出物腫れ物ところ嫌わず…

茶道裏千家の淡交会が主催するお茶席に行って参りました。

待合には「福」と書かれた掛け軸。

そして、本席には「歩々是道場」の掛け軸と、お花は「大山蓮花」

いつもの生活とは違う 和の空間も心地よく 枇杷を模した和菓子と細かく泡立ちやさしい苦みのお抹茶。

あーずっとずっと昔から続いてきた伝統の美。

贅沢な時間。

学生の頃も高校を卒業してからも、週に一度 茶道を習いにも行きながらも、なかなかお茶碗の名とか、お茶尺の名、お棗の作家のお名前も…一生懸命覚えようともなかなか覚えられず…。

ただ、その日のお菓子とお抹茶を頂くこと、そしてあの日常と違う凛とした清楚な雰囲気が好きで、通っていました。

そんな中、今思えばあれは夢で見たのか?現実に起こっていたことだったのか?

私の中では忘れたくても忘れられない…いや現実だったのか、夢だったのかも今は不確かな出来事。

茶道教室でのお濃茶でのお茶席。

私よりも古いお弟子さんがいっぱいいる中、L字型に正座してのお茶席。

私は、末席の方でずっと正座し どんどん足がしびれて来て足全体が全く感覚もない状態のその時…

なんと、おならが出そうに…(笑)

普通ならば、お尻に力を入れ両足の筋肉を引き締め、我慢出来るものが、足の痺れでそれもままならず…。

そんな中、突然わたしのお尻から「プーーーーーーーーーー」と普通の音とは違う1オクターブ高めの音が…。

しかも、プッ!ではなく、「プーーーーーーーーーー」30秒くらい続くような「おなら・・・」

しかも、お茶席に座ってるちょっと高慢な感じの人たちがその音が聞こえないのか?聞こえているのか?みんなクスリとも笑わず無表情、無反応。

私自身は、その時一回だけのおならではあったけれど、ずっと忘れられず…お茶席やお抹茶をみると、あの日のあの状況が思い出されて…穴があったら入りたいほどの恥ずかしさ…。

まっ、まだ20代前半での出来事で、もう30年以上前のことだけど…。

おならと言ったら、昔オーストリアにスキーに行ってた頃、毎朝乗り込む登山列車は、狭い車両に20人くらいが立って乗り そんなところで誰かが音のないおなら。

乗り込んでる若い子たちは、ドイツ語で
「おまえ おならしたのか?」「俺じゃない!!」「いや…お前の所から臭ってくる」…といった会話が繰り広げられ

そんな中、私達日本人は、「きっとこの子がやってるよね。」「いや、この子も怪しい…」なんてことを日本語で声を出して話していたり…。

何せ、日本人よりチーズ料理をたくさん食べてるせいか、本当に臭いが半端でなかったりしたこともあのヨーロッパでの楽しかった思い出。

しかし「出物腫れ物ところ嫌わず」とは、よく言ったものです。

盲腸の手術の後は、「おならは出ましたか?」と聞かれ 腸の働きの有無を知るバロメーターでもあり…。

私自身はあの1回のおならからお茶席=おならが連想されるほど…不思議なイコールを結んでしまってますが、

今日久しぶりに和の伝統文化を堪能させて頂き、不覚にもオナラのお話になってしまいましたが、中学生の頃茶道で持つ扇子の中に書かれていた 「好きこそ物の上手なれ」はずっと心に残る言葉。

好きでないと続けられないし、たった一度のこの人生…好きだからこそどんな大変なことも超えていけるもの…。

どんなことにも、ワクワクが見つけ出せると更に人生面白く…石の上にも3年っていうことわざもまた大切なことかも知れないですね。

 

 

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