怒りスイッチ…

太陽院院長 近藤  千恵子です(*’▽’)

怒りスイッチってあるのでしょうか。

怒りの正体は、「自分が大切にされてない事に対する不満」

人間の感情の中、喜怒哀楽…この「怒」への感情はあまり感じたことがなく、“怒り”の前に なんでこんなことするんだろう?…と、“哀しみ”が出て来る方が多く…。

もう20年ほど前、自己啓発セミナーに参加したことがあり、その時受けた「怒りの実習」

自分の中の「怒り」を出そうとするけれど…出て来ず…。

でもその時に一番嫌いな人を思い浮かべて…怒ろう!!と思い出したのが、今一緒に住んでる認知症の叔母のこと(>_<)。

しかし、その時も叔母が私達姉妹にしてくれたことや、孤独に対する不安からくる寂しさの裏側で嫌な事を言ったりしたんだろうな…と思い、大きな怒りの感情を吐き出すことも出来ず…逆に憂いや哀しみに。

世の中には、肩で風切って「おら おら おら…」って怒りだけで生きてる様な人もいるけれど…私自身、怒ることが人間的には劣っている様にさえ思えるほど…。

そんな、私の元に昨年5月末から一緒に住み始めた認知症の叔母…。

初めの一か月、お風呂に入るとき服を脱ぐのを嫌がったり…これ触ったらダメというものを平気で触ったり…1分も経たないうちに忘れてしまう叔母。

認知症だから…と氣長に接しながらも、ふと私の「怒りスイッチ」がONになることも…。

子育て経験のない私にとっては、子育て中のお母さんが子供を叱ることも大切な親の役目。

「怒る」という行動は、ただ自分が大切にされてない事に対する不満の感情をぶつけることに対して、「叱る」という行動は相手に氣付きを与えること…。

子育ての中、子供へ叱ることで子供は社会でしっかり生きていくことが出来る様になり…

しかし、今年米寿を迎える叔母は、社会で生きた後の今の人生。

私の中で  みてあげてるのに~

なんで言うこときかないの~

…っていう自分本意の考えから出てくる怒り

そして、5月末から一緒に生活し…やっと叔母との生活のペースが出来て来た頃…12月14日から1月8日まで、ほぼ一か月、叔母が入院。

退院し、筋力が少し弱ったものの前と同じような感じに戻り…

しかし、一か月叔母のいない生活は、のんびりと主人と二人だけの介護ストレスのあまりかからない状態。

そして今、引き取った時と同じようにまた一緒に暮らす生活ペースを作り直す時。

楽をした分、先のことを思うと、私にどこまで出来るのか…と先の見えない不安も感じ…

そして最近たびたび、私の中の「怒りスイッチ」がONに!!

怒れば余計やりにくくなってしまう介護…救いは1分前のことを忘れてくれる事。

忘れ…ニッコリされると「ごめん」と、私自身に渇が入り…

そして、私の脳に またなんであんなに怒ってしまったんだろう…と、記憶されていく現実。

認知症という前に、きっと昔…叔母を嫌いになった時の感情や、今日などは天に還った私の母が持っていた姉である叔母に対する怒りの感情まで乗っかって来たような…。

認知症…成りたくてなったわけでもない病いで有り、叔母と一緒に過ごすことになったのもきっと大きな力が働いてのこと。

1月31日には、数えで88歳…満87歳のお誕生日♡

結婚せず子供のいない叔母は、若いころから誰かを養女に…と、策略を立てる叔母が大っ嫌いだったけれど、

結局私も子育て経験のない私が、子育てとはちょっと違うけれど、赤子の様に何も出来ない一人では生きて行けない叔母の面倒を見ること…。

怒りは、ただ自分が大切にされてない事に対する不満の感情…神さまも御先祖様もきっとこんな私を笑ってみてくれてると思い…怒りではなく…笑顔で過ごして参ります♡