人はひとつの出来事で、人生を悲観したり、バラ色になったりと
目まぐるしく移り変わります。社会人になって数年目、今時節、
僕の前に初めて、名前と顔の一致した女神が現れました。
切れ長の二重の目に、薄く引かれたアイライン。調和され配置さ
れた各部位。歩くとわずかに揺れ動く胸部と臀部。ウエーブした
長い髪からの残り香。歩くたびに、こぼれ落ちる若さと可愛さ。
そのすべてを拾い集めたいと、思い患(わずら)う毎日。でも
その日から人生がバラ色でした。ほんの少し目にするだけで
最高に幸福でした。それだけで良かったのに、しかし、バカな
僕は焦って、一歩踏み込んでしまったのです。そしてある日、
決心したのです。《告白》しようと。いつでも逢えるように。
前夜眠れず、手紙を書いて、様々な場面を想定して、シュミ
レーションしました。夜に書く手紙は危険だと聞いていたのに。
「忘れられないの、♪♪♪」「忘れられないの、♪♪♪」
小学生の頃の歌が脳裏に流れて来ました。『恋の季節』。
午前、事務所で見かけ、屋上へと連れ出しました。「***
さん、ちょっと来てくれる。」「はい・・」素直に付いてき
ました。外は建設工事で騒然としていました。「聞こえ難いか
ら、耳貸してくれる。」差し出された耳元に顔を近づけました。
シャンプーの香り、可愛い口と筋の通った鼻筋に、目が釘付けで
話せません。勇気を振り絞って「***さん、これ読んどいて」
封書を手渡しました。彼女は不審げに、封書と僕を何度も
見つめ返していました。この時が僕と彼女との初めての会話で
した。今から考えると、なんと大胆な行動をとったのだろう。
愛は時に人を落胆させますが、時に人を勇気付けてくれます。
それには、次の日、ある場所に来て欲しいとの簡単な内容です。
ただ、返事を同封の便せんに書いて、その日の就業時間内に
僕の机の引き出しの一番底に入れて欲しいと書き添えました。
出張から帰った僕は《気もそぞろ》で、返事の内容以外、何も
考えられません。それも悲しい結末が頭をよぎりました。
封書をポケットに差し込み、そそくさと、同僚の視線をよそに
「お先に、失礼します。」と独り、にやけて、走って会社を後に
しました。家に着き、封書をテーブルの上に置き、服を着替えて
お気に入りの音楽テープをセットして、スイッチを押しました。
「♪♪♪」 封書を手に取りました。鼓動がどんどん速くなる
のを感じました。封書を開けました。便せんを取り出しました。
悪い予感が頭を突き抜けました。
そこには一言だけでした。
「すいません、ごめんなさい。 近藤さん」
ほんと、嫌な予感は当たるものです。「♪♪♪ マイ
エンドレスラブ ♪♪♪」 音楽のおまじない効果なし。僕は、
ただただ悲しくて、悔しくて、便せんを胸に握り締めて
泣くことも出来ずに、自分の運命を呪(のろ)っていました。
人は本当に悲しい時には、泣くことさえ出来ないものだと
学びました。
つかの間の悲しみの後、天より声が聞こえた気がしました。
「お前はまだまだ***にはふさわしくないのだ。」
我に返りました。しかし、
僕には、まだチャンスが残されていたのでした。その後、
紆余曲折がありましたが、これ以上は控えさせていただきます。
昨夜、恋愛小説で感動、泣かされて自分の体験を思い出
したのでした。30年以上も前の、僕の数少ない恋物語でした。
それから後、僕は自分を深く見つめ直しました。当分、結婚を
あきらめ、学生の頃からの《夢》を思い起こし、アメリカに行く
ことを決意して、経済の安定を捨てて、会社を退職しました。
今日はここまで。近藤浩二でした。
ではまた。P.S. I LOVE YOU.
誰と出会って、誰と過ごすかで、あっという間に、
人生は変わります。
もうひとつ。
理由が無くても、逢えるのが、友達です。
理由が無ければ、逢わないのが、知り合いです。
理由を作ってでも、逢いたいのが、好きな人です。