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靖国の桜

気象庁が東京の桜の開花宣言をするための木が、靖国神社にあるソメイヨシノの1本の木。

「標本木」と言われるその桜の木が、今年は21日開花。

昨年と同じ日だそう…。

私が、初めて靖国神社に参拝させて頂いたのが2013年3月19日。

「新しい歴史教科書を作る会」が、講義を開催…そしてその日が第1回目の日本史検定ということで、前日から上京。

学校で学んできた日本の歴史には、全く感動することもなく過ごしてきた私。

なので、東京に行っても靖国神社に行くこともなく、靖国神社事態普通の神社と変わらないとも思っていたほど…。

お盆になると 総理が参拝したとかしなかったとか…そんなことテレビや新聞で書かれても、特に氣にもならず過ごしていた7年前。

そして、導かれるように開かれていった靖国神社参拝への道。

初めて訪れた2013年3月19日は、日本史検定当日。

半蔵門の近くに泊り、朝歩いて靖国神社へ…。

その年は3月16日に東京では開花宣言も出され、靖国神社のその標本木にも1輪の花が咲いていました。

そして、引いた御神籤は「一番大吉」

あ~英霊の皆さんがきっと喜んで迎えてくれたんだろうな~と、思い嬉しくなったものです。

そして、日本史検定の後も受講生のみんなで靖国神社と遊就館へ。

御本殿では、正式参拝させて頂き、その際一番遠いところから来たということで、私と講師の高森昭勅先生と二人で玉串を奉納させて頂き…感動。

そして、遊就館では館長によって案内頂き、初めての靖国神社参拝は、朝も午後も最高にもったいない時間で今も脳裏に浮かんでくるほど…。

実際、検定はネットで自宅に居ながらでも受けることは出来たのだけど、検定後の「靖国神社正式参拝&遊就館」に惹かれて上京したのはホント正解でした。

あの日は、人氣ブログの「ねずさんのひとりごと」の小名木善行氏も検定後、一緒に靖国神社、遊就館そして懇親会とずっと一緒で 初めてお会いさせて頂き最高に幸せなひと時でした。

ねずさん人氣者だけに ホントご一緒させていただけたことは幸運でした。

その後、第2回 第3回と受講。

第3回の時は、ねずさんが試験の監督をされている中 私自身始めの頃と違って勉強もしておらずチンプンカンプンの受験。

しかし第3回も、受験後の聖徳記念絵画館から続く懇親会もしっかり楽しませて頂きましたが…。

その後、日本史検定は受講しておりませんが 今からの日本のためにも 学校で習う日本の歴史は、ただ年号を覚えたり 人物を覚えるという記憶力の授業ではなく、

ずっと繋がってきた 私たち祖先が生きてきた時代の出来事、思いの数々を伝えていくような授業になってもらわないと、この日本が本当に空洞のような国になってしまいそうな氣がしてなりません。

過去の歴史に学ぶ…

我が家に歴史があるように、この国も天皇皇后両陛下を父母とするように大きなひとつの家族の歴史。

ずっと続いていること…身近なものであることを 学校で教えてもらえる国になるようにと、願わずにいられません。

聖徳太子の時代にも、ずっとずっと昔の自身の御先祖さまが、遣唐使になって行ってたかも知れないですし…。

この靖国神社や武道館が九段下にあることにも、大きな歴史の意味のあることとして…。

 

お国訛り

大東亜戦争末期、軍機と共に突撃していった 神風特別攻撃隊。

その特攻作戦が始まった昭和19年10月、フィリピン マバラカットより飛び立ち、散って行った、西条市出身の関行男中佐。

関中佐を隊長に飛び立った 神風特攻一番敷島隊の5人。

軍神となった5人の御霊を弔うための追悼式典。

終戦後30年過ぎた40年程前から始まり、今も10月25日には 西条市の楢本神社で開催。

追悼式典を今後も継承していくために、今年新たに新体制でスタートした「神風特攻敷島隊五軍神・愛媛特攻戦没者奉賛会」

略して、「五軍神奉賛会」

昨日、その奉賛会の総会が開催され  その中で  聴かせてもらった深いい話。

今60歳は過ぎている、I さんが東京の飲食店で若いころ仲間と話していた中、隣に座っていたおじさんから 「どこの出身?」と聞かれ

「四国です」と答えると、四国のどこ?

「愛媛です」と…。

すると、愛媛のどこ?と…。

「西条です」と言ったところ、

「やっぱり」と…。

その隣り合わせた方、関中佐とフィリピンで一緒に居たらしく、飛び立つ敷島隊を見送ったとか…。

関行男さんが、きっとフィリピンでも西条弁で「ほじゃけん」とか「ほうよ」とか「あんのーえー」とか言っていたんでしょうか。

お国訛りというのは、その人の風貌と共に覚えているようで、おそらく関さんが飛び立った日から 30年以上は経っているその頃にも その西条弁を耳にし 関さんを一瞬で思い出したのかと思うと…胸が熱くなります。

そして、その若かった、I さんが東京で聴いた軍神関行男中佐のお話し。

終戦後、教育が変えられ 学校では戦争が無かったかのような授業の中、聴かせてもらった関さんのお話は強烈だったそう…。

高校の教員をされてたその方は、教員仲間の中では「あいつはちょっと右寄りだ」と言われながらも

追悼式典の開催される楢本神社傍の高校に赴任中などは、10月25日追悼飛行で飛ぶ自衛隊機を仰ぎ、生徒たちにも敷島隊や祖国の為に命を懸けた英霊の話をしてきたそうで…。

戦争を賛美するわけではなく、ただただこの日本が世界で一番長く続き、今こうして家があり、食べることが出来る生活の陰では、

命を懸け祖国の為に闘ってきた英霊の方々がいること。

そこを、ないがしろにするわけにはいけない。

命を懸け、行ってくるよ!と、ぐっと奥歯を噛み締め笑って飛び立って行ったからこそ、何十年経っても人の脳裏から離れることのない存在なのだと…感じます。

そして「カミカゼ」と読んでいた「神風」は実は「シンプウ」というらしく、正式には「シンプウ特攻敷島隊」だと…。

今年も、10月25日、西条楢本神社にて執り行われる追悼式典。

同じ石鎚の湧水を飲み、同じ小学校を卒業し、同じ言葉を話していた先人の思いもまた共に…継承させて頂きます。

十把一絡げ

人が一度、先入観を持ってしまうと なかなかそれを払拭するのは難しいようで…。

先入観とは、初めに知った事に基づいて作られた固定的な観念。

今日、ある方とお話しさせてもらったとき、カイロプラクティックや私の最近のおすすめ オステオパシーやアクセスバーズ®、そして水素の話にもなり、

私のしているカイロ以外の初めて耳にしたオステオパシーの場所やアクセスバーズ®は受けてみたいと場所や色々聞いてくるんだけど、カイロは受けてみたいっていう話が出て来ず…。

オステもバーズ®も本当にお薦めだけど、カイロも超お薦めなんだけど…と思い、

「カイロは受けてみたくないですか?」と、聞いてみると、

「カイロはね~」と、口ごもり。

自分自身は受けていないけれど、友達から聞いてカイロはあんまり…と。

カイロプラクティックは、日本では国家資格ではなく 茶道や華道の世界と同じように 民間の資格を持っての施術。

国家資格ではないことで、取得した所によって 技術にも差が生じていたり また 一人一人の施術に対する思いによっても 同じ技術でも差が生まれてしまうことも…。

同じ食材を使い、同じ過程で料理を作ったとしても、その作る人の思いで ひと味が変わっていくように…。

今、太陽院では 水素風呂のレンタル事業も展開中ですが

「水素」=「怪しい商材」 というイメージを持ってしまってる人にとっては、水素風呂イイよ~!と言っても 怪しいものという先入観しかないように…。

初めに出会った時の印象は とても大事だけど、払拭できるチカラを持ってるかどうか。

ピーマンやシイタケ、セロリや納豆…。

最初に食べた印象が悪い場合もあるけれど、料理方法によっては大丈夫になったり…

とにかく、食わず嫌いなような状態で、カイロプラクティックを知ろうとしてもらえなかったことに、残念だな~とも思い、

また、私が発する情報の初めて聞く「オステ」や「バーズ®」は受けてみたい…と言われたことに 人って不思議だな~と。

しっかり「一度わたしのカイロも受けてみてくださいね」と、宣伝もしておきましたが…。

カイロも水素も…全ての物事、ハートで捉え

十把一絡げで、好き嫌いを選択することなく…取捨選択していってもらいたいものです。

モノも人も御縁あっての出会いなので…。

いきいき100歳体操

高知県から始まった、「いきいき100歳体操」

地元の集会所で、昨年11月から毎週木曜日にやっている…ということで、今日参加してきました。

と、言っても実は平均年齢が85歳くらい。

昨年4月から、地域の民生委員となり 65歳以上の独り暮らしの方の調査にも行ったばかり。

玄関でピンポ~ンとベルを鳴らし、調査し挨拶を交わすだけの訪問だったところ、今回 市の方から DVDの操作などをサポートをしていただけないか…とのことで、行かせて頂き 数時間共に過ごさせて頂きました。

中には、102歳の女性もおり みんなと共に少しリズムは遅れながらも体操する姿は、天晴。

そして、現在15名程の方が 「いきいき100歳体操」を続けているということで、西条市に地域住民グループ支援事業として申請し、本格的に活動することに…。

そして、先ずは名前を付けようか…っていうことで、

弥生  さくら  なでしこ  ひまわり  等々 出てきて思案。

kさんが「とちおとめ」と、言ったところから 「乙女」にヒット。

乙女っていうのも恥ずかしいし…ということで「おとひめ」に!!

「おとひめ会」 「おとひめ倶楽部」 「おとひめ隊」…。

まだ、おとひめに続くものが決まってないけれど、私自身は「おとひめ隊」っていいな~と思い、数波で調べてみると

[おとひめ隊]

●笑顔美人
●海のように広く深い女性
●大きな声で挨拶と笑顔
●影響力が大きい波動
●癒し波動
●嬉しい楽しいありがとうの波動 等々

最高齢の方が大正3年生まれ…今年11月で103歳、
一番若い人は昭和24年生まれで今年68歳。

きっと 人生ツラいことも嬉しいことも…いろいろなことがあったんだろうな~と、身体や顔、言葉の中に現れるひとつひとつに感動。

戦後72年。あの戦争の時代を生き耐え抜き 今の日本を支え、家族を支えて来られた お一人おひとりのこれからの毎日の生活の中、共にいきいきと100歳目指して笑顔で関わっていきたいな~と感じます。

ビデオを見ながらの「いきいき100歳体操」のモデルのお兄さんが、NHKのみんなの体操に対抗してか、太った男性が手や肩や首をゆっくりと動かしていくので、本当に難しく感じず 氣負うことなく続けられるのかも…。

こちらは、口腔ケアのためのかみかみ100歳体操

 

 

 

ビジネスマナーを学んだ時、手を合わせるときビジネスの時は右の手が上と教えて頂きました。

神社や仏閣、神聖な場所では、左手を上に組んでおりましたので、どんな時も左手が上だと思ってた私にとっては 「へぇーーーーー」。

ビジネスでは、右利きの人が多い中

「いつでもすぐに私は対応出来ますよ!!」の意思表示で、右の手を上にするのだとか…。

なるほど…なるほど。


先日、米麹作りに参加させてもらったとき、初めて参加する私、密かに「いつでも何でもいたしますよ!」という思いを込めて、始まる前 右手を上に立っておりました(^^)v

もちろん神社、仏閣では、左の親指を右手で包んで左手を上に重ねる作法で…。


吉元 由美さんの作詞された「Jupiter」の歌詞の中

私のこの両手で何が出来るの?

いつも頭の中で繰り返されるこのフレーズ。

そして、7年ほど前に聞いたことがある

「W.W.J.D」

What Would Jesus Do ➟ 神さまなら どうする


手はギリシャ語で「カイロ」

太陽院はカイロプラクティックの施術院。

ちなみにプラクティックは「技法」っていうことでカイロプラクティックは「手技療法」

以前、チラシを作ってもらったとき「手技」を「手抜」と書かれて、ビックリしたことを覚えてます。

手抜きはしませんので、ご安心を…。


まだスキーのインストラクター時代、「手に職ほしいなー」とぼんやりと考えていた頃、出会ったカイロプラクティックの仕事。

神さまならどうする?と、問いながらの施術。

この私の身体が祝福の水路となり 私の手が動いていく。


そして、今ふとこの歌が…

「一人の手」

ひとりの小さな手 何も出来ないけど
それでも みんなの手と手を合わせれば
何か出来る 何か出来る

ひとりの小さな目 何も見えないけど
それでも みんなの瞳でみつめれば
何か見える 何か見える

ひとりの小さな声 何も言えないけど
それでも みんなの声が集まれば
何か言える 何か言える

ひとりで歩く道 遠くてつらいけど
それでも みんなの足踏み響かせば
楽しくなる 長い道も

ひとりの人間は とても弱いけれど
それでも みんながみんなが集まれば
強くなれる 強くなれる

それでも みんながみんなが集まれば
強くなれる 強くなれる


そして、今日は 太陽院院長のブログ100稿目(*^^)v

この手…この手のぬくもりが 伝わりますように

 

 

 

所有と共有

戦後、高度成長に伴い 電気製品を始め多くの品物が世の中に溢れ、

そして、企業は給料を毎年上げ ボーナスを出し 終身雇用が当たり前だった時代。

土地を買い、家を建て、車を買い、家電は全て購入。

どの家も、同じようにあらゆるものを自分で所有してきた時代。

今も、その状態があることはあるけれど…

時代と共に、合理的に考え 都会では「シェアハウス」という暮らし方が数年前から始まり、

今では、レンタル彼氏…などというものまで出てきたそうな…。

レンタルといえば、レンタカーやレンタルビデオくらいしか頭に浮かばなかった頃から比べると、彼氏までレンタルしてしまう氣持ちは ちょっと想像できないですが…。

断捨離ということばから、物に執着することなく暮らす生き方が提案され…

その結果、捨てるよりも 誰かに使ってもらえるものは 提供し利用してもらうという合理的な方法は お互いのお財布にも優しい。

しかし、その結果製造は頭打ち!

数年前から言われてきた「所有から共有へ」の時代

シェアリングエコノミー。

太陽院でも、時代の流れの中 「水素風呂のレンタル」を提案中。

定価25万円の商品が、月々のレンタル3,500円で借りることが出来て、しかも故障しても修理交換してくれるので、借りる側にとってはお得な仕組み。

所有から共有へ…

私の小さいころは、子供は地域みんなで育てるような時代。

どこのおばさんも、声をかけてくれるような地域ぐるみの愛。

こんな状態も 親役を多くの人がやってくれてることで、地域の子供は共有財産のようなものだったかも知れないと思える今。

子どものいなかった 近所のおばちゃんにとっては 嬉しい子供の訪問だったのかもしれません。

以前、テレビで旦那さまや奥様をチェンジして一週間ほど過ごすような番組がありましたが、旦那さまや奥様までもレンタルしてしまう様なことが 起こりませんように…!(^^)!

 

 

阿奈波(あなば)神社

今日、午後しまなみ海道を抜けて、先日話を聞き 氣になってたイワナガ姫を御祭神に祀る大三島の「阿奈波(あなば)神社」行って参りました。

なんと、到着寸前で 道に 通行止めの看板。

向こうに見える、鶴姫様の像が 「こっち こっち」と呼んでくれてるようで、車を止めて 「通行止め」の看板をくぐり、鶴姫様の姿の見えるほうへ…。

近づくと、阿奈波神社周辺の山が 崖崩れ。

そして、たどり着いた「阿奈波神社」は 不思議にも御本殿は綺麗なままで建ってあり、周辺は全て崩壊。

その場に立ち、柏手を鳴らし お祈りしていると、泣けて泣けて…涙が止まらず…。

そして、合わせた手がずっと離れず…

イワナガ姫の憤りのない寂しさ…苦しさ…までも込み上げてきて…

「ごめんなさい…ごめんなさい…ありがとうございます」…と。

何分くらい手を合わせて居たでしょうか?

海側にある大きな木の葉が、音を立て 優しい風が吹いていました。

いつもお参りさせて頂く、伊曾乃神社にはイワナガ姫の妹のコノハナサクヤ姫様が 摂社となる古茂理神社の御祭神として祀られており、境内には黄金に輝く像まであるのに…。

ニニギノミコトさまに追い返されただけでなく、こんなにも離れた所で 崖崩れに会い訪れる者もなく…。

イワナガ姫様は寿命を司る神様。

なんだか、ここを何とかしないと この日本の寿命が…などと思ってしまったほど。

今、世間では森友学園の園児が「教育勅語」を唱和していることを、あたかも洗脳教育のように取りざたされる時代。

どうか イワナガ姫さまの寿命と コノハナサクヤ姫さまの繁栄が共に働き、日本が本来持つ「大和魂」を呼び起こし、世々限りなく続きますように…。

そして、イワナガ姫が祀られている「阿奈波神社」の一日も早い復旧を祈ります。

 

 

 

霊の果実

日本エドガー・ケイシーセンターから毎日届けられる「珠玉の言葉」

肉体が食べ物を必要とするように、霊と精神にも食べ物が必要です。

It is just as necessary that there be food for the spiritual and mental man as for the physical man.

(3624-1)

私たちの身体の中の

ボディ(肉体)・マインド(心)・スピリット(魂)

よーし!頑張るぞ!!と、思ったとき 身体が動き、思いが溢れ、そして魂がわくわくと震える。

この魂がわくわくと震えるほどの、トキメキを人は何度経験するのだろう。

思いは、考え方 思考で、いい風に 変えることが出来る。

しかし、魂は本物にしかきっと反応しないし、魂に刻まれたツラい思いは簡単には癒えないのかも知れない。

そしてまた、喜びの記憶も…しっかり刻まれた喜びの記憶はブレずに生きる指針ともなりそうです。

そして、この魂の記憶が示されたものが「アカシックレコード」

人は、何度も生まれ変わり前世でやり残したことや、過去世での傷の修復や喜びの再確認をするのかも知れない。

過去世や前世の記憶が消されて生まれて来てるにも関わらず、人は逢うべき人に出会い、様々な経験もしていく。

そして、私の魂をいつも震わせてくれる聖なる書物…聖書。

数年前、私自身 津の赤塚さんの薦めもあり「幕屋」という無教会でのキリスト信仰の師に学ばせて頂いておりました。

そして、今は離れてはいるものの毎月「生命の光」という信仰誌が届けられ、その誌面に示された信仰者手島郁郎氏の言葉にもまた力を頂きました。

宗教は、人生の苦しみ、これをどう解決するかを一つの大きな課題とし、宗教によっては、この世に生きる苦しみ、矛盾に対し考えても仕方がないからと…諦め、悟るべきことを説いているけれど…

キリストの宗教はそうではなく、イエス・キリストは人々の苦しみを共に背負おうとし、その姿は十字架上の死によっていちばん深く表され…。

自ら傷ついてでも人々の苦しみを背負おうとする姿。

「私のさばきは正しい。ただ、父なる神の御心だけを求めているから、この世の常識や倫理、考え方、道徳と違うのだ」

と、いうキリスト・イエス。

また、「天の父は悪しき人にも善き人にも太陽を昇らせ、義(ただ)しき者にも不義な者にも  一視同仁、雨を降らせたもう神様である」とも…。

人の心の奥底に潜む「神性」

「自分からは何一つできない」というキリスト・イエス

しかし、長い間苦しむ者を見ると、その苦しみを分かち合い、背負い、その苦しみの中に自分自身も共に身を置き…癒す。

「血を流し、命を捧げた人たちの涙というものは、ただでは終わらない」とも言われる。

肉を十字架上に置き、身を以て示した 神のひとり子キリスト・イエス

…その生き方が示されている聖なる書には魂が震わされます。

触れることによって、傷ついた心も 乾いた霊も 満ち足りた精神にも多くの栄養を与えてくれます。

良いときも 悪いときも 富めるときも 貧しきときも 病めるときも 健やかなるときも…

どんな時も降り注いでいる神さまの愛と光…。

そして、その愛と光は信じ受けるだけ…。

食べ過ぎがないほど 常に受けることの出来る霊の果実の詰まった聖なる書…出会わせてくれた主に感謝いっぱいです。

 

 

 

発酵!

JAで、米麹を作るから…というので、一昨日お米4キロを洗い渡させてもらってました。

今朝、出来上がるということで、私もお手伝いに…。

お米と麹が出会い、発酵し…魔法をかけるような「米麹」に…。

お醤油と合わさって「しょうゆ麹」、お塩と合わさって「塩麹」

米麹を洗って水を切る時間、そして麹と合わせて発酵させる時間、繊細な生きた麹…基本に忠実にしないと上手く発酵しないらしい。

人もそう…。

さっと沸騰する人と、じわじわと沸騰点まで行く人…

以前千葉修二さんの講演会に行かせてもらったとき、

お水も99度までは液体…100度を超えて初めて沸騰すると。

ラーメンも沸騰してなくては美味しく出来ないし、ホウレンソウも茹らない。

水のままでは料理もできず…。

成功するコツは、沸騰すること。

風邪の菌が入ってくることで、身体は菌をやっつけようと熱を出す。

燃えて、燃えて、燃え尽きた時に、きっと人はまた違う世界を見ることが出来るのかもしれない。

山登りでも、マラソンでも、淡々と走りながら、ある時自分の限界地点が現れ、そして突破した時に感じる爽快感。

今日、作った米麹も しょうゆと合わさり「しょうゆ麹」になっていくとき、一生懸命発酵して…発酵して…美味しくなろうと頑張る。

木や花もそう…。

目に見える双葉や本葉や咲き誇る花の向うで、一生懸命大地に根を張り支え続ける力。

沸騰点にたどり着くまでは、友や家族の熱い応援がチカラにもなり、たどり着ける。

まっすぐに、ただまっすぐに、自分に与えられた使命に向けて麹がお米と発酵するように発酵し続けること。

本当の闘いは、その時その時の「今」…熱く…沸騰目指して!!

参ります(^-^ゞ

 

 

 

グッドタイミング

今日、ふとあの方に会いに行くなら「今」だな!!…と、

思わされて、ちょっと長くかかりそうな事務仕事を置いて  準備。

そして、会いに行く前に電話した方がいいかな?と、思いながら携帯の電話帳みると 見当たらない!

まっ、電話かけるよりも  行ってしまおう!!…と思い、車を走らせた途端に電話が入り、スピーカーモードにして話しながら目的地へ…。

ちょうど  何だかんだ話して車で20分ほどの目的地に到着。

しかし話始めた私、途中で終われずそのまま駐車場で話しして、「流れのままに…」

建物に入った途端、ちょうどお客様を見送るところ…。

ジャストタイミング!!

かかってきた電話が長引いたのも…

行く前に電話をしなかったことも…

神さま…やるね  (*´ε`*)チュッチュ

近寄って行ってお部屋に入れてもらって…

一通りお話しさせてもらった所で、お嫁さんとお孫ちゃんがまた訪ねてきて…私は退席。

いつも この方と会う時は神さまが働いてくれて、楽しい時間を過ごさせて頂けます。

実は本当に大きな大きな病院の奥様。

なのに、氣さくに色々お話しさせてくれて…。有難い。

地位も名誉も肩書も…関係なくお話ししてくれる方。

この世は、いろんな鎧をつけてみんな過ごしてる。

この鎧の中の本当の自分。

昔、水前寺清子が歌った「いっぽんどっこの歌」

ボロは着てても心は錦 どんな花より綺麗だぜ
若いときゃ 二度ない ドンとやれ 男なら
人のやれない ことを やれ

当然、人の第一印象は見た目55%…っていうことなので、ボロでもいいよ!っていう意味ではないですが…

昭和の初め、パナソニックの創業者松下幸之助さんも、丁稚働きから世界の松下と言われるほどにまで成長し 大きな夢をつかまれた  おひとり。

サッカーのラモス瑠偉さんが言われた言葉に

「テクニックは人から教わることも。でもハートは自分で鍛えるしかない」と…。

カイロの施術や日々の生活の中、出会わせて頂く名のある会社の社長さんや大きな事業をされてる方…。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

という言葉のように、様々な人生を経験された方との会話は本当に私に真実を見る目を教えてくれます。

今では従業員を何百人も抱え、何億ものお金を動かしている会社の奥様は、会社を旦那様が立ち上げたとき、お米を買うお金もなく

お米屋さんが閉まったころ、隣の家に一升マスを持って「お米屋さん閉まってて買えんかってね…お米貸してもらえんやろか…」と一升マスを出して…。

一升のお米を借りて帰る。

そして、一升のお米で数日しのぎ、お金が入ったときにお米を返しに…。

戦国武将の前田利家がこんなことを言ってるそうです。

「とにかく金を持てば、人も世上も恐ろしく思わぬものなり」と…。

お金が全てではないけれど、「金持ち喧嘩せず」

心にゆとりがあれば、いらいらすることもなく、なのでまたお金も入ってくる…という正の連鎖。

〝心にいつも太陽!!”〝雲の上はいつも青空”っていう感じでしょうか。

日々の出会いの中、様々な形で出会わせていただく人とのご縁。

「袖触れ合うも他生の縁」

何度も生まれ変わる 我々の高貴な魂。

その魂同士の出会い…再会。前世からのご縁も…。

松下幸之助さんが経験の中、話された松下語録にもやはり

「この世で起こる事は全て必然で必要、そしてベストのタイミングで起こる」と…。

今日、ふと会いに行きたくなって 何も連絡もせず向かった先で、ちょうどのタイミングでお話も出来…。

運転し始めたとき  かかってきた電話も、話終わったころ現れたお孫ちゃんとお嫁さんも…。

一瞬早すぎず 一瞬遅すぎず

一番いいタイミングで一番いい人に出会える
そして、いいことが起こってゆくと…。

これから またどんな出会いが用意されているのか…

神さまの采配に心躍らせて…日々ワクワクと過ごさせて頂きます。