「古事記」カテゴリーアーカイブ

ハッピーマンデー

太陽院院長  近藤   千恵子です(*^o^)/\(^-^*)

7年ほど前から  我が家では 祝日に国旗を掲揚させて頂いております。

今日 暦のうえでは 旗日…。

だというのに、今日は うっかり 掲揚することなく 1日が終わってしまいました。

ハッピーマンデーと言われる  月曜日の祝日が始まって  数年。

9月15日だった敬老の日

10月10日だった体育の日

1月15日だった成人の日

他にも 色々名前が付けられ 連休に…。

決して 連休が嫌いなわけでは ないけれど…、ハッピーマンデーによって 毎年変わる祝日の日に  困惑。

地域によっては 秋祭りの日を週末にしてる所も有るんだとか…

はじめの始め…神さまの計らいによって 決められた時。

時代の流れに従いながら…逆らわぬよう   そして日の丸の国旗に敬意を払い

次の祝日  建国記念の日には  しっかりと 掲揚させて頂きます。

建国から2679年…世界一長く続く 日本に生きる国民の一人として…

とうど祭り

太陽院院長 近藤 千恵子です(^_^)/

市内を流れる加茂川の河川敷に組み立てられた「とうどさん」

お正月 年神様をお迎えするために飾った しめ縄をはやし 今年一年の無病息災と家内安全、国家安泰を祈念するお祭り。

我が家のしめ縄も とうどさんの中へ納め、はやして頂きました。

そして 大きな火をあげて一瞬で燃え堕ちた「とうどさん」

その後は、地元の青年団と大町地区の婦人会が用意した

「ぜんざい」と「あまざけ」の御接待。

昨日からのお腹の痛みもあるけれど ちゃっかり おぜんざい頂戴し お腹も心も暖まって参りました。

そして、午後からは市内の新成人のお祝いの式典

晴れ着に身を包んだ新成人。

新しい時代に 20歳を迎えた若者たちに 大きな激励の拍手を届けます。

平成の30年間♡

太陽院院長 近藤 千恵子です(^_^)/

一昨年の8月8日、今上天皇陛下によるお言葉から 2年半の歳月が過ぎ…

今年の夏頃からよく耳にするようになった「平成最後の~」

何か、期限が定まると凄く一つひとつの出来事が尊く、昭和天皇の御崩御から平成の時代へと変わった時とは また違う元号への思い。

年末、テレビでは 平成30年間の出来事を総ざらい。

思えば、政治も企業もまた芸能界も恥ずかしいような出来事も多く…またメディアやネットからの影響で 良いことも悪いことも 情報が入りやすく…

こんな時代だからこそ 自身のアンテナの精度をあげておきたいかも…。

私自身は…というと、「平成」と発表された30年前の1月は、志賀高原でのスキーインストラクター生活が始まった年。

そして、平成8年11月カイロプラクティックを学び…翌9年10月開業。

平成10年8月に主人と出会い…平成11年1999年4月30日21世紀を前に結婚♡

平成14年2月父が脳出血で倒れたことで、介護にも関わることに…

平成16年2月、ふと隣の新居浜市で開いていた施術院を自宅のある西条市に移転することにし…。

その後、平成19年8月25日主人が脳出血で半身不随に…。

その翌年平成20年、エドガー・ケイシーを知り 広島まで主人と講演会に出かけて行き…

平成22年2月第一回エドガー・ケイシー探求講座を西条で開催しはじめ…平成28年12月まで年に4回合計28回ケイシー講座も開催させて頂き…

その間に、三重県津市の赤塚高仁さんをDVDで知り…平成22年8月の第3回目のケイシー講座で赤塚さんにお話しをして頂いてからは ケイシーを伝えて下さるケイシーセンター会長光田秀さんと

日本のこと皇室のこと…そして聖書や古事記またイスラエルや皇居勤労奉仕、ペリリュー島にまで導いてくれた赤塚さん…

お二人との出会いは 私自身の人生にとって本当に尊い出会い。

そして、平成28年2月からご縁頂いた 水素風呂レンタル事業で教えられた「身体の健康」♡「心の健康」♡「経済の健康」

カイロプラクティックで「身体の健康」を学び…

光田先生が伝えて下さるケイシーや赤塚さんの語る言葉の一つ一つから「心の健康」を学び…

そして、今まさに「経済の健康」を学んでいる最中(^^)v

主人や父母の介護や、多くの方々と出会わせて頂き、多くの場所にも行かせて頂き学ばせて頂いたからこそ

何かをしていく為にも 経済的な健康は不可欠。

また、平成から新しい時代の幕が開かれようとしている今、戦後の高度成長から物は行き渡り…

有名な電機メーカーまで買収されるような今の時代。

大きな時代の変化と共に変わる元号。

私にとっても26歳から56歳までの 本当に大きな変化のあった30年。

振り返ってみれば 数々の大変な出来事も…楽しい出来事も…

一つひとつに 私自身の意志ではなく、神さまによって導かれてきた様な日々。

人生120年時代とはいうものの、わくわくイキイキ動ける時に しっかりと 見えないけれど確実に導いてくれている大いなる力に導かれて行きたいものです(*^^)v

神さまの光

太陽院院長  近藤千恵子です(*´-`)

木曜日の今日は 午後から 大好きなお友達の恵子さんのところへ おじゃまさせて頂きに…。

いつものように 会話は止まることなく  繰り広げられ…あっという間の時間。

そんな中、宇宙語のお話になり…私自身 宇宙語というのが  聖書の中に 記されている  異言のことなのでは…と。

イエス様が 3日後に復活し  その後 50日間 大勢の人々の前に姿を見せ そして みんなの目の前で 天に召されていき

大勢がイエス様の再臨を望み祈った時  その数百名の中の数人に神の光が下り…異言を話始めたとも…

そして  先週  先々週と行かせていただいた八幡浜 第一プラザ教会の祈りの時も独特なのだそう…。

で、今度の日曜日 クリスマスイベントへ一緒に行く事に…。

イエスさまの生誕を祝う日

主の光に包まれますように…。

歓喜咲楽…クリスマス♪

太陽院院長 近藤 千恵子です(^^)v

運転中、ラジオをつけると 流れてくるクリスマスソング♪

2018年前、神さまのひとり子として この地上に現れた ひとりの方のお誕生日♡

イエスと呼ばれる そのひとり子のことを 知れば知るほど 年の瀬に迎えるクリスマスが 待ち遠しく…

そして、車のラジオから聞こえてくるクリスマスソングに心躍ります。

市の子育て支援 ファミリーサポートで預かった子供達に聞くと クリスマスはサンタさんが来る日。

サンタさんにお手紙や電話をして、欲しいモノがクリスマスの朝 いい子にしてると届けられる日。

それはそれで 子供達の想像の翼を広げてくれるサンタさん♡

私は…と言うと、サンタさんではないけれど 救世主であるイエス様を知ったことで 救われ歓びを感じることが出来ることが 何よりのプレゼント♡

神のひとり子として生まれたイエス様が語り、聖書に書かれてる一つひとつが 私の魂に歓びを与えてくれます。

まさに…歓喜咲楽➟ゑらきあそぶ…充足し喜びながら笑う人生♡

ケセラセラ…でもあります。

イバラの冠を打ちつけられ 誰も分かってくれずとも 十字架を背負い 群衆の中 磔となり天に召されていった方。

そして 3日後にもういちど姿を現し 死んでも死なず そして光となって求める者にも求めない者にも 聖霊を与え続けてくれる方…。

2010年5月…聖書に出逢ったことで その光の存在を感じるように…

本当に全てが神さまの恩計らい…どんな状況でも歓喜咲楽➟光を感じゑらきあそびます\(^o^)/

伊勢だより…

太陽院院長 近藤  千恵子です(*^^)v

秋の彼岸入りの今日は、朝から雨。

お昼には、少しやんで来れたけれど そんな今日 伊勢のお友達京子さんから 伊勢の香りいっぱいの贈り物たくさん頂きました。

中でも、伊勢の名物「赤福」から限定販売されてると言う 貴重な4色の赤福が入った「いすず 野あそび餅」

   

そして…この赤福についてる「伊勢だより」

  

製造された日付がちゃんと書いてあり、きっとこの日にお伊勢参りしたんだな~と、後々まで置いておけるものとして 添えられてるカード。

おもてなしの心溢れる一枚を、今まで気づくことがなく…何度も伊勢に行き 赤福もお土産に買って帰ってたのに…そんな小さな気遣いに気付かず…取っておらず 勿体ないことしたな~と、

今日届けられた赤福の「伊勢だより」 外宮さんの隣にある「月夜見宮」の画と裏に書かれた月夜見宮を案内する文。

アマテラス様の弟と書かれたツキヨミの命。

太陽が女性で月が男性?

アマテラス様が男性と言う説もあるけれど、そうであれば月は妹。

どちらにしても、太陽と月の陰陽二極。

闇を照らす光は、太陽の光を受けて輝く月。

私自身、伊勢の摂社・末社の中で 月夜見宮は 好きなお宮の一つであり、19日は 母の月命日でもあり

2013年12月…母が天に還る数日前に この月夜見宮を参拝しており、その時受けた不思議な光がなんだか忘れられず…。

長月の今月。

あ~神さまは イキな計らいをしてくれるものだな~と、改めて思わされました。

今日から秋のお彼岸。

母も一緒に伊勢の珍しい4色の赤福喜んでくれたでしょうか?

日本精神…最高!!

太陽院院長 近藤  千恵子です(^^)v

愛媛銀行さんの「西条ひめぎん会」が今年20周年を迎えたということで、記念講演会がお昼3時から開催され、

少し席が空いてるから…という有り難いお声掛けに、主人や仲間と行って参りました。

結婚式場での講演会は華やかで、清楚。

そして、今回ご講演される方は…なんと竹田恒泰氏。

そして、始まった竹田先生のお話。


日本が経済力を高めていったのは、ペリー来航のころから…

実際、お米が通貨の様な日本…過剰に置いておけば置くほど価値の下がるお米は必要なだけあれば良かったとも…。

そんな日本は、ペリー来航の頃 世界から見れば極貧国。

そんな日本が、大東亜戦争の時には 国連加盟国の中で…経済力も軍事力も五大国に入るほど…。

そして、大東亜戦争後の1945年は再び極貧国に…

そんな過去を持つ日本は、現在GDP(国内総生産量)が世界第3位なのだと…。

なぜ そこまで経済を回復させていけてるのか?

それは、日本人の持つ仕事やモノ作りへ向かう精神性に在るのだと…

お米作りも シルク作りも、中国から来た技法だけれども、より良いモノを求め研鑽してきた日本人が作る お米もシルクも 本家の中国産よりもお米はおいしく…またシルクは光沢が美しく強いのだと…。

実際、今の日本のGDP(国内総生産量)は…ロシアの4倍…ベトナムの48倍…そして北朝鮮の480倍なのだと…。

そして、竹田先生が示されたのは…

では、愛媛県が独立国だった場合…世界の何番目なのか???

なんと、世界国連加盟国193か国の中4兆9千万円で86位なのだと…。

これは、実際ガーナと同じGDP。

人口135万人の愛媛県が、人口2500万人のガーナと同じGDPなのだと…。

ガーナの首相と愛媛県知事は同等だと…(笑)

で、竹田先生らしい展開の中、次は西条市が独立国だとすると…と。

なんと、193か国中…4300億円で157位。

これは、聞いたことの無い国アフリカのシエラレオネと同じなのだと…。

人口10万人の西条市と人口660万人のシエラレオネと同じGDP,

そんな風に示されると、本当に日本の経済力ってすごいな~と改めて感じることも…。

明治維新から150年の今。

貧しくても凛と生きて来た我々の祖先から受け継いできた日本人の精神性…。

「世の為、人の為に生き…そして、惜しまれながら死んでいく」…日本人

桜の花の如く…。

実際終戦後、ロシアに抑留と言う名で「拉致」された日本人57万人。

過酷な労働の中、5万5千人が死んでいったそう…。

そんな中、ウズベキスタンのナヴォイ劇場はその抑留された日本人が作ったモノ。

そして、そのナヴォイ劇場のあるところが マグニチュード5の大地震に襲われた時…このナヴォイ劇場だけは無傷で建っていたので避難所になったのだと…。

たとえ抑留され過酷な労働の中にいても、建物はきちんと建てる…そして、今日のお話の中には無かったけれど、ネットで調べてみると…

配給された食事をみんなで分け合い…

作業をする時には、「せーの!」という言葉をかけて力を一点に集中させるなど…日本人の和の心をソ連兵に説いたり…

地元の子供やご老人からの差し入れに、ちゃんとお返しをする…など過酷な環境下でも礼儀を忘れず…

勤勉で、地震にもびくともしない、ウズベキスタン人の命を救った日本人に、今でも現地では…

「日本人のような人になれ…」と、言われているのだと…。

1時間半のお話の中、先祖からずっと受け継がれてきた 私の細胞の一つひとつが歓び…またパワーをも頂きました。

戦後、敗戦国となり 日本の過去のことを褒めるような教育を受けることが少なく、思春期を迎える現代の子供達。

自身のお父さん、お母さんの悪口ばかりを聞いて育った子供と、両親の良い所を知り育った子供の行く末は、おのずと導かれて行くような氣がします。

自分自身の生まれた国の良い所も悪い所も知り、この国に生まれたことを誇りに思えること…それが一番必要なことなのだと思わされて成りません。

今日は、素晴らしい講演会に誘っていただいた ひめぎん西条支店永易支店長さんに感謝…。

どうか 益々の発展を祈っております。

 

台風21号

太陽院院長 近藤 千恵子です(^^)v

大型で強い勢力の台風21号が  四国を通り過ぎて行きました。

私の住む西条でも 午前中2回 山間部の地域に向けて避難勧告が…

そして、大阪では 停電や強風での災害も…

知らされる自然の怖さ。

台風の通り道にある 日本列島…私たちの祖先も また 自然の驚異を知り それを乗り越え…生きていく知恵と力を その度ごとに得て来た先人達。

そして、現代に生きる我々もまた その時その時に気付かせてもらう事も…

ずっと昔、志賀高原で…冬、豪雪に会うこともあり、一度 通行止めになり 山道を歩いて歩いて…上がったことも…。


伊勢の神宮は摂社・末社で合わせて125社。

そして、今の今上天皇は125代目の天皇。

来年、4月30日譲位されることにより 皇太子さまが126代目の天皇陛下へと即位され…

ある方が、125代までは伊勢の神宮の摂社・末社の守りが有ったけれど、126代目からは 国民が皇室を守って行く時代になると…。

建国の成りたちはもちろん…古事記や日本書紀を教えることの無い 戦後教育真っ最中の現代では 「国民が皇室を守って行く!」という意識を持つことが難しい時代では有るけれど…

今回の台風や7月の豪雨…またさまざまな人の想像を遥かに超えた出来事を通して 手を合わせ…祈る毎日。

どうか どうか 自然の中では 無防備な子羊たちを 救っていただけます様に…。

長月朔日…

太陽院院長 近藤  千恵子です\(^o^)/

遠くで鳴る雷と雨音で、長月9月朔日が始まりました!

9月は、私自身の生まれ月。

そして、なんと昨日のブログで600稿。

と言うことで、今日は601稿目。

長月…秋の夜長に遠くで輝く月の光。

今日、いつものように伊曾乃神社の朔日祭にも参列させて頂き、御神事の後 堀川宮司のお話でも夜が長くなり、月がきれいな時。

改めて思うのが、伊勢の125社ある摂社、末社の中でも好きなのが
「ツキヨミノミコト」を祀る月讀宮。

太陽院という屋号をつけてもらった時も、遍くすべての人々を照らす太陽という名前に 恐れ多くも涙が出るほど有り難く 迷わず改名した屋号。

そして、今日改めて…私自身が9月生まれで長月という和名でもある月とご縁があるんだな~と実感(笑)

古事記の中、黄泉の国から戻って来たイザナギの命が禊し生まれた アマテラスさまと ツキヨミさまと…スサノオさま♡

太陽院の屋号で天照さまクリア…

9月生まれで 月讀さまクリア…

ある方が、私のことをダンプカーの様だと(笑)言われたことも有り…
スサノオさまもクリア…?

勝手にそんなことを考え…自分自身でご満悦(^^)

9月…朝の雷雨にも屈することなく、私自身が生まれる26日前の今日。

昔はどっちが生まれるかもわからず…姉が二人いる我が家は 待ち望んだ男子(笑)

結果…生まれて来た私は…女子!!

父は下を向いて歩いたそう…(笑)

人間の想像を遥かに超えた天の神様の御心からの三番目の娘(笑)

台風もまた近づいて来ている日本列島。

どうか…大事に至りませんように…(祈)

73年目の夏の日

太陽院院長 近藤 千恵子です(^^ゞ

8月15日…大東亜戦争の終結を昭和天皇の玉音放送にて全国民に伝えられた73年前の今日。

日本のみならず、大日本帝国軍によって 統治していた国々は この日本の敗戦によって 他の国々の植民地になることではなく 次々に独立を宣言。

まさに アジアの多くの国々の歴史をも変えた 終戦。

73年前の正午に ラジオにより受けた昭和天皇のお言葉。

どんな思いでその玉音を聴き…そしてどんな思いでその夜を迎えたのでしょうか。

昭和天皇は、只々日本の國體を守るため…124代続く皇室が祈り守ってきた 「国家の安泰」と「国民の平安」

空襲警報が鳴らない…鳴ることの無くなった敗戦の夜。

お月さまや夜空をどんな思いで見上げたのでしょうか?

今日、8月15日…終戦記念の日、伊曾乃神社での月次祭に ファミリーサポートで預からせてもらっている 来月2歳になる「そうちゃん」と共に参列。

輪廻転生があり、そうちゃんもまた この日本に再び生まれて来たのであれば、1880年続く伊曾乃神社の静寂で神聖な空気をどう感じたでしょうか?

太鼓と雅楽の音色と、境内の蝉の声。

もしかしたら、前世へとタイムトリップしていたかも…。

古事記の中、この世に住むイザナギと黄泉の國に住むイザナミの喧嘩。

毎日1000人呪い殺すというイザナミに、毎日1500人生み出すというイザナギ…。

生れては死に…死んでは生まれる…。

どちらが本当に生きる場所なのかは 分からないけれど 私自身今年9月に56歳。

そして、そうちゃんは、9月に2歳。

生まれては死に…死んでは生まれ

そして、出逢いもまた同じく…。たくさんの英霊の方々の熱い思いが

出逢っては別れ…そして別れてはまた出逢い…。

73年前、戦争の最中 愛する祖国や家族の為に戦い散って逝った尊い魂の数々もまた 同じ愛する国に生まれ…そして家族と共に生きるために生まれ変わってるのかも…知れません。

平成最後の終戦記念日。

終日降る雨が、たくさんの英霊の方々の思いを伝えてくれてたようでした。