来年小学校に入学する保育園児の送迎に、やむを得ず、初めて
同行した。いつもと様子が違っていると感じた彼は後部座席に
ゆったりと腰かけ私の携帯でユーチューブを視聴している。
それに飽きると運転席と助手席の間の我々に退屈そうな顔で
近づいた。算数が不得意とのことで、顔を寄せてふと尋ねた。
「いちたすさんは ?」「よん」「じゃ、はちたすななは ?」
わからないのか、答える気がないのか、黙殺されて窓越しに
物思いにふけりながら景色を楽しむ彼の鼻歌だけが聞こえる。
「何かほしいものは ?」ほぼ即答で「えるちき」
「どこで買える ?」またもや言うか言わないかで「コンビニ」
じきにローソンの駐車場の、西側の隅っこに停車。
初対面のわたしとふたりだけにされるのが嫌なのか、しばらく
ためらっていたが「自分で買いに行く」お金を渡され、ひとり
トボトボと不安そうな様子で店に入っていった。折しも、
同乗していたツヤのある黒髪を三つ編みに丁寧に結んだ、抜け目
のなさそうな小学4年の姉がいたずらっぽくこうささやいた。
「いいこと思いついちゃった」
人差し指で鼻の頭を触りながら、交差させた両足をしきりに
組み替え、はいた暖色の可愛いスカートを色っぽくはためかせ、
「**ちゃんが返ってくる間に、くるま移動しちゃおう」
「**ちゃんが困ったところビデオに撮って」
「おじいちゃま、に見せよう」と、嬉しそうな表情で、とっても
上品な言葉遣いに、さすが医者の子供だと、育ちの良さを感じさせられた。
即刻、家内が車を、すいていた東側の駐車場の真ん中あたりに止
めエンジンを切り一同車内から店先をのぞき見、彼女は携帯ビデ
オをかまえながら待っていた。まもなく、彼は店外へ、何の疑い
もなく西側の駐車場へと歩みだした。一瞬彼の姿が見えなくなった。
と思ったら、子供ながらも鋭い勘を働かせ、何か様子が変だぞ、
と、辺りをきょろきょろうかがうと、気が付いたのか
こちらに近づいて来た。白い歯を見せながらバツが悪そうに
おどけるような素振りで姉と向き合うと
「**ちゃん、驚いた ? 」「ぜんぜん」「うそばっかり」
「うそじゃないって」と言い合っていたが、じきに映された
自分の動画を笑いながら楽しそうにながめていた。
爽やかな風が吹き抜けおだやかな朝焼けが部屋に差し込み、
何とか灯りがなくても目の前が見きわめられる明るさのもと、
わたしは居間の引き戸際に立ち、ぼんやりと居間の中の様子を
うかがっていた。というのも、
ひとりの男の幼児が、ほんの少し前、灯りのついた居間で
イスに腰かけ、何やらせわしなく、作業をしていたようだ。
小生が「ごほん、ごほん」とせきを立て気配を起こすと
「おいちゃん ?」との声が聞こえた。わずかに戸を開け
のぞきこんで「おはよう、**ちゃん」と「おはよう」
「何しよん ?」との問いかけに「ぬり絵」とポツリと
つぶやいた。わずかの興味本位で「どうどう ?」と
近づいて塗り絵のしんちょく状況をうかがうと、少し
粗雑でまだまだ細部までは神が宿ってないようなので
「悪くはないが・・・」「ここは、こっちの方が良いよ」
と、いささか手心を加えてあげた。「ありがとう」と
満面の笑みを向けてくれた。
その後、自分が引き戸際で、何気に「パチン」と
部屋の灯りを消して戸を閉めて部屋をあとにした。
家内がヤボ用で帰って、「灯りつけんと暗いやろ」と幼児に
訊くと「おいちゃんに消された」と不機嫌そうに言った。
家内が部屋の灯りをつけてそばまで寄って「進んでいる ?」
と訊かれると、問いかけとはまったく関係のないところで、
ため息まじりに、ひとこと吐き捨てるかのごとく、
「おいちゃん、って、(意地悪)いじわるやねえ」と・・・
自分がトイレから居間に入ってふたたび灯りを消すと
「、おいちゃん」と幼児の叫び声が背後から
とっさに、「何か ? 」と返すと「こらー、バカー」
無論のこと、慌てて引き返し灯りをつけたことは、言うまでもない。
今日はここまで。近藤浩二でした。
ではまた。今日も笑ってよろしくです。
車内で何気に聞き流していたラジオからの
哲学的な問いかけに一瞬、耳がぴくッと動いてダンボに止まった。
少し声高の男性が落ち着いた口調でこう問いかけた。
「なぜ今、世界はここにあるのか ?」
「なぜ今、自分はここにいるのか ?」
しばしのあとで、透き通った声で、歯切れよく、
的を射るように、
「世界があなただから・・・」
「あなたが世界だから・・・」
、との答えに、お互いいささか恥ずかしく、
何かわかった風に「ふーん」と顔を見合わせ、ただ
息をのんだだけであった。