太陽院院長 近藤 千恵子です^^;
23年前、まだ志賀高原のスキー学校のインストラクター時代。
志賀高原の麓、山ノ内町安代の借りてた家で、いつも通り朝目覚め、テレビをつけると流れてくる地震の放送。
高速道路が割れて落ち…今まで見たことのないような惨劇。
どのチャンネル回しても、何がどうなってるのか…全く分からない状態でいつもの通りスキー学校へ…。
そして、会う人…会う人に言われたのが、「実家は大丈夫?」と…。
長野から見れば、阪神淡路も四国も同じような位置関係。
神戸からは離れてるし。大丈夫だろうな~と思いながらも 実家へ電話。
愛媛は揺れたのは揺れたけれど心配も無い状態だったらしく…。
当時、シーズン中 近畿方面からのスキー修学旅行が多く、当日もかなりの学校が志賀高原へも来ており あの惨劇に急遽関西へ戻った学校もかなりあり…
そして、あの日から一か月程 関西方面の車のナンバーを見かけることが少なくなり…。
昔、1月17日と言えば、百恵ちゃんの誕生日。
それが、23年前のあの日からは 日本人にとっては忘れられない日に…。
その後、2月初旬に西日本のスキー技術戦の為に 長野から広島のスキー場に向かう高速道路は、どこも途切れることなく 通過出来…
きっと高速道路の下では、まだまだ大変な状態だったと思うけれど、高速道路を通過しながら胸の中、被災された方々へ手を合わせ…また復興を強く願ったことは 1月17日を迎えるたびに思い出す記憶。
あの日、あの年に生まれた子供が23歳を迎える今年。
防災士の講習でも聞きましたが、日本は地震大国。そして台風大国。
災害に会う度に、上がっていく防災意識。
あの日天に還って逝った尊い魂も、ツラい思いを背負いながら過ごしている方々も また今日を迎え…。
この地震も台風も津波も起こる日本…。
どんな状況でも動じない…そして乗り越える力。
もちろん防災準備も含めて課題はたくさん。
未来の子供たちの為にも、大きな課題をもって…