つまずいたところからしか…

「木は倒れた所に横たわる」とは、エドガー・ケイシーが遺した言葉。

今日、お寺の前に書かれた御言葉が
「人は つまずいたところからしか 立ち上がれない」

何かうまくいかないことがあるとき、また良い出来事もそう…
ふと振り返ってみると、その転機となるような出来事があったかもしれない。

また、学校や職場、家庭の中での人間関係などで、ツラいことがあったとして、どこかに逃げ道を探し変わっても。結局同じ出来事が起こるようになってるのかも知れない。

世の中には、何度も結婚と離婚を繰り返したり、転職を繰り返したりする人もいるけれど、レベルアップされるような変化であれば とんとん拍子に状況が変わって行きそうだけれど、何かに期待し居場所を変えてもまた同じような状況が繰り返され…。

自分自身では逃げてるつもりはなくても、一所懸命ブラックボックスの中でもがいてることも…。

「ん?こういう状態って前にもあったかも…」という状態だったり。

また「自分のまいた種は、自分で刈り取る」という言葉にも似ているエドガー・ケイシーが遺した言葉に

「人は 自分の発した ひと言   ひと言と 必ず出会う」という言葉も…。

言葉にも霊が宿り、その言葉が 良いことも悪いことも 引き寄せてくること。

そして、ケイシーはこんな風にも…

「たとえ迫害を受けようとも、悪し様に言われようとも、他人に利用されようとも、攻撃しようとしてはならない。悪意あることをためそうとしてはならない。忍耐強くあれ…まずは自分自身に対して…。然る後には他者に対して…」

「この世の内に 汝の友人の内に 汝の隣人の内に、美しさを見出せ。汝を悪し様に言う人々の内にすら美しさを見出せ」と…。

大いなる魂を輝かせるために、人も木も、横たわったところから また生まれ始まり 自分の蒔いた種を育てていくことを思うと 本当に出会いも別れも全てが繋がり、引き寄せていることを強く感じます。

私自身も少し過去も振り返りつつ、未来に向かって輝いて生きて行こうと…今日お寺に書かれていた

「人は つまずいたところからしか 立ち上がれない」 この言葉から色々考えさせて頂きました。

まさに七転八起。

 

 

出物腫れ物ところ嫌わず…

茶道裏千家の淡交会が主催するお茶席に行って参りました。

待合には「福」と書かれた掛け軸。

そして、本席には「歩々是道場」の掛け軸と、お花は「大山蓮花」

いつもの生活とは違う 和の空間も心地よく 枇杷を模した和菓子と細かく泡立ちやさしい苦みのお抹茶。

あーずっとずっと昔から続いてきた伝統の美。

贅沢な時間。

学生の頃も高校を卒業してからも、週に一度 茶道を習いにも行きながらも、なかなかお茶碗の名とか、お茶尺の名、お棗の作家のお名前も…一生懸命覚えようともなかなか覚えられず…。

ただ、その日のお菓子とお抹茶を頂くこと、そしてあの日常と違う凛とした清楚な雰囲気が好きで、通っていました。

そんな中、今思えばあれは夢で見たのか?現実に起こっていたことだったのか?

私の中では忘れたくても忘れられない…いや現実だったのか、夢だったのかも今は不確かな出来事。

茶道教室でのお濃茶でのお茶席。

私よりも古いお弟子さんがいっぱいいる中、L字型に正座してのお茶席。

私は、末席の方でずっと正座し どんどん足がしびれて来て足全体が全く感覚もない状態のその時…

なんと、おならが出そうに…(笑)

普通ならば、お尻に力を入れ両足の筋肉を引き締め、我慢出来るものが、足の痺れでそれもままならず…。

そんな中、突然わたしのお尻から「プーーーーーーーーーー」と普通の音とは違う1オクターブ高めの音が…。

しかも、プッ!ではなく、「プーーーーーーーーーー」30秒くらい続くような「おなら・・・」

しかも、お茶席に座ってるちょっと高慢な感じの人たちがその音が聞こえないのか?聞こえているのか?みんなクスリとも笑わず無表情、無反応。

私自身は、その時一回だけのおならではあったけれど、ずっと忘れられず…お茶席やお抹茶をみると、あの日のあの状況が思い出されて…穴があったら入りたいほどの恥ずかしさ…。

まっ、まだ20代前半での出来事で、もう30年以上前のことだけど…。

おならと言ったら、昔オーストリアにスキーに行ってた頃、毎朝乗り込む登山列車は、狭い車両に20人くらいが立って乗り そんなところで誰かが音のないおなら。

乗り込んでる若い子たちは、ドイツ語で
「おまえ おならしたのか?」「俺じゃない!!」「いや…お前の所から臭ってくる」…といった会話が繰り広げられ

そんな中、私達日本人は、「きっとこの子がやってるよね。」「いや、この子も怪しい…」なんてことを日本語で声を出して話していたり…。

何せ、日本人よりチーズ料理をたくさん食べてるせいか、本当に臭いが半端でなかったりしたこともあのヨーロッパでの楽しかった思い出。

しかし「出物腫れ物ところ嫌わず」とは、よく言ったものです。

盲腸の手術の後は、「おならは出ましたか?」と聞かれ 腸の働きの有無を知るバロメーターでもあり…。

私自身はあの1回のおならからお茶席=おならが連想されるほど…不思議なイコールを結んでしまってますが、

今日久しぶりに和の伝統文化を堪能させて頂き、不覚にもオナラのお話になってしまいましたが、中学生の頃茶道で持つ扇子の中に書かれていた 「好きこそ物の上手なれ」はずっと心に残る言葉。

好きでないと続けられないし、たった一度のこの人生…好きだからこそどんな大変なことも超えていけるもの…。

どんなことにも、ワクワクが見つけ出せると更に人生面白く…石の上にも3年っていうことわざもまた大切なことかも知れないですね。