この人本当に勉強家なのだと、つくづく感心する。

経歴ネットで調べると「元銀行マン」。

うっそー!!

だって工学的な機械や素材などの

工業分野にとっても造詣(ぞうけい)が深い。

しかもストーリー展開が漫画のような

荒唐無稽な要素がまったく皆無なのであります。

現実味が色濃く反映して、

原因と結果の繋がりには、

偶然性の要素がほとんど感じられず

必然性の影響しか無く

すごく論理的なのです。

そして根底には「人間」が映し出されています。

そこが人気の秘密なのでしょう。


スタートからゴールまで、三歩進んで二歩下がるほど

一歩一歩前進もしないのです。

二歩下がって匍匐三前進(ほふくぜんしん)って感覚

まるでミミズが這(は)うほどにしか進まない。


しかるにストーリーがなかなか進展しない。

そのため一話一話の内容が

役所広司の顔ぐらい、すごく濃い。

一瞬の「わき見」も許されない。

トイレに行くことさえ許されないのです。

下準備が半端じゃ無いのが一目瞭然。

映像を観て、原作も読んでみたいと思わされました。

明日早速本屋に立ち寄ってみよう!

「読んでから観るか?」、「観てから読むか?」

地方出身の僕は映画を観に行くことは簡単には

出来ないと判断し、読むことを優先させたのでした。

高校生時代、角川映画の宣伝に乗せられ「**の証明」の文庫本

を2冊購入したものの、全然面白く無くて2、3ページ目を通し

て本棚に並べたまま状態。未だに読んで無い。

それから流行に乗ることに疑問を持ち始めたのです。


人気の秘密を僕なりに考察してみよう。

日本人の好むマジョリティーのストーリーと

物事が絶対順風満帆に進まないのです。

ここで物語のランニングシューズの宣伝に

日本人の最も好きなスポーツのひとつである

マラソンが使われています。

これで半分は心を掴んでいます。

さらには進む道には必ず大きな障害が立ち塞(ふさ)がる。

しかもそれを乗り越えるのがまた簡単じゃない。

単純なアイデアと行動だけでは解決しない。

とっても高尚な理想と不屈の精神力を持つ者だけが

理想と現実の間で自分自身に自問自答を繰り返し

心の中での戦いに打ち勝った方を選択して

全力で勇往邁進(ゆうおうまいしん)し行動するのです。

結果の最後の最後にはその行動の背景が強く影響を及ぼします。

そこには目先の「我欲」や「自分だけの利益」

が見え隠れしている者たちは排除されるのです。

人間の持つ根源の「善」や「良心」が

人の心の琴線(きんせん)に触れて、

心の真っ黒を真っ白に塗り替えて

塞(ふさ)ぎかかった物語の展開(人の心)をこじ開けていくのです。


人の創った「モノ」によって、その「モノ」に関わる人の

心の動きを描写しているのです。

しかし根底には「モノ」では無くあくまで

「人間」を描いているのです。

最後は「心の正しき者」が

「心の邪悪な者」に勝利するハッピーエンドの物語なのです。

ある意味で勧善懲悪(かんぜんちょうあく)なのです。


ここで「心の正しき者」とは

「正直」、「善良」、「誠実」な人達なのです。

「心の邪悪な者」とは

「尊大」、「狡猾(こうかつ)」、「我欲の強い者」な人達なのです。

そして往々にして「心の正しい者」たちは

小さく、か弱い立場の、壊れやすい人間なのです。

例えるならば《卵》のような存在なのです。

一方「心の邪悪な者」たちは

大きな組織で、高くて堅い、壊れにくい人間なのです。

言い換えれば堅固な《壁》のような存在なのです。


村上春樹氏はおっしゃってましたが

現実社会では、《卵》は《壁》には

絶対勝てませんが、

自分はどのような場合でも絶対

《卵》の側に立つ人間でありたい」とのことです。

僕もそんな人間でありたいと思います。

彼の言葉を一部抜粋します。

我々にはとても勝ち目はないように見えます。

壁はあまりにも高く硬く、そして冷ややかです。

もし我々に勝ち目のようなものがあるとしたら、

それは我々が自らの

そしてお互いの魂の

かけがえのなさを信じ、

その温かみを寄せ合わせることから

生まれてくるものでしかありません。


「陸王」残念ながら現実社会ではまず起こり得ない話です。

しかしせめて虚構の世界だけでも実現してほしいと思う

マジョリティーの心情に訴えかけた物語。

人間が本来持っている魂の純粋や尊厳を浮かび上がらせているのです。


「陸王」によって、村上春樹氏と同様な真実が

僕にも感じ取られました。

あなたにはどのような《真実》が見えましたか?

足袋屋の話だけに、地に足が着いた本当に完成された作品。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽3曲紹介します。ではまた。


トトでアフリカです。

1983年リリース。自身初唯一の全米No.1。アルバム「トトⅣ」からシングルカット。

都会での生活にうんざりした男が、

もしアフリカで生活するとしたなら

といった意外と前向きな妄想の話。

ボーカルのデビットピンチと今は亡きキーボード奏者のスティーブポーカロの共作。

トトは西海岸の一流スタジオミュージシャンで作られたグループ

便器メーカーのtotoとは無関係。

単なる心地良い音の響きを取っただけ。


カーペンターズでスーパースターです。

1972年リリース。全米No.2位。カバー曲。

原曲は1969年デラニーアンドボニー。レオンラッセルとボニーとの共作。

ギタリストのスーパースターに恋心を募らせるファンの心情を歌った歌。


レオンラッセルでアソングフォーユーです。

1970年リリース。レオンラッセルの作品。自身ではヒットせず。カーペンターズのヒットにより世間に広まる。

数多くの人にカバーされている玄人好みの隠れた名曲。

アルバム「レオンラッセル」は彼の名曲をほぼ網羅した名盤。

「スーパースター」、「マスカレード」など。

荒削りながら、まるでダイアモンドの原石のような

作者の潜在能力の深さを感じさせる興味深い歌曲。

何ともしっくりこないピアノの和音の響きと

お世辞にも上手いとは言えない歌で個性豊かな楽曲となっている。

商業的成功にはほとんど興味を示さない、

ただ自身のやりたい音楽を追及しようとした

音作りに感動すら覚える。


日曜日ドライブで走行中、FMラジオで現在ビルボードの

ヒットチャートでレッドツェッペリンが映画の挿入歌に使用されダウンロードでNo.1になったと紹介されていました。

レッドツェッペリンでロックンロールです。

もっとハードロックな「移民の歌」も好きですが

こっちの方が聴きやすいので選曲しました。


ガスを充満して帰路をドライブ中、ラジオでDJの山下達郎が竹下まりあの大ヒットアルバム「リクエスト」の紹介をしていました。

収録曲全曲流れました。普段Jpopは聴かない僕ですが。

日曜日は妻が同乗してましたのでラジオは点けたままでした。

全作作詞作曲して自分で歌う、彼女の才能にただただ感服し

天才の作品を満喫しました。

その間《天才》でない僕は自分は《変態》かもと、

様々な《妄想》を想いめぐらせていました。


 

木の実(秋の日の思い出)

最近めっきり寒くなりましたね。

あれほど暑かった夏は遠い昔のようです。

最近知ったことですが、暦の上ではもうすでに冬だって。


人工的な不快は痛みを伴いますが、

自然の不快はまだ、まったくましだ。

かゆい所を鋭利な先で

突っつくようで痛、気持(いたきも)ちが良い。


夏の次は秋であるはずなのに

四季で僕が最も好きな秋は、いったい

どこに行ってしまったのでしょうか?

先日ドライブで山間(やまあい)の道路を走行中

秋の代名詞の紅葉を発見。

風に揺られた紅葉がフロントガラスに

落ちては吹かれ、

落ちては吹かれ、

どこにも居座ることさえ許されず、

ただ風の都合で

渓谷(けいこく)の川に吹き飛ばされて、

たくさんの仲間と共に流されて行きました。

でその中に銀杏紅葉を発見。

銀杏を見ると思い出すことが二つあります。

文明に囲まれていると、自然が恋しくなる。

四季の移(うつ)ろいを実感すると、自然の摂理を感じる。

自然に囲まれていると、人間が恋しくなる。


一つはアメリカホームステイ時代

とある秋のよく晴れた日曜日の昼間、ホストの手伝いで

庭先の落ち葉を拾っていると、

銀杏(ぎんなん)があっちにこっちに

落ちているではありませんか。

僕は日本の事を思い出して嬉しくなりました。

ホストにも喜んでもらおうと

美味しそうな銀杏の実を10個ほどポケットに詰め込みました。

家中に戻って

「いいもの拾った」。「何?」

まだ若かった(それでも20代後半)

僕は子供のように嬉しくて、

ホストに喜んでもらおうと、

驚かせようとして

「目を閉じて、掌(てのひら)出して」

彼女は少し白い歯をのぞかせ、

微笑みながら手を差し出しました。

僕は彼女の掌に多くの銀杏(ぎんなん)を載せました。

僕は彼女がそれを見て喜ぶ姿を考えると、

一人わくわくしていました。

彼女も何やら嬉しそうでした。

「何?」。「当ててみて」。

「食べられる?」。「うん」

「何かの木の実」。「うん、何の木の実かな?」

「ほんとに、食べられる?」「うん」

英語で「銀杏(ぎんなん)」を知らなかった僕は戸惑いました。

よく聞きとれなかったのですが、

「ぎんこーナッツ」(ginkgo nuts)と言われたと、

「何?」僕が聞き返しました。

「ぎんこーナッツ」やはり同じでした。

彼女は目を見開いて、

なぜか、顔を赤らめて

話す言葉も失ってしまったのか

少しの間

無言で、うなだれて

その場に立ち尽くしていました。

僕がどうしたの?と聞くと、我に返って

ため息をついて「はっ、こうじ!!」

「これは食べられないの」。

「ただのごみ」と強く言い切られてしまいました。

僕は耳を疑いました。

その後、彼女は手にした銀杏をゴミ箱に投げ捨てました。

その日は彼女とは夕食時まで言葉を交わしませんでした。

その後、分かったことですが

アメリカでは普通、

銀杏(ぎんなん)を食べないのです。


もう一つは小学生の頃、贅沢にも

夕飯に茶碗蒸(ちゃわんむ)しが出ました。祖母は喜んで

酒好きの叔父さんと二人で熱燗(あつかん)で

美味しそうに頬張(ほおば)っていました。

夕食後にもまだ杯を傾けていました。

ご膳(ぜん)は片付けられて、

酒の肴(さかな)が無さそうでした。

僕は昼間に買った

アーモンドチョコを思い出しました。

「ばあちゃん」、「美味しいのあげよ!」。

「嬉し」、「何かな?」。

冷蔵庫から取り出し、

祖母に銀紙で包まれた

残り少ない、貴重なアーモンドチョコをひとつあげました。

祖母は手にしたアーモンドチョコの銀紙をはぎ取り、

ぽいっと口に入れました。

歯の悪い祖母は、

噛(か)むことも無く

口の中でくちゃくちゃして、

まるで飴をなめるように、なめまわしていました。

数分後のことです。

「こうちゃん」、

「これ、《たね》が入っとる!」

と言って口の中から

アーモンドの実を取り出しました。


ある者にとってはたいへん《美味しい食べ物》でも

ある人達にとってはただの《リスの食べ物》であり

あるいは《種(たね)》でしかないのです。

残念な事に

人間は一人残らず

お互いに分かり合えない所が

少なからず、一つはあります。

人は、事が上手(うま)く運ばれなかったことを

感じられる、振り返りのために

生きているようなものなのです。

僕の懐かしい、絶対忘れることの

出来ない秋の思い出でした。

皆さんはどのような思い出がありますか?


今日はここまで。近藤浩二でした。

今日も洋楽3曲紹介します。ではまた。

僕が洋楽ばかり紹介するのは、

僕が「Jpop」を聴かないからなのです。

僕は「洋楽」が大好きなのです。


気分がすぐれない時には、ご機嫌な歌を聴いて

憂鬱(ゆううつ)を吹き飛ばそう。

素晴らしい音楽と言うのはそういう時のためにあるんだから。

素敵な恋人と同じような存在なのだから。


ポールマッカートニーでメイビアイムアメイズドです。

1970年リリース。ファーストソロアルバムに収録。

1976年ライブバージョンでシングルカット。全米No.10

本人もお気に入りでライブでは必ず演奏。こちらはウイングスのライブアルバム「オーバージアメリカ」に収録。

間奏のギターソロがとっても良い。ポールのシャウトが熱い。


スティーリーダンでペグです。

1977年リリース。アルバム「エイジャ」から先行シングルカット。全米No.11位。アルバム「彩(エイジャ)」は名盤

このアルバムからドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの2人になりました。

完璧を目指す彼らは曲ごとにスタジオミュージシャンと時間とお金を惜しげも無く使いアルバム製作に耽(ふけ)ります。

「ペグ」ではコーラスにドゥービーブラザーズのマイケルマクドナルド、ギターにジェイグレイドンが参加。

ペグとは英国の映画女優のこと。


カーペンターズで「愛にさよならを」です。

1972年リリース。アルバム「ア ソング フォー ユー」からシングルカット。全米No.7位。

自分に悲観的になって愛することに決別する歌。

ボーカルのカレン自身の事を歌っている。

カレンは1983年32歳の若さで他界。

中盤と後半のギターソロがたまらなくかっこいい。

ギターに当時としては珍しいファズを掛けて

ロック色を出している。

学生時代テレビで数少ない、

洋楽アーティストのライブ演奏で彼らのライブ演奏を視聴。

終盤のギターソロの演奏風景が目に焼き付いたままでした。

僕はカーペンターズの中でお気に入りの歌のひとつ。

バラードとロックの両方のテイストを合わせ持った優れた楽曲。


今日もおまけで味わい深いスローバラードです。

ドゥービブラザーズでサウスシティーミッドナイトレディーです。

1973年リリース。シングルカットなし。アルバム「キャプテン アンド ミー」B面一曲目。ギター担当のパットシモンズの作品。南部の雰囲気漂う泥臭いカントリースローバラード。

「midnight lady」ですから夜の女性。

娼婦か飲み屋の水商売の女性に関する歌。

アコースティックギターとスティールギターが曲を盛り上げる。

様々な場面でBGMとして利用される人気の曲。


誰でも経験???#新車あるある!!!

「わー、広ーい!!」、

「車、いっぱい!!」、

「どこ止める?」、

「じゃ、そこに」。

ブーーン、ブ、ブー、ブルブル、ブス。

初めてやってきたホームセンター。


うろうろして楽しみたいけど、数分間、

店内の最短距離を歩き、

最低限の用事を済ませて

出口から店外へ、

わあ、広い駐車場! いっぱいの車!

あたりを見回す。

「どこに止めたかな?」。「???」

「あ」、「あった!あった!」、「こっちこっち」。

「え、あっちじゃなかった?」。

「こっち」。近づこうとします。

「あれ?」、「番号が違う?」。

あちゃ!!

「あっちよ!」。

「ほんと」、「勘違いしてた!」

「あ、そうそう」、

「車、変わったんじゃ」、

「あ、あそこ!!」。

ようやく無事にたどり着きます。


初めて立ち寄ったショップです。

広い駐車場に、

当然初めての場所に車を停車。


車に戻る時、

車を探すというよりも、

停車したであろう場所に、

なんとなく戻ろうとする。


しかし初めて来た場所なら、

正確な《場所》を覚えて無くて、

「正確」に、戻ることが出来ずに、

改めて記憶をたぐり直す、

今度は《車》を探す。

ここで問題が発生するのです。


乗って来たのは新車なのです。

車は買い換えたのでした。

《しかしなぜか以前の車を探してしまう。》

それで

「うろうろ」、「きょろきょろ」とさまよう。

その後我に返って、

車を買い替えたことに気が付き、

新しい車を、

見つけることが出来て、

無事に乗車出来る。


習慣というのは、

定着して、身に付けば

本当に強い味方になる。

しかし一方で事がうまく運ばなかった時には、

「八幡(やわた)の藪(やぶ)知らず」であり、

袋小路(ふくろこうじ)に入り込んで、

迷い込んで

抜け出せなくなってしまう。

ほんとにやっかいだ。

《「余計な」記憶が邪魔をする。》

《記憶というモノはほんとに

取り扱いが難しい!!》


これは「思い込み」というものと

考えるべきものなのだろうか?

まあ、どちらでも良いです。


でも新車に乗り換えて、

最近経験したちょっとした

どうでもいい「しくじり」かな。

自分でも少し恥ずかしいと感じたのでした。

《ばか?》って思ったのでした。

でも、


誰でも経験した事があるであろう、

《新車あるある》じゃないかな?

と思いました。

新車に限らず、

《新しい〇〇〇》の場合、

似たようなこと、

よくあることじゃないでしょうか?

学生時代、

教室変わったのに、

忘れてしまい、

元の教室内の机で、

待ってしまい、

見知らぬ人たちに、

囲まれてしまい、

我に返る。「あ、そうだ」。恥ずい。


今日も洋楽紹介します。今日はここまで。

ではまた。近藤浩二でした。


プレイヤーでベイビーカムバックです。

1978年リリース。3週連続全米NO.1の大ヒット。

これぞアメリカンポップソング。

覚えやすくてキャッチーで乗りが良い。

ディスコサウンド全盛の時代、希少なヒット曲。

一発屋を代表するグループ。この楽曲のみで歴史に名を残す。


ドリームアカデミーでライフインアノザンタウンです。

1986年リリース。全米NO.7位の中ヒット。

全面アコースティックのみで仕上げた、当時としては珍しい。

寒い冬になると必ず思い出す、寂しくあり、わびしくもある歌です。今年は急激に冷え込み、秋の今日思い出しました。聞きたくなりました。

「Ah Hey、Oh、ma、ma、ma」のアフリカンスタイルのコーラスが耳に残る。

2番の歌詞で「In winter 1963、、、、with

JohnF.Kenndy and Beatles」、

「1963年の冬、世界が凍り付くかと、ジョンFケネディの暗殺とビートルズの登場で」の意味。

の時にバックでファンの歓声が聞こえてきます。

曲全体に実際の風の音を挿入しています。

イギリスの冬ってほんとに寒いんだろうな。想像がつく。

英国のバンドで1990年に解散。ピンクフロイトと深く関る。


ジェイディサウザーでユアオンリーロンリーです。

1979年リリース。全米NO.7中ヒット。

日本でも割とヒット。

覚えやすくて、ついつい口ずさんでしまう楽曲。

アルバム「ユアオンリーロンリー」よりシングルカット。アルバムは名盤。

イーグルスやジャクソンブラウンと親交が深く、

彼らと共作多数。

西海岸を代表するミュージシャン。好きな歌手の一人。