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命♡

太陽院院長 近藤 千恵子です!(^^)!

昨日、facebookに 友のご主人様の訃報が告げられました。

滅多に会うことはない友人だけに、ご主人様が闘病中だったと言うことも知らず…

ご夫婦仲が良かっただけに、奥様の哀しみを思うと 居たたまれず…今日お昼1時から 葬儀にも参列させて頂きました。

お葬式の中、二人の息子さんの間に立つ 彼女は肩を震わせ泣きながらの挨拶。

明日、10月6日57歳の誕生日を迎えるはずだった御主人さま。

30年以上 生活を共にしてきた奥様の脳裏には 今日を最期に天に還っていく ご主人様とのたくさんの思い出が走馬灯のように浮かんできたことだと…。

生あるもの 必ず 死を迎えるけれど…

死んでも消えない 大切な思い出の数々。

私自身、ご主人様とは 2011年8月に「凛として愛」という映画の上映会開催の際、プロジェクターでの映写を気持ちよく 引き受けて下さり…

そもそも奥様との出会いも その前にイサム・ノグチの母を描いた映画「レオニー」の上映会を主催した時、「お手伝いさせて…」と手をあげて手伝ってくれたのがご縁の始まり♡

ネットワークビジネスを長い間されてる御夫婦は、誰かの為に…自分が出来ることを懸命にされてるお二人。

お仕事のお仲間もたくさん来られており…葬儀の間あちこちから…すすり泣く音が聞こえ…

世の為 人の為 … 惜しまれながら 死んでいく。

きっと あたりまえがいっぱいの毎日だからこそ 気付かない大切なこと。

今日、まだまだ若い旦那様の葬儀に参列させて頂き…「命」のはかなさと「命」の尊さを改めて感じさせて頂きました。

故人様のご冥福を心よりお祈りし…

また大切な人を天に見送り小さくなり 今にも折れてしまいそうな奥様に どうか一日も早くいつもの笑顔が戻ってきます様に…

葉月朔日…

太陽院院長 近藤 千恵子です(^^)

本日葉月朔日、朝九時より伊曾乃神社…朔日祭に参列させて頂きました。

夏真っ盛りの御神事。

御本殿の中では、蚊取り線香の香りと首を振り吹く扇風機の風…そして、蝉しぐれ。

土の中で長い年月過ごしたのち、やっと成虫となり過ごす地上での生活。

いのちの限りなく蝉の あの鳴き声が さらに夏を感じさせてくれるし、また8月は、この蝉しぐれと共に迎える敗戦記念日。

今年72年目の終戦記念日。

8月6日…9日と続けて投下された原子爆弾。

そして、暑い夏の日蝉しぐれの中 流れる昭和天皇の玉音放送。

生きたくても生きることを許されなかった者と、ツラい思いを噛み締めながらも生き抜いてきた戦後の先人たち。

今日朔日…引いた37番末吉御神籤の「神の教え」

何をするにも神様相手、人が知ろうが、しるまいが 神様が見ていらせられる。

神様は、言う事、なす事、思うこと、見ぬき見透しに、心の底の底までも、見て居らせられる。

人は知っても知らないでも、神様を御相手に、世のため、人のため、清い正しい心で尽しましょう。

神様は必ず正しい者に御味方下さる。

日本人の持つ 全てのモノに神が宿るという八百万の神さまの世界と、「天知る! 地知る! 我知る!!」とする世の教え。

蝉の一生も、人の一生も 全てのモノに神さまが宿り 儚く思う蝉の一生も 全ての生き物の中 それが与えられている使命。

8月葉月は、きっと多くの日本人にとって「命」の大切さを改めて感じることの出来る一か月。

まだまだ始まったばかりの暑い夏…心柔らかく過ごさせて頂きます。

 

 

聖なる命

東日本大震災から6年。

愛媛でもまだまだ寒さ残るこの時期、あの日も寒い寒い中 帰る場もなく、何をどうすれば良いのか…。

途方にくれながら、きっと迎えた真っ暗な夜。

明日満月になる月は、あの日も真ん丸に輝き夜の闇を照らしていてくれてたのでしょうか?

生まれた途端から、死への旅が始まる…と言うと、不謹慎かも知れないけれど

この肉体を持った人生…この肉体はすべての人が「死」を迎えることは100%変わらない事実。

人は、死に場所を求めてさまよう旅人なのかも…。

あの飛行機に乗ってなかったら、生きていたかもしれない…

あの日、あの道を通らなかったら、事故にあうこともなかったかも…

逆に、あの電車に乗り遅れたから事故に遭わなかった…とか

あの時、早く家を出たから…とか

人の生も死も、どこか見えないモノの掌の中   動かされているのかも知れない。

その日、出張でその場所にいなかったり…

たまたま電車に乗り遅れてたり…。

聞いた話だけれど   人は息を引き取る時、まさしく息を吸って…そのまま吐くことがなく死を迎える。

そして、へその緒を切った途端  息を吐き「オギャー」となく赤ちゃん。

人が、「死」を迎える時に吸った息が  寸分狂わず  次の「生」で吐かれる。

魂は永遠不滅の高貴な存在。

そして、生まれ変わり肉体を持って生きる この3次元の世界…

生きたくても生きられない命…。

死にたくても死ねない命…。

全てに意味があり、そして時があるのだと…

その答えを探す旅。

これからもずっと探し  求める 旅なのかも…知れないですね。

東日本大震災で天に還って逝った多くの魂が 今またこの日本に生まれ

叶えられなかった夢の続き、

家族や仲間との  やり残したことの続きの為に…

今か今かと、空の上で待ち望んでいるのかも…。

 

 

春3月

愛媛県下の高校受験も終わり、今日はちょっと風も強く 春一番だったのでしょうか?

この季節、いつも頭に浮かぶのは、柏原芳恵さんが歌った「春なのに」

春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに  春なのに
ため息 また一つ…

と歌うこの切ない曲…

春 色で言えば、ピンク。

神様は、この3月に咲く花々をあえてピンク色にし 人々の心の中に
ふんわりと優しさをプレゼントしてくれてるのでしょうか。

明後日は、あの2011年の東日本大震災から6年目。

花は花は花は咲く…

ピンクや黄色の花々の中、出逢いとお別れ。

あの日、テレビに映し出された津波と火災…そして信じられない震度と度重なる余震。

被災地から遠く離れた私たちは、もう手を合わせ祈ることしかできず…。

聖書の中

主はその愛するものを懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである

と、こう示されており、懲らしめ むちを加えることは神さまの大いなる愛

私自身、4年ほど前  地域に女性の防災士がいないから…ということで、防災士のための講座を受講。

その講座の中、日本は災害大国。

そして震災や災害が起こる毎に、問題点は見直され  対策が検討され いつどこで災害が来ても 迅速に対応していけるようにと各地で防災対策。

それをまたあざ笑うように、想像もつかない様な現実で起こる災害。

どんなことがあっても挫けず補い合う日本人だからこそ、神様は大きな愛の中懲らしめ鞭打たれるのでしょうか。

あの震災の日、命をかけて津波の状況と避難を呼びかけ続けていた南三陸町職員の女性。

自らの命を犠牲にしてでも、多くの命を救った女性は今 あの日自分の放送を聞き、命救われた人々の心に きっとピンクの花となって咲いているんでしょうね。

花は花は花は咲く…私は何を残しただろう…。

戦争で散って行った命、震災で失った命、津波に巻き込まれた命…。

災害を恐れるのではなく、祈りの中 命の限り生きていくこと。

見えない大いなる主に…今日も祈り求めます。

神様の示されるままに…。

 

 

 

生きること

今日、運転中前方に2羽のカラスが雀を追いかけ…そして1羽が雀を食べてしまいました。

大通りで突然繰り広げられた「弱肉強食」の生き物の食物連鎖。

目の前で、1羽の小さい雀が逃げ延びられず終わりを迎えるその様は、自然界では当然のことなのだけど、唖然としてしまいました。

初め、1羽のカラスが雀を捕らえ それを見つけたもう1羽のカラスが近づき 先のカラスは雀を落とし、雀は命からがら逃げようとするけれど、2羽のあの黒いカラスが追いかけると…もうアウト。

この間、1分もかからない時間。

逃げて!!逃げて!!と祈り叫んだけれど、これが自然の法則。

なんとも はかない命。

ノアの方舟が、大洪水の後 トルコのアララト山に漂着し、地に緑が芽吹いて来たかと 放った初めの鳥は「カラス」

そして、カラスは戻ってくることなく、次に放ったのが「鳩」

鳩は、オリーブの葉をくわえて戻ってきたところから オリーブや鳩は平和の象徴となっていった様ですが、では初めに放った「カラス」はどんな意味があるのでしょうか?

鳩とカラス

白と黒。

草食の鳩と雑食のカラス。

日本の神話の中では、3本足の「八咫烏(ヤタガラス)」が初代神武天皇を導きます。

私にはなぜカラスだったのかわからないですが、方舟に戻って来なかったカラスを 日本の神話では3本足になって、神の使いとなり 報われないカラスを救済したのでしょうか?

しかし、弱肉強食・・・食物連鎖に目の前で遭遇し、生きることの奇跡を改めて感じることとなりました。

私自身、生きて行くために お魚も食べるし、お肉も食べる。

「いただきます…とは命いただきます。」

いのちの儚さ、生きてる奇跡。

感謝して・・・。

いきものがかりの「ありがとう」

今日の雀に、そして命ある全てのモノに・・・

 

友!

新約聖書 ヨハネによる福音書/15章13節

人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。

と、あります。

友ってなんだろう?と、ふと思いました。

学生時代の友、OL時代の友、スキー学校での友、カイロを学んできた中での友、そして結婚してからの友との関わり。

今年もたくさんの年賀状をパソコンで簡単に作り、宛名書きさえもプリンターに頼ってしまい、でも一年に一度だけの元旦に届く友からの便りはまた嬉しくて…

美味しいものを食べに行ったり、どこかに旅に出たり、悩んでることを話してみたり、嬉しいことを共有してみたり、たまに思いが伝わらずすれ違ってみたり…。

この聖書の一節のように、命を捨てられるほどの友って、私にはいるのだろうか?

逆に命を捨ててくれるほどの友もいるのだろうか?

あの大東亜の戦争の時、祖国の為に散って逝った命があり、その命もまた同胞。

アメリカ軍は、誰かが死んでも自分だけは生きて帰りたい!!という思いで戦地へ行き…。

日本軍は、誰かのために 命懸けで戦おうと戦地へ行き…。

250kの爆弾を積んで、敵艦に突撃していった 若き英霊たち。

その様をみて、「クレイジー」と思ったアメリカ軍。

日本が敗戦となり、アメリカが一番恐れていたのは、この武士道精神、大和魂、日本精神。

戦後、教育が変わり私が生まれた昭和37年は、昭和20年の終戦からたった17年。

昔と違って、玄関に鍵がかかり サッシの窓が音も消し、教育や高度成長によって変えられてしまったのか…。

信じる心、愛する心。そして真実を見抜く心。

軍歌であり、準国歌として 歌われてきた「海ゆかば」

行かば 漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 生(くさむ)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ

初めてこの歌を目にしたとき、私は衝撃でした。

この歌を小学校から歌ってきた日本。

イスラエルが2000年ぶりに建国される基となった ユダヤ人トルンペルドールは、日露戦争の後、大阪でロシア軍の捕虜としていた時に、日本を手本に もう一度自分の祖国を取り戻したい!とシオニズム運動を興し、

そして トルンペルドールは、テル・ハイの村で開拓中、アラブ人の侵略によって 命尽きる最期の時

「国のために死ぬことはよいことだ」

と言って死んで行ったそうな…。

親子や兄弟姉妹、そして隣近所、学校、職場…魂の触れ合うこの世の中、「袖振り合うも多生の縁」

人類の罪を背負って十字架にかけられたキリスト・イエスのように…

また夏の暑い日も  冬の寒い日も、国民(くにたみ)のため、無私の氣持ちで祈り続けて下さっている陛下のように…

同じ時代に生まれ、出会えた多くの友に…

愛のかたちを、届けられる人になっていきたいと 思う今日でした。