なつぞら

日和(ひより)続きの今日この頃、毎朝泣かされています。じっ

ちゃん、ずるい。涙腺の崩壊の毎日です。歳をとるとほんとに

涙もろい。ところで涙もろくなるのは、過去の人生で、涙を流す

ような艱難辛苦(かんなんしんく)を数多く味わってきて、耐え

忍んできた証なのだそうです。それを天が、そのような苦しみを

持ったまま、黄泉(よみ)の国に逝ってほしくなくて、涙を流さ

せて浄化させるのです。そしてその過去を顕在か潜在意識の記憶

の中から取り除かせてるのです。老いてから、やっと天の許しを

得て、自分自身を癒して、美しい思いを抱いて、いつの日か還っ

て来てもらいたのです。戦争のせいで、両親を亡くし、孤児


(みなしご)になってばらばらに暮らすようになった三人兄妹。

北海道酪農家に住む、真ん中の姉(奥原なつ、広瀬すず)が、

人との出会いを通して、アニメの世界に魅せられ、成長していく

姿を感動的に描かれるであろう(まだ物語は始まったばかりなの

で、憶測の範囲です)夏の季節に向けて春から始まった「朝の

連続テレビ小説」。僕はとりわけ、気楽に観える、素敵な話が

大好きです。偶然の出会いが、これから始まる物語の幕開け

でした。そしてこの偶然の出会いの連続が、物語を動かして

いきます。話は逸れますが、人はよく世の中《偶然》はなく、

全ては《必然》なのですと言い切る人が居ますが、人間が

思いも及ばない《因果関係》で物事が決定されるならば、

《人智》の及ばないそれは、もはや人には成す術(すべ)

無しなので、必然なのではなく偶然なのでは? ただ自分が

説明出来ない結果の着地を、必然とすればスッキリするからかな


人生は間違いなく、ご縁の賜物です。世界中には知らない人がた

くさんいます。誰とご縁するかで、人生は大きく変化して行きま

す。その出会いは、偶然か必然か? ったく。まだはっきり

と全体像が見えてこないので、憶測の枠は出ませんが、多分、

テーマは《純粋》だけで人は生きられるのか? 様々な問題を

放棄した人間より、この問題と共に生きる人間を我々は愛し信じ

ます。人を信頼し、素直に正直に、優しく生きることは極めて

大切だとは思います。しかし現実は厳しい。そこで《純粋》の他

に柔軟な鎧を身にまとって、頑固で無愛想な人の心をも溶かし、

心を通い合わせていくのです。それは《謙虚》《忍耐》《節度》

《寛大》等であって、しかも何事にも惜しみなく愛情を注ぐので

す。その結果、多くの人々の心を動かしていくのです。人は

誰もが自分の《居場所》を求め、もがき苦しみ、息詰まる思いで

命を枯らすように、身もだえするのです。自分の足元が切り崩さ

れていくような不安感を覚えるのです。その結果人間は

自分が解決できていない問題を、他者を通じて解決しようとする

ようになるのです。自分は何もやらないまま、他人を羨

(うらや)んで、不満を募らせて、不機嫌をばらまいて

言い訳を重ねてしまうのです。ここでその《居場所》とは、

場所であったり、人間であったり、モノであったりするのです。

しかしとどのつまり、それは《心》以外あり得ません。それは

何かを真剣に思い続ける《自分の心》なのです。


人生を切り開く突破口は、ひょとするとすごく単純な事柄で解決

できるのかもしれません。人間の欲望と犯罪が渦巻く、この世の

中では、《純粋》な生き方だけでは世渡りができません。人は

はたまた、純粋な心は大切にしつつ、懐深く、度量の大きさが

必要です。周りの目を気にしないで自分本位に生きると、結果的

に社会から孤立するでしょう。


《素直さ》《飾らない美しさ》《裏表のない心》

不平不満文句を言わず、ひたむきに一生懸命に頑張る、に尽きる

のです。思ったことを何も考えず、 そのまま口に出すのは、

嫌われる人・・思ったことを伝えるのが怖くて、何も言わない

のは、忘れられる人・・思ったことを相手が受け取りやすく、

話すのが、好かれる人・・・ 自分はどれですか?


レイモンド・チャンドラーは、かくのたまいました。

「強くなければ生きていけない。

優しくなければ、生きる資格はない。」

彼風に申すなら、

「《愚か》では生きていけない。

《純粋》でなければ、生きる権利はない。しかし、

《ひたむき》でなければ、生き続けられない。」


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。PS I LOVE YOU.


この番組の主題歌、毎回素晴らしいです。毎日数回

番組放送時に、声に出して、身体ゆすって、リズムとりながら

歌っています。ストレス解消されます。