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人生の岐路♡

太陽院院長 近藤 千恵子です(*^^)v

来年4月末 今上天皇が上位され 平成が終わる今…

数年前から、働き方やモノの見方が大きく変化している様に思います。

現に、働き方改革として 就労時間の変化や 大会社でも社員の副業を推奨するようになったりも…。

私が若い頃は 一旦就職すると 女子は結婚退職まで働き、男子は終身雇用で定年まで…。

そんな就労の仕方が 当たり前。

それが、バブル崩壊後 フリーターと言う言葉が出来、ひとつの仕事に固執することなく、自分の可能性を求めて職をいくつも持ったり、

また企業自体が、正社員を雇わず 派遣社員を雇うことで 雇用にかかる経費削減をはかったり…

これまでも時代の流れと共に 企業の雇い方も また働き手の働き方も様々に変化して参りました。

実際、私自身も高校卒業後 就職した会社での仕事自体 嫌いだったわけでもなく また結婚退職でもなく 8年数か月務めた頃 会社の経費削減の為 私の働いていた新居浜営業所が高松営業所と合併することになり 会社都合で退職。

そして、夢みていたスキー場でのインストラクターという 未知の世界へ足を踏み入れ…

好きなことで収入を得られることを体験。

そして、その生活を続けるためには フリーのアルバイト…フリーターと呼ばれる何とも型破りな人生がスタート。

そして、スキーインストラクターの様な 季節労働者

世間での評価は低いものの 自分自身は 夢を抱きその時にしか出来ない事をやれてる自分の人生に誇りさえも持って…

そして、膝の靭帯を切ったことで 開かれたカイロプラクターの世界。

その度ごとに、私自身が引き寄せてきた私の人生♡

そして、今 物は溢れ…生産業は低迷し、大きな会社同士が合併し また 海外の資本家に買収されるような大企業まである景気の先が見えにくい時代。

今日、あるビジネス研修に参加し、先ず言われたのが

「時代が変わる」 ➟ 「人も変えないといけない!」と…。

何かモノを販売したり 労働に対する報酬が当たり前だった頃とは 変わり… 収入を得る方法も様々。

そして、主人が46歳で脳出血で倒れ 半身不随の障害を得たことで知らされた 健康な状態だからこそ働くことが出来るという事実。

今年56歳になった私も あの20代 30代の頃と同じように身体が動く訳ではなく、ましてや身体に障害を持つと 当然仕事も制限されることに…。

有り難い事に、世の中の移り変わりに対応するように 様々な経験をさせて頂いたことで かなり世間の常識では生きて行けない事も学ばせて頂きました。

そして、今からの時代…大きな働き方の分岐点。

自身の時間と身体を使うことで得る労働収入と、家賃収入などの権利的な収入源を持っていることで得る収入。

労働収入と権利収入。

そして 身体も… 心も… 経済までも…健康に。

そして、あくまでも経済の健康や収入アップの為には、自らがアンテナを立て また世の中が大きく動いてる今 「先見力」も身につけることも大切。

2030年には、1.65人に一人が65歳以上に成ると言われる時代。

時代が変わる ➟ 人も変えないといけない時代

自分自身の人生に興味を持ち…この大きな世の中の変化に意識をフォーカスさせていくことで 気付くこと…。

「人間は意識したものしか気付けない!」

そして…

「脳は意識したものしか 見分けられない…」と…。

NHKの「ちこちゃんに叱られる」の、ちこちゃんに…

「ボーっと生きてんじゃないよ!!」と 喝を入れられないように(笑)

アンテナ立てて動いて行こうと思います。

恩師

先日、ファミリーサポートで幼稚園にお迎えに行き、見かけた中学2年と3年の時の担任の先生。

娘さんの、嫁ぎ先の幼稚園。

以前、同級生から先生が幼稚園児の送迎にくる車の交通整理をしている…っていうことを聞いたことがあり、ちょうど私が迎えに行かせてもらった時も、帰り際先生が来られて真剣に交通整理中。

窓を開けて、声をかけようとしたけれど…次から次へと来る車の対応に真剣な先生。

「相変わらず…熱血だな~」と、思いながら声もかけられず幼稚園を後にしました。

そして、今日の夕方なんと…スーパーの駐車場でバッタリ!!

「あっ!!先生」

「先生!!安藤 千恵子です(^^♪…この前、幼稚園で先生お見かけしたんですよ!!」

あの頃と変わらない やさしい笑顔。

今年68歳になられたという先生…。

私が中学生の頃、入っていたバスケット部の顧問でもあり…先生自身はサッカーの愛媛県の国体選手。

選手の後は、審判でも活躍されており、あの幼稚園の駐車場の誘導風景は、まさに国体選手って感じの鮮やかさ…。

そして、本当に愛情いっぱいで、私自身大好きな先生でした。

高校進学の際も、私の志望校と母の望む学校が違ってた時も、ちゃんと母を説得してくれたのが先生…まさに恩師です。

先生があの時 母を説得してくれてなかったら、きっと今とは全く違う人生だったのかも…知れません。

卒業する時、クラス45人の一人ひとりの長所を書いてくれた先生。

「いつも 笑顔の千恵子」

と、かいてくれたこと… 嬉しかったし、いつも笑顔でいたいと思えた初めかも…。

30年以上ぶりの再会。

高校入試の時に応援してくれたこと…今日は、後であの日のお礼言えば良かった!!と思いながら帰宅。

きっと先生にとっては、たくさんの教え子のひとりだと思うけれど、私にとっては、人生の岐路で本当に大きく愛の手を差し伸べてくれたひとりで…感謝いっぱい。

今度逢えた時には、しっかりと
「あの時は本当にありがとうございました!!」…と、伝えたいと思います。