「見えない世界」カテゴリーアーカイブ

ビジネスマナーを学んだ時、手を合わせるときビジネスの時は右の手が上と教えて頂きました。

神社や仏閣、神聖な場所では、左手を上に組んでおりましたので、どんな時も左手が上だと思ってた私にとっては 「へぇーーーーー」。

ビジネスでは、右利きの人が多い中

「いつでもすぐに私は対応出来ますよ!!」の意思表示で、右の手を上にするのだとか…。

なるほど…なるほど。


先日、米麹作りに参加させてもらったとき、初めて参加する私、密かに「いつでも何でもいたしますよ!」という思いを込めて、始まる前 右手を上に立っておりました(^^)v

もちろん神社、仏閣では、左の親指を右手で包んで左手を上に重ねる作法で…。


吉元 由美さんの作詞された「Jupiter」の歌詞の中

私のこの両手で何が出来るの?

いつも頭の中で繰り返されるこのフレーズ。

そして、7年ほど前に聞いたことがある

「W.W.J.D」

What Would Jesus Do ➟ 神さまなら どうする


手はギリシャ語で「カイロ」

太陽院はカイロプラクティックの施術院。

ちなみにプラクティックは「技法」っていうことでカイロプラクティックは「手技療法」

以前、チラシを作ってもらったとき「手技」を「手抜」と書かれて、ビックリしたことを覚えてます。

手抜きはしませんので、ご安心を…。


まだスキーのインストラクター時代、「手に職ほしいなー」とぼんやりと考えていた頃、出会ったカイロプラクティックの仕事。

神さまならどうする?と、問いながらの施術。

この私の身体が祝福の水路となり 私の手が動いていく。


そして、今ふとこの歌が…

「一人の手」

ひとりの小さな手 何も出来ないけど
それでも みんなの手と手を合わせれば
何か出来る 何か出来る

ひとりの小さな目 何も見えないけど
それでも みんなの瞳でみつめれば
何か見える 何か見える

ひとりの小さな声 何も言えないけど
それでも みんなの声が集まれば
何か言える 何か言える

ひとりで歩く道 遠くてつらいけど
それでも みんなの足踏み響かせば
楽しくなる 長い道も

ひとりの人間は とても弱いけれど
それでも みんながみんなが集まれば
強くなれる 強くなれる

それでも みんながみんなが集まれば
強くなれる 強くなれる


そして、今日は 太陽院院長のブログ100稿目(*^^)v

この手…この手のぬくもりが 伝わりますように

 

 

 

霊の果実

日本エドガー・ケイシーセンターから毎日届けられる「珠玉の言葉」

肉体が食べ物を必要とするように、霊と精神にも食べ物が必要です。

It is just as necessary that there be food for the spiritual and mental man as for the physical man.

(3624-1)

私たちの身体の中の

ボディ(肉体)・マインド(心)・スピリット(魂)

よーし!頑張るぞ!!と、思ったとき 身体が動き、思いが溢れ、そして魂がわくわくと震える。

この魂がわくわくと震えるほどの、トキメキを人は何度経験するのだろう。

思いは、考え方 思考で、いい風に 変えることが出来る。

しかし、魂は本物にしかきっと反応しないし、魂に刻まれたツラい思いは簡単には癒えないのかも知れない。

そしてまた、喜びの記憶も…しっかり刻まれた喜びの記憶はブレずに生きる指針ともなりそうです。

そして、この魂の記憶が示されたものが「アカシックレコード」

人は、何度も生まれ変わり前世でやり残したことや、過去世での傷の修復や喜びの再確認をするのかも知れない。

過去世や前世の記憶が消されて生まれて来てるにも関わらず、人は逢うべき人に出会い、様々な経験もしていく。

そして、私の魂をいつも震わせてくれる聖なる書物…聖書。

数年前、私自身 津の赤塚さんの薦めもあり「幕屋」という無教会でのキリスト信仰の師に学ばせて頂いておりました。

そして、今は離れてはいるものの毎月「生命の光」という信仰誌が届けられ、その誌面に示された信仰者手島郁郎氏の言葉にもまた力を頂きました。

宗教は、人生の苦しみ、これをどう解決するかを一つの大きな課題とし、宗教によっては、この世に生きる苦しみ、矛盾に対し考えても仕方がないからと…諦め、悟るべきことを説いているけれど…

キリストの宗教はそうではなく、イエス・キリストは人々の苦しみを共に背負おうとし、その姿は十字架上の死によっていちばん深く表され…。

自ら傷ついてでも人々の苦しみを背負おうとする姿。

「私のさばきは正しい。ただ、父なる神の御心だけを求めているから、この世の常識や倫理、考え方、道徳と違うのだ」

と、いうキリスト・イエス。

また、「天の父は悪しき人にも善き人にも太陽を昇らせ、義(ただ)しき者にも不義な者にも  一視同仁、雨を降らせたもう神様である」とも…。

人の心の奥底に潜む「神性」

「自分からは何一つできない」というキリスト・イエス

しかし、長い間苦しむ者を見ると、その苦しみを分かち合い、背負い、その苦しみの中に自分自身も共に身を置き…癒す。

「血を流し、命を捧げた人たちの涙というものは、ただでは終わらない」とも言われる。

肉を十字架上に置き、身を以て示した 神のひとり子キリスト・イエス

…その生き方が示されている聖なる書には魂が震わされます。

触れることによって、傷ついた心も 乾いた霊も 満ち足りた精神にも多くの栄養を与えてくれます。

良いときも 悪いときも 富めるときも 貧しきときも 病めるときも 健やかなるときも…

どんな時も降り注いでいる神さまの愛と光…。

そして、その愛と光は信じ受けるだけ…。

食べ過ぎがないほど 常に受けることの出来る霊の果実の詰まった聖なる書…出会わせてくれた主に感謝いっぱいです。

 

 

 

グッドタイミング

今日、ふとあの方に会いに行くなら「今」だな!!…と、

思わされて、ちょっと長くかかりそうな事務仕事を置いて  準備。

そして、会いに行く前に電話した方がいいかな?と、思いながら携帯の電話帳みると 見当たらない!

まっ、電話かけるよりも  行ってしまおう!!…と思い、車を走らせた途端に電話が入り、スピーカーモードにして話しながら目的地へ…。

ちょうど  何だかんだ話して車で20分ほどの目的地に到着。

しかし話始めた私、途中で終われずそのまま駐車場で話しして、「流れのままに…」

建物に入った途端、ちょうどお客様を見送るところ…。

ジャストタイミング!!

かかってきた電話が長引いたのも…

行く前に電話をしなかったことも…

神さま…やるね  (*´ε`*)チュッチュ

近寄って行ってお部屋に入れてもらって…

一通りお話しさせてもらった所で、お嫁さんとお孫ちゃんがまた訪ねてきて…私は退席。

いつも この方と会う時は神さまが働いてくれて、楽しい時間を過ごさせて頂けます。

実は本当に大きな大きな病院の奥様。

なのに、氣さくに色々お話しさせてくれて…。有難い。

地位も名誉も肩書も…関係なくお話ししてくれる方。

この世は、いろんな鎧をつけてみんな過ごしてる。

この鎧の中の本当の自分。

昔、水前寺清子が歌った「いっぽんどっこの歌」

ボロは着てても心は錦 どんな花より綺麗だぜ
若いときゃ 二度ない ドンとやれ 男なら
人のやれない ことを やれ

当然、人の第一印象は見た目55%…っていうことなので、ボロでもいいよ!っていう意味ではないですが…

昭和の初め、パナソニックの創業者松下幸之助さんも、丁稚働きから世界の松下と言われるほどにまで成長し 大きな夢をつかまれた  おひとり。

サッカーのラモス瑠偉さんが言われた言葉に

「テクニックは人から教わることも。でもハートは自分で鍛えるしかない」と…。

カイロの施術や日々の生活の中、出会わせて頂く名のある会社の社長さんや大きな事業をされてる方…。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

という言葉のように、様々な人生を経験された方との会話は本当に私に真実を見る目を教えてくれます。

今では従業員を何百人も抱え、何億ものお金を動かしている会社の奥様は、会社を旦那様が立ち上げたとき、お米を買うお金もなく

お米屋さんが閉まったころ、隣の家に一升マスを持って「お米屋さん閉まってて買えんかってね…お米貸してもらえんやろか…」と一升マスを出して…。

一升のお米を借りて帰る。

そして、一升のお米で数日しのぎ、お金が入ったときにお米を返しに…。

戦国武将の前田利家がこんなことを言ってるそうです。

「とにかく金を持てば、人も世上も恐ろしく思わぬものなり」と…。

お金が全てではないけれど、「金持ち喧嘩せず」

心にゆとりがあれば、いらいらすることもなく、なのでまたお金も入ってくる…という正の連鎖。

〝心にいつも太陽!!”〝雲の上はいつも青空”っていう感じでしょうか。

日々の出会いの中、様々な形で出会わせていただく人とのご縁。

「袖触れ合うも他生の縁」

何度も生まれ変わる 我々の高貴な魂。

その魂同士の出会い…再会。前世からのご縁も…。

松下幸之助さんが経験の中、話された松下語録にもやはり

「この世で起こる事は全て必然で必要、そしてベストのタイミングで起こる」と…。

今日、ふと会いに行きたくなって 何も連絡もせず向かった先で、ちょうどのタイミングでお話も出来…。

運転し始めたとき  かかってきた電話も、話終わったころ現れたお孫ちゃんとお嫁さんも…。

一瞬早すぎず 一瞬遅すぎず

一番いいタイミングで一番いい人に出会える
そして、いいことが起こってゆくと…。

これから またどんな出会いが用意されているのか…

神さまの采配に心躍らせて…日々ワクワクと過ごさせて頂きます。

 

 

 

 

 

満月

おとめ座の満月のⅠ2日、お月様の光と共に 大阪から戻って参りました。

毎日、更新していたブログ…今日は帰宅が夜中1時を過ぎてしまい、せっかく12月から続けてるので、今 昨日の分(3月12日分)で投稿中。

朝、7時西条を出発し向かった先は  大阪城そばの 松下IMPセンター。

昨年2月、津の赤塚さんより教えて頂き、取り入れた 「水素風呂」のレンタル事業の取次店勉強会。

今日は、全国の取次店の中  850名のみと限定された勉強会。

各地での勉強会は有るものの、会社主催の勉強会は 初めての試み…。

やっと確保して頂いた5人分のチケット持って  仲間と車走らせて行って参りました。

近未来エネルギーとなる水素。

岡山からも合流し、大阪まであっという間。

旅は何処に行くかよりも  誰と行くか!が大事…と言われますが

事業も何をするかも大事だけど、誰とするか!!は、もっと大事。

OL時代、私自身一度だけ  会社に行きたくないな~と思い、車から降りて 横断歩道を渡り  事務所まで向かうことが  身体が重く 足が進まず…

そんな中  力を振り絞って  着いた会社には1枚の書き置き。

「○○商会に直接行きます」と…。

その時、心が軽くなったことは今でも忘れられません。

心と身体は密接に関わり  小さな悲鳴を浴びてることも…

人生は旅と同じ。

その中で、共に近未来エネルギーである「水素」を扱うことで繋がる仲間との絆。

人は良き仲間との出会いが  また大きなエネルギーとなり  わくわくと過ごせること。

本当に大切なことだなーと、しみじみと感じさせてもらった今日満月の日でした。

聖なる命

東日本大震災から6年。

愛媛でもまだまだ寒さ残るこの時期、あの日も寒い寒い中 帰る場もなく、何をどうすれば良いのか…。

途方にくれながら、きっと迎えた真っ暗な夜。

明日満月になる月は、あの日も真ん丸に輝き夜の闇を照らしていてくれてたのでしょうか?

生まれた途端から、死への旅が始まる…と言うと、不謹慎かも知れないけれど

この肉体を持った人生…この肉体はすべての人が「死」を迎えることは100%変わらない事実。

人は、死に場所を求めてさまよう旅人なのかも…。

あの飛行機に乗ってなかったら、生きていたかもしれない…

あの日、あの道を通らなかったら、事故にあうこともなかったかも…

逆に、あの電車に乗り遅れたから事故に遭わなかった…とか

あの時、早く家を出たから…とか

人の生も死も、どこか見えないモノの掌の中   動かされているのかも知れない。

その日、出張でその場所にいなかったり…

たまたま電車に乗り遅れてたり…。

聞いた話だけれど   人は息を引き取る時、まさしく息を吸って…そのまま吐くことがなく死を迎える。

そして、へその緒を切った途端  息を吐き「オギャー」となく赤ちゃん。

人が、「死」を迎える時に吸った息が  寸分狂わず  次の「生」で吐かれる。

魂は永遠不滅の高貴な存在。

そして、生まれ変わり肉体を持って生きる この3次元の世界…

生きたくても生きられない命…。

死にたくても死ねない命…。

全てに意味があり、そして時があるのだと…

その答えを探す旅。

これからもずっと探し  求める 旅なのかも…知れないですね。

東日本大震災で天に還って逝った多くの魂が 今またこの日本に生まれ

叶えられなかった夢の続き、

家族や仲間との  やり残したことの続きの為に…

今か今かと、空の上で待ち望んでいるのかも…。

 

 

長縄跳び

深く深呼吸し、「よし!!今!!!」と、入っていく長縄跳び

人生は長縄跳びの様なもの

きっと、この地上に生まれてくるときも 「よし!!今!!!」と生まれて来たはず…

先ず、地上に生まれるときは、自分の両親となる人が両側で大きく腕を回し    長い縄を回していて…

先に生まれたお兄ちゃんやお姉ちゃんが先にその長縄跳びで飛んでるところも…

地上には、たくさんの長縄跳びを回している人がいる

そして、深く呼吸をして 「よし!!今!!!」と、回っている長縄跳びに入った途端、飛び続ける

1、2、3、4、5・・・・・・・

そして、たまに縄にひっかかってしまっても、

また初めから「よし!!今!!!」と入っていく

長いこの世での人生の中、同じ長縄跳びの中に入った仲間や家族。

誰かが跳び遅れて、縄が引っかかっても…ドンマイ!!

何度も何度も 初めからやり直しても、

回す人も…
先に跳び始めた人も…
待ってる人も…

合言葉は「ドンマイ!!」・・・「氣にしてないよ!!」

そして、楽しむこと

時が来て 違う長縄跳びに移ることも…

跳んでいた長縄跳びから出る時も、「立つ鳥跡を濁さず」

「始まりがあり終わりがある」…そしてまた、「始まり終わる」

慣れ親しんだ長縄跳びの仲間から離れ、新しい長縄跳びに入った時に

速さが違ったり リズムが違ったり…

それもちょっとづつ慣れていったり、早々に決断して次の長縄跳びに入ってみたり…

探して、求めて、跳んでみて…

たくさんの経験から見えてくるものがあったり、早い時期に見つかったり…

何が正解?

スマップの歌じゃないけど…一人ひとり違う種を持つ!!

どの長縄跳びも「楽しんで跳ぶだけ」

正解も不正解もない…ただ調和とタイミング

そうさ 僕らは 世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命なればいい

もしかすると長縄跳びを回しているのは、神様なのかも…

 

 

春3月

愛媛県下の高校受験も終わり、今日はちょっと風も強く 春一番だったのでしょうか?

この季節、いつも頭に浮かぶのは、柏原芳恵さんが歌った「春なのに」

春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに  春なのに
ため息 また一つ…

と歌うこの切ない曲…

春 色で言えば、ピンク。

神様は、この3月に咲く花々をあえてピンク色にし 人々の心の中に
ふんわりと優しさをプレゼントしてくれてるのでしょうか。

明後日は、あの2011年の東日本大震災から6年目。

花は花は花は咲く…

ピンクや黄色の花々の中、出逢いとお別れ。

あの日、テレビに映し出された津波と火災…そして信じられない震度と度重なる余震。

被災地から遠く離れた私たちは、もう手を合わせ祈ることしかできず…。

聖書の中

主はその愛するものを懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである

と、こう示されており、懲らしめ むちを加えることは神さまの大いなる愛

私自身、4年ほど前  地域に女性の防災士がいないから…ということで、防災士のための講座を受講。

その講座の中、日本は災害大国。

そして震災や災害が起こる毎に、問題点は見直され  対策が検討され いつどこで災害が来ても 迅速に対応していけるようにと各地で防災対策。

それをまたあざ笑うように、想像もつかない様な現実で起こる災害。

どんなことがあっても挫けず補い合う日本人だからこそ、神様は大きな愛の中懲らしめ鞭打たれるのでしょうか。

あの震災の日、命をかけて津波の状況と避難を呼びかけ続けていた南三陸町職員の女性。

自らの命を犠牲にしてでも、多くの命を救った女性は今 あの日自分の放送を聞き、命救われた人々の心に きっとピンクの花となって咲いているんでしょうね。

花は花は花は咲く…私は何を残しただろう…。

戦争で散って行った命、震災で失った命、津波に巻き込まれた命…。

災害を恐れるのではなく、祈りの中 命の限り生きていくこと。

見えない大いなる主に…今日も祈り求めます。

神様の示されるままに…。

 

 

 

習慣

主人が作ってくれたこのホームページが出来上がったのは昨年10月。

そのホームページの中に、私の書き込むブログを付けてくれたのは良いけれど、書きづらく10月に2日書いただけでストップ。

しかし、いろんな人が様々な形で自由に情報発信出来るブログは、Facebookとはまた違う良さがあるように思っていただけに、せっかく作ってもらったブログに書き始められない自分に自己嫌悪。

「どうしたもんじゃろのう~」と思って、主人に「なんかフォームが凄く書きづらいんよね!」と愚痴ってみると、なんかフォームをチェンジ出来るんだとか…。

色々開いてみて、わっ!!!いい感じ~ってことで、12月半ば 今の書きやすいフォームに決定。

「よーし!!頑張って毎日書くよ~!!」とブログの女王のような友達に宣言。

そして、もう少しで100日。

我ながら、こうやって書くことで頭の中がちょっとづつ整理されてくる毎日。

始めて良かったなー…とつくづく思います。

コツコツ書く「習慣」

元来、3日坊主の私。

テレビショッピングで、ワンダーコアを購入しながらも1~2週間使ったっきりで、後で後で…と思ってしまい…。

「続けられない」という悪しき習慣。

こんな習慣はいらないんでしょうが…。

習慣…朝起きたら歯を磨き、顔を洗い、トイレに行くと手を洗う…。

お風呂の中では同じ場所から洗い始めるのも習慣。

「おはようございます」「いただきます」「ごちそうさまでした」「行ってきます」「ありがとうございます」「どうもー」…人との会話の中での習慣のように発しているコトバ。

電話をしながら、頭を下げお辞儀をしてしまうこともある。

「習慣の奴隷」という言葉もあるそうだけど、これが「あたりまえ」ということにも繋がってくるのでしょうか。

長くお付き合いしているカップルのように…。

私も主人と出会いデイトしてた時は、ドキドキワクワク…していたのに、こんなに毎日ソバにいると そんな新鮮な氣持ちはもう全く起こることもなく…。

まっ夫婦でずっとドキドキしてたとしたら、心臓に負担掛かりすぎて大変なことになってしまいますが…。

習慣や当たり前という中の「落とし穴」の様でもあります。

スキー教本の中にも「習う」「滑る」「慣れる」とあります。

先週まで受けていた、チャレンジスクールの中「ビジネスマナー」を教えて頂き、自己紹介やお辞儀の仕方習いながらも、いざそういう場面が来たとき  なかなか実践出来ず…。

「習い」「意識し…」「習慣とする」

カイロの技術を学んできた時もそうでした。

習い…全く初めはわからなかったことが、解るようになり…。勝手に動いていくような手の感覚。

車の運転も…お料理も…このパソコンだって、結婚した時は私自身ワープロを使うことがやっと…。

パソコンの電源を入れることすらわからず、メールもチラシを作ってもらうのも主人に頼み…。

でも微妙なところが氣になる私と、このくらい大丈夫っという主人の間ではいつも喧嘩になり…(笑)

そんなんだったら私がやる!!って言うことから、チラシも自己流ながら作れるようになり…。

やっぱり「時」が来て習慣が出来てくるのでしょうか。

人にはそれぞれの「時」があり、私自身このブログを書き始めるのに「時」が来て始まり…そしてまた終わりが来るのでしょうか。

三重県の津に住む赤塚さんがヘブライ語で示された創世記の一節の中で見つけた神さまが創ったものに「始まり」と「終わり」があると…。

光と闇、天と地、海と陸、地に住むモノ、海に住むモノ、空を飛ぶもの、自分に似せて作られた人。

しかし、日本語に翻訳された聖書の中には記されていない、ヘブライ語で示された創世記の中に、もうひとつ神さまが創ったものがあり、それが「始まり」と「終わり」だと…

なるほど…

人のこの地上での始まり「生」も、この地上の最期「死」の時も見えない神さまが創られるもの。

この地球の始まりも終わりも…きっと然り。

人の出会いも別れも、やはり自分自身で選んでいるようで、やはりみえない神さまに寄って私たちは出会わされ、そして離れていくのでしょか。

結婚することにによって新しい人生が「始まり」そして二人の間にもいろいろな形で「終わり」があり

また子供もそう…。

子供が生まれることにより「母」や「父」という親になることが「始まり」そしていつかこの世を離れるとき「終わり」が訪れる。

私自身、このブログのフォームを変えたところで毎日書くことが始まり、いつどういう風に終わりを迎えるのか想像も出来ないけれど、示されるままに…。

54年間の人生を振り返り、少しづつ文字に書くことで整理され

そして、どこかで誰かが読んでくれて、私の学んで来たことや思いが、チカラになってくれると嬉しいです。

言葉の波動

今日、「数波勉強会」に参加してきました。

2か月に一度の数波勉強会は、言葉遊び。

ひとつの言葉、例えば「菜の花」と入力すると、コンピューターによって数波方程式が導き出され、同じ波動を持つ言葉が色々導き出されてきます。

「菜の花」=〝結ばれるご縁のエネルギー”や〝みんなが幸せになるエネルギー”とかの言葉と同調…

「近藤 千恵子」=〝一隅を照らす”と同調。

私自身、生まれたとき 千恵子という名が付けられ、安藤姓から近藤姓に変わることでまた氏名が変わり、使命も変わり…

「一隅を照らす」を意識して生活することで「近藤 千恵子」を生きる。

ちなみに旧姓「安藤 千恵子」の時の同調言葉は〝新しいことを追及していく”や〝運命は自分が舵を取っている”

うちで取り扱ってる「水素風呂リタライフ」=〝伸び伸び育つ”とか〝病氣ゎ自分で治す。これ基本”…と!!

同調する言葉はたくさんあり、その中から自分でピンとくる言葉をチョイスしていくのも楽しいひととき。

聖書の中、イエスの弟子でいちばん長生きしたというヨハネが書いた福音書には

「初めに言葉があった」と書かれ、そして「言葉は神であった」と…。

この「初めに言葉があった」は数波言葉では

○初めから調和だった
○一人で悩んでいないで
○内なる自分との対話
○生きてるだけで有難い…などなど

「言葉は神であった」は

○ゴールドの手帳を持つ
○大切な人を愛するために生きていく
○氣付いた時がスタート
○生まれてくれてありがとうね…と。

そして、今日は数波言葉の繋がりを再認識。

今日、部屋に飾られた「菜の花」が参加者へどんなメッセージをくれるのかと入力したところ

○2/3が動く
○人生が輝く…と。

人間が決めることは出来ないけれど 実際起こることがあることは 見えない2/3の世界からのモノ…。

そして菜の花を飾ったことで、2/3が動き…人生が輝くと!!

しかももう少し発展すると唱歌「ふるさと一番歌詞」と調和言葉が出て来て…

みんなで飾られた菜の花と桜、スイトピーを見ながら

兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて 忘れがたき ふるさと 

…と、「ふるさと」合唱♪

さらに、各々の名前の大切さについても教えていただきました。

名という漢字は、夕ぐれの「夕」に「口」

ウィキペディアで調べると夕は肉の意味。そして口は神器。

「名」の数波言葉は

○何を知るかで決まる
○名の存在は声なり…と。

最後に「千恵子」で同調言葉を調べてみると

○常に生き生きしていること
○想いを貫き通すこと
○一生遊んで学ぶ
○お祈りと感謝と愛と…等々

今日、名の大切さを伝えてくださった松山の岩本さんは、関わる人に「言葉の処方箋」をプレゼントしてるそう…。

私も、出会う一人ひとりが生き生きと輝ける毎日となるように、活用していこうと思います。

数波のこともっと知りたいかた…「スーハ」で検索してみると出てきます。

調和コトバ検索は、別途有料ですが…。

ちなみに、次回西条での数波勉強会は
5月の第2土曜日13時~16時半まで
西条地域創生センター3階 第2研修室で開催です!

数波開発者の渡部  晋三氏(通称ゆうじん先生)も来られての勉強会は、良いです!!