自然淘汰

太陽院院長 近藤  千恵子です(^^♪

ふと頭に浮かんだ「自然淘汰」

ウィキペディアで検索してみると、日本では時間の流れで自然と淘汰されていくという意味の「自然淘汰」

また違う検索では、自然界で 生態的条件や環境などによりよく適合するものは生存を続け、そうでない劣勢のものは自然に滅びていくこと。

転じて、長い間には劣悪なものは滅び、優良なものだけが自然に生き残ること。

「淘汰」は選び分ける。悪いものを捨て、良いものをとること。

こんな風に書かれており、なるほど…と納得もするけれど、果たして地球の歴史の中、人類の進化の中…劣悪なものは必ず滅び、優良なものだけが残ってるのだろうか…とも思ってしまう。

自然だけでなく、人の挑戦している様々な分野においても 自然淘汰という言葉を使ったとしたら…

そこには必ず神さまの意思が働き、上手くいかなかったり…とんとん拍子に上手くいってみたり…。

そして、上手くいかない場合でも 別の形で主の恩寵に出逢うことも…。

私自身の人生でみてみると、今まだ人生を終えてないから淘汰までは至って無いけれど…

目の前の出来事に対して、必ず選択することが与えられ…そしてまた次の扉が開き…選択の中を生きており…

ドラマの様に、もしも違う選択をしていた場合の人生までは描くことも出来ず…今の現実を喜んで生きるしかないし…私自身は楽しんでいる。

その選択の時、どっちを選ぶか…。

その時に、多くの人は智慧の実を食べたイブやアダムの様に、誘惑の多い方へ向かってしまうのかも…知れない。

今日、出会った言葉の中に…

「人生は選択の連続です。
どちらかと言うと…
厳しい道を選択すると結果が良く出る場合が多いですね」

と、書かれてあり…なるほど~とも思ってみたりした。

人間の持つ集団心理。

「赤信号…みんなで渡るとこわくない」と、言うように…

誰かがするから…と、多く人々がいる方へと引き寄せられて…

童話「裸の王様」もそう…

だれも言わず、だれも自分の見たものを信じず…行動しない。

幼子だけが言う…「王様は裸だ!!」と…。

本当のことはきっと長い時間をかけて自然淘汰していくモノであるけれど、今の世の中…自分のやりたいこと、やらねばならないこと…さえもわからなくなってる様な時代。

イエス様が、ユダによって 捕らわれていき…十字架に架けられることも自然淘汰。

そして、一度死んだイエス様が甦り…また天に昇っていたことも自然と淘汰されての出来事。

自然体で生きて行くことの難しさ…

そして自然体でしか生きられないことの難しさも…

まだスキーヤーの時代…

あの頃は、小さなスキー場にも溢れんばかりのスキーヤーがおり…誰もが週末や連休に板を抱えてスキー場へと言ってた時代。、

でも その中で、あんな風に成りたい!!と強く思い…手に入れたインストラクターの世界。

滑るだけでなく、好きなことが仕事になるという喜び。

4月4日から、コズミックダイアリーでは「惑星の月」となり…

「表明」から「創造」(プロデュース)へどのように生み出していくのか?

何を表明し…創造していくのか…そして顕れ…自然淘汰されていく世界。

良い方へ…♡

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