ぼっち日曜日

今日は本当にひとりぼっちの日曜日。もうすでに夕暮れ。


10時前に目が覚めた。今朝も空気が冷ややかで布団の

上からでも、寒さが忍び込んで来て、眠気が一気に

吹き飛ばされてしまった。今朝は、なおも布団にもぐり込んで、ぐだぐだしたいのに、

冷気ってなんで、ことさら僕の5感をチクチク刺激するのか?

数分後に身体が完全に目覚めた。強い冬型の気候のせいで、

まだ少し温もりの残った布団を仕方なく押しのける。

不満足な気持ちの目覚めに、逆に食欲がよみがえった。

テーブルのサンドイッチを最近我が家でブームの

ココナッツミルクでお腹に流し込む。


認知症叔母さんは週末の金曜の夜から三泊四日で外出。

妻は仕事で夕方まで不在。僕は夕刻過ぎまでひとりぼっち。

正月休み以来の贅沢な時間が突然舞い込んできた。

静寂した部屋でテーブルの椅子に腰かけて、独り物思いに浸る。


木枯らしの風の音で、時の流れに気付かされ席を立つ。

「ヒュー、ヒューン」。玄関から外の景色を眺めてみる。

日曜日の夕方はなぜにこうも寂寥感(せきりょうかん)が

張り詰めて、せつないのだろう。

学生時代に聴いた旋律がふと口からもれる。

「♪夕暮れ時はさみしそう♪」、

「♪とってもひとりじゃ居られない♪」

独りで過ごしていると「さみしさ」のようなものを

ふと感じることがある。誰かと居たいと願う気持ち。

誰かと話がしたいと願う気持ち。温もりに触れたいと願う

気持ち。生きてることを確認し合いたいと願う気持ち。

自分ひとりの足で立っていることが難しくなり、

誰かを必要とする。そんな感情が心を襲う。

しかも厄介なことに、寂しさは《心もとなさ》を運んで来る。

その《心もとなさ》とは《不安》なのである。その《不安》とは

《恐れ》なのである。今の僕には地位も名誉も財産も

何も持って無い。何も持っていないくせに、

失うことを恐れてみたりする自分が居る。「違うだろ」と

自分に突っ込む。持たざるものがなにを恐れる。

お前の強みは、持たないものの軽やかさだろう。

持たないものの潔(いさぎよ)さだろう。

恐れることは何もなかろう。


喉の渇きを覚え、椅子に座る。冷たい水を一気に飲む。

自分には、まだ「熱」、「体温」が残っている事に

気が付く。そこで自分は起き出してからずっと、この「熱」を

渇望している事に改めて気づかされる。

人生は苦行でもなければ修行でもない。寒さで何かが壊れてた。

寒さで、かじかむ慣れない手で、灯油の切れたストーブに

灯油を補充して火を点(とも)す。

ふく射熱のおかげで、温度の低い僕は熱

エネルギーを吸収できました。

身体が暖かくなった途端に何かしたくなった。

パソコンを起動して音楽を楽しむことにした。

ついでにブログも書こう。そうこうしていると妻が帰宅。

ニンニクたっぷりラーメンを食べに外出。力がみなぎってくる。

人間に一番必要なモノは「財力」でも「知力」でも無い、

それは「体力」なのです。

身体の「熱(エネルギー)」こそが全ての「根源」なのです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


フリートウッドマックでドリームスです。

1977年リリース。全米No.1位大ヒット。アルバム「噂」からシングルカット。妖精魔性女スティービーニックスの作品。

女性目線から恋人を軽く非難している歌曲。アルバム「ルーモア」は大ヒット。


 

アバでチキチータです。

1979年リリース。全米No.29位。アルバム「ブーレー、ブ―」からシングルカット。他国では大ヒットして軒並み1位獲得。スウェーデンの男性2人、女性2人のコーラスグループ。

「チキチータ」とはスペイン語で小さい女の子に対する指示語。

「かわい子ちゃん」の意味。「太陽は今でも空にあって」、

励ます歌曲。


 

スティーブンビショップでオンアンドオンです。

1977年リリース。全米No.11位。アルバム「ケアレス」からシングルカット。ホンワカとしたイントロからロマンティックな優しい歌声。一聴して好きになりました。

空想の恋物語。舞台はジャマイカ。「on and on」とは「何度も何度も、ずっとずっと」の意味。


 

エルトンジョンでベニーアンドジェッツです。

1974年リリース。全米No.1大ヒット。アルバム「黄昏のレンガ路」からシングルカット。リズム&ブルースが色濃く出た出色(しゅっしょく)のナンバー。ライブ会場でズン、ズン、ズンの低音が一定のリズムで響く中で展開されて行きます。エルトンのファルセットボイスも聞こえて変貌自在。「かっこいい楽曲」です。


 

 

プライバシーって何???

昨日リハビリ通所での事でした。

定刻の開始時間、数分前にスーツ姿で

一瞥(いちべつ)するだけで、極めて有能であろうと、

うかがえるサラリーマンが一眼レンズのカメラを抱えて

入り口付近に静かに座する姿が視界に入りました。

推察するに、彼がいったんカメラを構えると

いかなる瞬間も見逃さないで、カメラに収めてしまう鋭利感覚。

最短時間で最適のアングルを撮り込む審美眼(しんびがん)。

何を取っても超一流のカメラマンの風情(ふぜい)。


おそらく彼にとって、今日の仕事はカタログ作成のための

単なる資料作り。優秀な腕の見せ所の無い、面白味や創造性の

感じる事の無い仕事であろう。

それは芸術性の問われない、しかも本人の意に沿わない

年配のリハビリテーション風景を、淡々と撮影するだけといった

納得いかない仕事なのではないだろうか?


サラリーマンなら許されないであろう、屈強な野心を心の奥底に

隠し込んで、漬物石で蓋をしての作業ではないだろうか?

そんな彼がそのような仕事に着手する以前に

クレームが入るなんて《青天の霹靂(へきれき)》だった。


我々利用者は準備された場所に移動して準備運動から始めました。

開始早々、僕の斜め前の70過ぎと思われる、引退した年配の男性が

くだんの男性を目にしたのでしょう、通所の責任者の年下の女性

に対して「おーい」、「おーい」と眉を吊り上げて

何やら怪訝(けげん)そうな表情で彼女を呼び出そうとしていました。

「はい」彼女はいつもと変わらぬ穏やかな態度で静かに歩いて近寄りました。

男性は女性を責め立てるように「勝手に写真撮られたら」、「困るやないけ」、「顔撮ったりするんか?」、「名前の所も撮らすなよ」。「分かっております」、「申訳ありません」。

女性はなだめるように優しく、いさめようとしました。

「顔は写したりしません」、「リハビリ業界内での会合の資料作りに」、「私が責任を持って」、「迷惑かけないように」、「最後にチェックしますので」。の様な事を。同時に、

女性は謝罪とともに何度も頭を下げてわびていました。

にも関わらず、事もあろうに、男性は吐き捨てるように言い放ちました。

「プライバシーの侵害や!!」。僕は唖然(あぜん)となりました。

その後そのカメラマンはカメラを構える事も無く

写真を撮らずに、やがて姿が見えなくなりました。


察するに通所側が事前に説明しておくべきであった。

っと、さらに利用者への配慮に欠けたかも、っと

社会貢献を果たしている企業の道義的観点から

本日の撮影を急きょ取り止めたのであろう。


《取るに足らない小さな事に、目くじら立てるなんて

大人げない》が僕の感想です。まさに《下衆(げす)の勘ぐり》

事象を自分自身の損か得かの、低い視点でしか見えてないのです。

現在社会は莫大な情報が至る所ではびこっており、

自分達自身の情報を、自分達だけで把握管理できることなど

果てしなく不可能なのです。

政治家や芸能人など人気商売の立場の人間であればこそ、我々は

数多(あまた)に存在する一介(いっかい)の名も知られぬ

人間で、公私の区別もはっきりしない民衆が

《プライバシーの侵害》などと口にするとは、

《とんち》にもならない、はなはだ滑稽(こっけい)でしかない。

しかも露出されるのは身体の1部分の写真や、顔と一致しない

名前だけで、良い悪いの評判などが言語化されて

表面化して話題になることなど絶対あり得ないのです。

何を怯(おび)えているのか、自分自身を過大評価し過ぎでは?

自意識過剰も甚(はなは)だしい。「誰一人あなたの事なんて

興味ありませんよ」と言ってやりたかった。

その年配男性は恐らく、現役時代に自分は過小評価されたとか

肩身の狭い思いをさせられた、と誤解した苦い経験があるのだ。

その現実が今もって受け入れられずに、自分勝手な不平不満に

抵抗することで自分自身を納得させて、

自分を大きく見せよう、誇大化しようとしているのだ。

彼は物事を正確に評価できない自己愛のかたまりなのだ。

このような人に限って、テレビカメラを見かけると

いの一番にカメラの前に割り込んでVサインを見せたり、

有名新聞や雑誌に自分や身内の写真や名前が載ってると

数多く買い占めて、誰彼(だれかれ)構わず見せつけたりするのである。


自分の名前や写真など、自分の全く想定していない場所で

露呈することなど、現代社会では日常茶飯事であることを

理解しないと生活など出来ない時代なのだ。

目にした情報によって自分の価値観や行動が簡単に影響を

受けて、(あたふた)右往左往してしまう「情報弱者」

にならないように気をつけよう。

自分達がひどく迷惑を被らなければ、出来れば自ずから、

進んで喜んで、社会や他人に協力することは、

年を重ねれば重ねるほど面倒がらないで、

いとわないでいよう。と肝に銘じよう。

「情報弱者」に陥(おちい)らぬようにと

自戒した出来事でした。


P.S.ともすれば、私達は自分こそが正しい者のように思い、

人を責め、裁く。しかし、ひとつの罪も犯さずに生きて来た

人間はひとりもいない。

人を許すことの始まりは、《自分自身が許されてきたこと》

を知ることなのだ。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベルでホールニューワールドです。

1992年リリース。全米No.1。映画「アラジン」の主題歌

映画「アラジン」サウンドトラックからシングルカット。

ディズニー映画史上唯一の全米No.1ヒット曲。

原題「A whole new world」

「すっかり新しい世界(まったく見たことない世界)」

ただの新しい世界ではなくて「whole」が付くから「すっかり」、「全部新しい」の深い意味が含まれている。

アラジンとジャスミンが魔法のじゅうたんに乗って世界を観に行く場面で歌われます。


 

ジョンデンバーで緑の風のアニーです。

1974年リリース。二週連続全米No.1ヒット。

アルバム「バック ホーム アゲーン」からシングルカット。

自然が生きている事を感じさせてくれる。その人と一緒にいると

自分の五感が満たされる感覚。と言った愛の歌。

アメリカで人気の国民的カントリー歌手。飛行機事故で他界。

本人が12弦ギターをつま弾いています。美しい優しい楽曲。


 

ビリージョエルでドントアスクミーホワイです。

1980年リリース。全米No.19位。アルバム「グラスハウス」からシングルカット。過去を断ち切れず悩んでいる彼女に恋人が皮肉めいたことを言いながらも「考え過ぎてちゃだめだよ」って内容。

当時TDKのカセットの宣伝で流されていた。本国より日本の方が人気のある乗りの良いキャッチーな楽曲。アルバム「グラスハウス」はヒット曲満載の大ヒットアルバム。


 

レッドツュッペリンで天国への階段です。

1971年リリース。シングルカットされず。

アルバム「レッドテュッペリンⅣ」に収録。アルバム「Ⅳ」は世界中で大ヒット。世界で屈指の人気を誇る英国4人のハードロックバンド。ギターでリーダーのジミーペイジとボーカルのロバートプラントの共作。ドラムのジョンボーナムの死去によりバンド解散。

アコースティックギターのアルペジオで静かに始まるドラマティックな展開を見せる人気の曲。8分にわたる長い楽曲。


 

 

世間に合わせられない人

昨日ある知り合いから数年ぶりにメールを受け取りました。

彼とはお互いの気持ちの行き違いから、ここ数年ばかり

疎遠になっていたのでした。《僕は今でも原因は相手の

「非常識」な行動にあると確信しています。》


「久しぶりなので、会って話をしませんか?

良かったら食事でもしながら」との内容。

僕は自分の予定を考えて、最も早い時期との思いから

「**日++曜日、@@時から++時までなら」と

ほんの数時間ですが、どうですか?と返信しました。

彼からの返事を見て、僕は本当にあきれてしまいました。

「その日は午前中は仕事なので」、「またの機会に」。

結局、約束を取り付けることが、かなわず先延ばしに。

《僕としては自由な時間が確保でき、内心ほっとしました。》

《もしかしたらもう二度と、会うこと無いかも》

皆さんこのやり取りどう思われますか?

ごくごく当たり前のやり取りでしょうか?

僕はかなり奇怪なお誘いだと憤慨(ふんがい)していました。


誘われた側が、気を使って自分の予定を見て、相手の

都合のよさそうな、空いていそうな日時を

考慮して、場所と日時を提案したのです。

しかしそれを誘った相手が拒否をしたのです。

会って話をして、食事もしたいと思っている

誘う側にはもはや拒否権は無いはずです。


変わらない人だな!本当にワガママな

身勝手な人だなと僕は思っていました。通常の人であれば

こういう場面を想定して、あらかじめ誘う側は

「日時と場所」を自分の方から提案して相手に

打診を伺うのが筋ではないのでしょうか?

「**日、++時、@@で」「食事でもどうですか?」

それに対して誘われた側が検討をして返事をする。


もし誘った側に何ひとつ提案が無ければ、

そして誘われた側が「場所と時間」を提案したとすれば、

もはや誘った側にはその提案に対して拒否は

認められないのではないのでしょうか?


分かりやすくするため例を挙げてみます。

男の子みんなが大好きな、超絶可愛い女の子に、

入れあげている、ある男が居たとします。

男は女の子に「会いたい、会いたい」、

「すぐに会って話がしたい」、「食事でも一緒に」

そうしたら女の子は男の熱意にほだされて

もし「そうだったら、**月、++日、

/・時に、@@で」と提案してきとしたら

男はその提案をむげに断るでしょうか?

言わずもがなですよね。何を差し置いても

歓喜して受け入れるはずです。


全ての状況においてこれが当てはまるわけではもちろんありません。

こういった人は人の気持ちが推し量れない、

想像できない本当の《バカ》だと僕は思います。

僕の考える本当の馬鹿とは広義の意味において、

人の気持ちが解らない人なのです。

人の気持ちを考えようと努力しない人なのです。


一方でそのような人は世間に合わせられない

自由な、気ままな人なのでしょう。

えてして、そういう人は自分が常に正しいと

他人の意見に決して耳を傾けない。そして

自分を決して変えようとしない。その上で自分は独りでも

生きていけると傲慢に心得違いをするのである。最後には

自分から世間の人との人間関係を絶つのである。その結果

自由で気ままに生きていく代償として、家族を作ろうともせずに

孤独で寂しい生活を余儀なくされるのだ。最後には

孤独に押しつぶされて、何かしらの病気を患うのである。

その時には、打開策がもう無く、時すでに遅いのである。


何を隠そう。この僕もこれに極めて近い人間のような

気がします。肝に銘じて変わるべき時は素直に変わろう!

「健康、努力、忍耐」今年のテーマです。

「変容」も加えよう!

P.S.彼がこのブログに目を通すことは

極めて低い確率なのでご心配無用。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


フィルコリンズで「恋はあせらず」です。

1982年リリース。全米No.10位。カバー曲。

アルバム「Hello、I must be going」よりシングルカット。

原曲は1960年代、ダイアナロスとシュプリームスで全米No.1位の大ヒット。オールディーズの代表曲。

フィルコリンズは英国のロックバンド、元ジェネシスのメンバー。ソロになって数多くのヒット曲連発。


 

スティーリーダンでエニーメジューデューデュウイルテルユーです。

1974年リリース。アルバム「プリッツェル・ロジック」A面3曲目。シングルカットせず。寒い冬の季節によく合う、乾いた曲。

アルバムは音楽雑誌ローリングストーンズに後世に残す名盤として選出される。ゴールドディスクに認定。


 

エアーサプライで「渚の誓い」です。

1983年リリース。全米No.2位。アルバム「グレーティストヒット」に収録。メンバーのジムステイマンの作品。

ドラマティックな展開をする秀逸曲。原題は

「Making love out of nothing at all」

「何もないところから、愛を作り出すことが出来るなんて」の意味。


 

サイモンとガーファンクルで旧友とブックエンドのテーマです。

1968年リリース。A面最後に収録。当時のアメリカの現状を歌った楽曲。ひとつでは用を成さないブックエンド、ふたつそろって初めて用を成す、チームワークを知らしめたアルバム。

アコースティックギターの響きとコーラスの高音が

印象に残る美しい楽曲。


 

 

戌年(いぬどし)

正月の二日は昼過ぎに起床しました。正月くらい時間に追われることなく自分の都合で過ごしたいものですよね。

新春料理のお雑煮とおせち料理でお腹を満たして、さて行動開始です。その日の一日が予定が無く自由に過ごせると考えるだけで程良い幸せを感じる事が出来ます。


子供の頃に過ごした正月を思い出します。二日は恒例の書き初めをしました。《子供の頃、唯一強制された習い事が習字でした》

作品を持って伯父さんの家でコンテストで賞を付けてもらって、お年玉を受け取りその後家族総出で夜遅くまで大宴会でした。

毎年盛り上がっていました。子供達もお酒を飲まされかくし芸を披露。僕はリクエストから山本リンダのものまねなどやったかな。伯父さんの引退と同時に宴会も消滅しました。《寂しいです》


誰かに導かれるように、近くの伊曾乃神社(いそのじんじゃ)に参詣(さんけい)に向かいました。

元日はにわか雨の上に時折冷たい風がピューピューと吹きさらしていました。しかし二日は屋内より屋外の方が温かく感じられる過ごしやすい気候でした。寒がりの僕にはほんとに有難いことです。やはり僕以外の人達にも格好だったのか参道、境内(けいだい)ともにお参り人たちでにぎわっています。

下車してから数分後のことでした。杖をついて足元を見ながら歩いていた時のことです。大きい粒の砂利の左斜め前60センチの所に陽射しに反射して白銀色(しろがねいろ)に眩しく輝くものを発見しました。


参道の途中で、誰かの落とし玉150円を拾いました。小銭なので、大多数の人達と同様に警察には届けません。所有者であろう神様のお賽銭(さいせん)として戻しました。勝手な事に自分自身のお願い事(秘密)をねんごろにさせて頂いて妻と二人で僕の実家に挨拶に立ち寄りました。スーパーで購入した握り寿司とオードブルをご馳走になりました。帰りに駐車場の隅の立派な小屋から犬の鳴き声が聞こえてきます。

「ワンワン」。「犬なんかどうした?」

「謙太郎(甥)がもらってきた」。「小屋は自分で作った?」

「仕事から帰って夜中に作ったみたい」。「いぬ年やろ」、「犬飼ってみたいって」、「二匹も!」、「自分で世話しよるからほっとる」。そうか今年はいぬ年だったのでした。


昨年の暮れ、知り合いから

「来年は何年かいね?」。「今年何やった?」。

「えーと」、「ひつじだった?」、「いや、さるやった?」。

別の人が「とり年ですよ」。「あ、そうか」

「ね、うし、とら、う、たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い」僕は数えます。「いぬ年か!」。

「いぬ年の2年前から、うちのわんこちゃん飼い始めたから」

、「もう来年で14年になる」知り合いがつぶやきます。「もうええ年やね」

「人間で言ったらいくつかな?」僕が聞きました。

「最初の2年で、1年ごとに12歳年取るよ」

「3年目から、1年で4つ年取るみたいよ」

それを聞いて僕は頭の中で計算しました。

(12かける2)プラス(14-2)かける4=24プラス48=72

「人間で言うと72歳」、「犬は老いると目をやられ、やすいから」

「もう、ほとんど見えてないかも」。


年末年初とか、ならないと、こんなこと普段考えませんよね。

「十干十二支」なんて日常ほとんど気にしませんよね。

2018年 今年は、

十干(じっかん);戊(つちのえ)、

十二支(じゅうにし);戌(い)(犬)

以下ネットでコピペします。

戊(ぼ、つちのえ)は、十干の5番目である。 陰陽五行説では土性の陽に割り当てられており、ここから日本では「つちのえ」(土の兄)ともいう。 方位では中央に宛てられる。

十干は10種類、十二支が12種類なので

10と12の最小公倍数の60年で自分の生まれた、もとに戻ります。

これが皆さんご存知の還暦ですよね。


話を犬に戻します。犬は生まれて1年で、人間の12倍老います。

言い換えれば12年早く成長します。3年目から4倍老います。

言い換えれば4年早く成長します。ってことは、

犬は3年目から時間の早さが3分の1に感じるってことですよね。《時間の認識があればの話ですが》

犬にとっては時間の流れを

どのように感じているのでしょうか?

別の見方で考えると、犬は人間よりも《種の存続》を早期に託された動物とも観て取れます。一方人間は《種の存続》より先に、親など仲間からの

《愛情や感情》を認識するなど脳の発達を優先させられた動物と考えられます。《寿命の関係も理由のひとつかな》

脳が発達した人間だからこそ、生まれてもすぐに身体が成長しなくて、愛情や知識(知性)を学ぶ事を優先させられたのでしょう。

人間より早熟な犬たち獣(けもの)は、生涯本能だけで生きることを強いられた動物なのです。やはり人間は考える葦(あし)なのです。人間は知性ありきの唯一の生物なのです。

だから、本能のおもむくままに生きて、理性をおろそかにする者はきっと短命なのです。犬の年の計算からも分かるように

人間は本能を理性によって、支配出来るように生きていかねばならないのです。それが出来ない者は社会から排除されるのです。

人間を犬の寿命に換算してみよう。(100-24)わる4プラス2=19ぷらす2=21

犬は21年も生きれば大往生です。人間は犬の5倍近くも生きることが出来ます。犬から見れば人間はほんとに寿命の長い生き物なのでしょう。だとすれば、人間が普通の動物より長生きする意味合いを考えて人生を送らないと「犬」にも失礼です。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


オリビアニュートンジョンでフィジカルです。

1981年リリース。10週連続全米no.1位超大ヒット。

アルバム「フィジカル」よりシングルカット。

エクサスサイズのブームの火付け役に一役買いました。

子供の教育的には悪い歌です。一部の地域で放送禁止。

でもとっても乗りの良いポップな楽曲。


 

スティーブミラーバンドで鷹の爪です。

1976年リリース。全米No.2位。アルバム「鷹の爪」からシングルカット。シンセとエレキギターで奏でた幻想的な楽曲。

サンフランシスコで結成されたロックバンド。


 

ブルースホースビーでウエイイットイズです。

1986年リリース。全米No.1位。デビューアルバム「ザウエイイッツイズ」からシングルカット。

ピアノの綺麗な響きの印象的な楽曲。社会人当時大阪球場でヒューイールースの前座を務めた来日初ライブを体験しました。美しい曲だと思いながら友人とシェイクしてました。


 

エアロスミスでミスアシングです。

1998年リリース。自身初の全米No.1位大ヒット。アルバム「ミスアシング」からシングルカット。映画アルマゲドンの主題歌。全世界各国で大ヒット。

まさに名曲です。ドラムやエレキギターの音がまさに絶妙。

スティーブンタイラーのしゃがれ声がバラードにピッタリ。

バンド外のダイアンウォーレンの作品。米国東海岸で結成された

30年以上活動続ける世界的な人気のロックバンド。