我慢と忍耐

太陽院院長 近藤 千恵子です(^^♪

今日、車を走らせながら 東京でのエドガー・ケイシーセンターの定期講座のCDを聴いておりました。

その中で、講師の光田先生曰く

我慢と忍耐は同じようで違います…と。

なるほど…我慢は口を紡ぐことでストレスを生むが 忍耐は目標に向かって向上していくことである…と。

なるほど…なるほど…我慢よりも忍耐!!

で、家に戻って主人に言ったら
「忍耐の意味は我慢することと出てて、我慢の意味は耐え忍ぶこと…と、書いてるんだろうね」と…。

早速携帯で 「忍耐」を検索すると…つらさ・苦しさ・怒りを、じっと我慢すること。

そして、「我慢」といえば…辛いことを耐え忍ぶこと。こらえて許すこと…だと。

本当に書いてありました。

ちなみに、「辛抱」は、つらさをかなり長い時間じっと我慢する。ツラい仕事をじっと耐えて勤めること…だと。

なるほど…3つとも、検索によると、ほとんど同じ意味。

私自身、6月から 認知症の叔母と暮らしながら、ある意味「忍耐の修行中」

10秒で忘れてしまう叔母…氣にいらないことが起こると、プイッとご機嫌斜めになることもあり…。

本人は忘れてケロッとしてるけど…、私は覚えてる!

改めて日々新しい叔母と共にいることで、忍耐の勉強させてもらってます。

と、いうことで、

我慢だと続かないし・・・、

辛抱でも…ダメ!!

忍耐が、前向きで相手も自分にも嘘をつかない言葉に思えてきます。

そして、忍耐と言えば…聖書の中

「コリントの信徒への手紙一」

愛は忍耐強い。
愛は情け深い。
ねたまない。
愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを望み、すべてに耐える

主は愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるから…ともあり、

主の愛、創造主の愛の世界、日々の生活の中…忍耐を通して感じられるよう鍛錬していきたいものです。

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