太陽院院長 近藤 千恵子です(^^♪
昨年の今日、7年間グループホームに居た叔母を我が家に引き取りました。
今日で、ちょうど丸一年。
我ながら、良くやってるな~と 叔母を先に寝かせて主人と乾杯。
一人では生きていけない介護度4の叔母。
パーキンソン病を患った母や、脳出血の父や主人と介護経験はあるものの、認知症ほど大変なものはありません…と断言できるほど、介護者にとっては大変な病気。
一方、当の本人は…というと、パーキンソン病の母や脳出血で半身麻痺を背負うことになった父や主人の様な苦悩も無く、
認知症の成り始めとは違い、介護度4の叔母は 30秒前のことも忘れてしまい 文字も読めなくなり本を逆さに持って読んでたり…。
ソフトクリームをフーフーして食べてみたり…
もちろん排泄も誰もいないと、きっと家畜以下の状態かもと…。
この一年、やっぱり我が家で一緒に暮らすのは無理?…と思ったことも有るけれど、施設に入ればきっともっと状態が悪くなることは想像でき…
7年前、施設に入るときは 私自身の両親もおり 叔母を介護するなんて 考えもしなかったけれど、母を見送り…父は姉が見てくれ…
介護度が上がった叔母へのグループホームへの支払いが年金以上に増え持ち出すことも…。
そもそも実は大人になって理不尽な叔母が大嫌いだった私が、叔母を引き取ることになること事態…人生何があるのかわからない。
で、楽に気楽に…毎日過ごして居たくても 神さまは楽はさせてくれない…。
人生…修行の連続であって、そしてたまにご褒美もあるから面白い。
今日で丸一年の認知症の叔母と主人と私の生活。
たまにファミリーサポートで、子供のいない我々夫婦が預かる孫の様な子供達。
叔母の人生自体、自身の姉が7歳の時 脊髄カリエスにかかった事から 両親が他界後 姉と二人の生活を選択した叔母。
この世は自分の為だけには生きて行けず…誰かが歓んでくれる人生。
叔母も姉妹の為に今回の人生過ごし…もう一人の叔母が亡くなった数年後から発症した認知症。
軽い糖尿病はあるものの、手や足…身体の元気な叔母…これから何年生かされるのか…。
もう何も記憶されない叔母…一瞬一瞬の出来事を楽しみ、楽しい事や嬉しい事さえも 一瞬で消えてしまう脳。
いつまでこの肉体をまとい、たまに私が我慢できず ほっぺたをギューとしてしまうこともある叔母。
母の顔に上書きされる様に、毎日傍にいる叔母は 私の母への思いまで上書きしてしまう存在。
いつか天に還った時には、わたしに「愛する」を教えてくれた母が 自慢できる末娘として 叔母との二年目歓んで過ごさせて頂きます(*^^)v