おとひめさんの呟き💛

太陽院院長  近藤  千恵子です(*^^*)

今日 火曜日は、お昼1時から おとひめ会での「イキイキ100歳体操」の日。

体操の後のおしゃべりタイムも楽しみのひとつ。

今日もおしゃべり中  大正生まれのMさん…

「私  令和まで生きられるかな~」と…。

生きれます!生きれます!

あと、15日も経たないうちに 訪れる令和の時代。

そして、今日9人の参加者の中、大正-昭和-平成-令和と  4つの時代を生きているおとひめさんは、なんと3人。

大正12年1月、大正15年1月、そして大正15年3月生まれ…。

そんな話のなか 大正15年が11月に終わったこと 大正15年は知ってたものの  大正15年が11月で終わり 大正元年が1ヵ月程しかなかったのだとか…

大正15年10月に生まれた今は亡きご主人さんが、昭和5年生まれの嫁さんに  昭和生まれをなじったのだとか…

ほんの数ヶ月違うだけで  何かが違ったのでしょうか…。

実際、令和元年をあと数日後に控え  ひ孫がもうすぐ生まれるんだ…という話も。

平成で生まれていれば良いのか…令和元年生まれが良いのか…微妙なところ。

全ては 主の 御心のままに…

そして、話は新紙幣発行の話へ…

今年 89歳のFさん…発表が会った日  家で娘さんに  新紙幣までは生きてないわ~と言ったのだそう…

そうすると  オリンピックが決まった時にも言いよったね!!と ズバリなお言葉に(笑)

2025年新紙幣発行までも 是非是非 今と変わらず  わいわいおしゃべり出来ると嬉しいです。

しかし  昭和の初め…あの大東亜戦争を経験し生き抜いて来た おとひめさん達の話は 本当に濃い人生。

大正15年生まれで  小学校の先生でありながら  自身の子供も育ててきたMさん。

産休は42日間だけだったんだとか…

そして、小学校でのお昼ご飯…お弁当持って来てる子も居るなか  家で食べて来ます…と言いながら  家に帰っても何も食べ物がない時代。

家に戻ることなく  お昼ご飯を食べずに教室に戻って来る子供もいたのだと…。

女の先生ならではの 気付きがあり  こっそりおにぎりを渡したこともあったのだとか…。

修学旅行だって 行ける子供と 行けない子供がいた時代。

先生も生徒達も お父さんもお母さんも  あの時代…必死で築いてきた日本。

大きな時代の変わり目  ひとときでも楽しい時間を共に過ごせる様に お手伝い更にしっかりさせて頂きます