THE ROSE(ばら)

午前中歯科医寮で歯の治療をした後なぜか疲れたと感じました。

しんどいな、しかし、やらなければ、でも問題がまだまだ

山積みだな。目の前に高い山が立ちはだかっている。

何を、どうすれば良いだろう? 逃げ出したいな、辛いな、

なんだか、寂しいなって、誰でもあるでしょう。そんな時

僕は乗り越えなければと想い、よく歌を聴いて気分転換を

図ります。この歌を聴いてメロディーの美しさ、歌詞の深い

意味に、心動かされました。


《愛》は河だという人がいる。

若くて柔らかい芽を呑み込んでしまう河だと、

 

《愛》は鋭い刃物だという人がいる。

魂から血を奪い取る刃物だと、

 

《愛》は飢えだという人がいる。

満たされることのない渇望だと、

 

私は、《愛》は花だと思う。

そして、その大切な種は、あなただと、


傷つくことを恐れている心、

そんな心では楽しく踊ることは出来ない。

 

目覚めていることを恐れている夢、

そんな夢ではチャンスはつかめない。

 

誰も受け入れられない人、

それでは与える喜びを知ることはない。

 

そして死ぬことを恐れている魂、

それでは生きている意味を学べない。


 

夜が切なく寂しくなった時、

そして、道があまりにも長すぎると感じる時、

また、《愛》は幸運で強い人間にしか、

やって来ないと思った時、


思い出して欲しい、厳しい冬の、

深い雪の下には、


暖かい太陽の愛を浴びるための種があり、

春にはバラの花を咲かせるということを・・・・


和訳by LEONA


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.  S.  I  LOVE YOU.


《レディガガ》の「ボーン ディス ウエイ」も励みになる良い

歌詞。


 

パプリカ

♪「パプリカ花が咲いたら」♪「晴れた空に種をまこう」♪

♪「ハレルヤ夢を描いたなら」♪「心遊ばせあなたに届け」♪

最近、小学生の塾生、出会った子供達、誰もが何気に口ずさむ。

ヒット曲なら誰もが口ずさんだ昭和時代の歌謡曲のような状況。


2018年、年内最大ヒット曲「LEMON」の作者、米津玄師

(よねずけんし)の有名歌曲「パプリカ」2018年8月15日

シングルリリース。「《NHK》2020応援ソング プロジェクト

の一環として「みんなのうた」で放送されました。

親しみやすく、歌いやすく、ダンスミュージックとしても

ユーチューブでも数多く取り上げられています。

歌詞の内容は子供でも理解でき、明くて前向きでポジティブ。

音程も幅広くなく、リズムはシンプルなのに、単調じゃない。

起承転結のストーリー性も、しっかりしていて、飽きが来ませ

ん。メロディーも覚えやすくて、どの音程からでも歌い始め

られる音作り。ヒット曲の要素をすべてを兼ね備えた楽曲。

年配の僕でも不意に歌ってしまいます。


家族でカラオケに行った時に子どもたちが歌う定番曲らしい。

大きな露出によって、ダウンロード10位以内やユーチューブ

がつなぎ、CDの売上とカラオケが後押ししています。

良い曲なので、深く考えず聴けます。しかも簡単に歌えます。

《パプリカ》はロングヒットのわかりやすい雛形と言えます。


元々《パプリカ》って緑黄色野菜の代表、カラーピーマンの

一種です。しかも昭和世代にとっては、嫌いな食べ物

ランキングに必ず上位に挙がった《ピーマン》と同じ種類。

カラーピーマンの緑色以外は《パプリカ》と呼ばれています。

昭和の時代、元祖《パプリカ》であるカラーピーマンは、

苦味を嫌う子供達から、嫌いな食べ物として、ニンジンと共に

常にやり玉に挙げられて、食べられずに皿の端に残されていた

嫌われ物です。しかしフラボノイドを含み栄養価が高く、有識者

たちによる健康食の推奨野菜の代表でもありました。その後

カラフルな食材の《パプリカ》の普及から、その魅力が見直され

ました。パプリカを含めカラーピーマンは未成熟の果肉の、

独特の青臭い風味と苦味があります。一方成熟した果肉には甘み

がある所から、その後、嫌われものではなくなりました。


かつて、カラーピーマンは、その苦みは子供が好まないことが

多く、ニンジンやグリンピースなどと共に、子供が嫌いな食材の

筆頭に挙げられることが多かった食材でした。しかし栄養価が

高く、原色で彩りが良く、料理の見た目も映える食材を料理人

が見逃すはずがありません。苦味を嫌う子供に対しては、

1990年代のパプリカの普及から工夫がなされるようになったほか

さまざまな料理に盛り込まれるようになりました。結果として

嫌われモノの《ピーマン》の名前が見えなくなり、《パプリカ》

と言った歯切れの良い音と、なぜか美味しそうな、新しい可愛い

食材として表舞台に飛び出して来ました。子供の連想ゲームで、

「赤い」と言ったら《パプリカ》と言われるぐらい市民権を

得ました。《ピーマン》と呼ばれて嫌われモノだった野菜が

《パプリカ》って言葉と音が変わっただけで、曲の題名にも

使われて一気に人気者になりました。1970年代後半、

《頭がピーマン》という流行語がありました。ピーマンの中身

が空洞であることを元に、「頭が空っぽ=頭が悪い」という意味

で使われてました。何にでも思いがけないことが起きます。

それはまるで、上手くないものが、世の中から見捨てられた

ような連中が、圧倒的弱者が逆転ホームランをかっ飛ばす事が

あるからこそ、人生は面白っい、っと。どんなことでも・・・

すべて未来の種になりますね。

すべての不都合や不幸は、幸福の踏み石に過ぎないのです。

自分の顔は、自分が作る・・・良い氣が身体にみなぎると・・

良い顔になります。

悪い氣が身体を支配すると・・・顔も悪くなります。

言葉はあなたの心から出ているんですよ。出来れば今日もあなた

の心から嬉しい言葉が出てきますように。


今日はここまで。近藤浩二でした。

では、また。 P.S.I LOVE YOU.


越えて行く・・・越えて来た・・・ だから今がある!

一日を大切にせよ。その差が人生の差につながる。


 

後悔

「後悔」とは、何て悲しい言葉でしょう?

何て寂しい言葉でしょう? 失って初めて気が付く

「当たり前のあり難さ」や「勇気の価値」。


いつだって本当に大切な事は、後から気付くものです。

大切なものを見失うなう時、人はたいてい自分の事ばかり

考えてしまいます。人は長く生きれば生きる程、人生において

「後悔」を何度も経験してしまう弱い生き物です。誰もが一度

は、「あっ、しまった!」って思ったことはあるでしょうに。

ここで「後悔」には二種類あります。ひとつは、取り返しのつく

「後悔」、そしてもうひとつは取り返しのつかない「後悔」

です。言い換えるなれば、それは、やり直しが出来るもの

なのか、やり直しが出来ないものなのか、という事です。唐突に


今ここで「貴方にとって、大切な人を思い浮かべて下さい」

 

両親、兄弟姉妹、子供等、肉親でしょうか? それとも、妻、夫

恋人、友人、知人でしょうか? どちらにしても貴方にとって

きっと近しい人であるでしょう。現実的ではありませんが、仮に

もし、その大切な人が「一時間後に居なくなってしまう」と

したら、どうでしょう?   《貴方はどうしますか?》

《何を想い、何をしますか?》《ただ一時的に何処かに行ってし

まう》だけなのか、それても《死んでしまうのか》といった

ふたつの大きく異なる状況が想像できますが、最悪

死んでしまって、二度と会えなくなってしまうとしたら、たとえ

一時的な別れであっても、次に会える可能性が低いとしたなら

しかもその人と喧嘩別れしていたとしたら、どうでしょう?

悪い状況を考えれば、切りがありませんが、しかし

人間なんて最悪の状況でも考えない限り、真剣に誰かの事なんて

考えようなんてしないでしょうから。


もう二度とその大切な人と一時間後に会えなくなってしまう

としたなら、

「もう二度と、会えなくてもいいや。」って思って、

別れたとしたら、尚のこそ、深い後悔になるのでは

ないでしょうか。    究極のところ、


おそらく、ぎゅっと抱き寄せて、優しい言葉をかけてあげるので

はないでしょうか。それだけで十分なのではないでしょうか。

人間とは複雑に見えますが、実はとても、ちっぽけな単純な

存在です。何気ない心無い仕打ちや、ちょっとした一言で、

人は簡単に落ち込み、傷ついてしまいます。逆に、ほんの

ちょっとした、心ある仕草や何気ない優しい、一言であったと

しても、なぜか人は、心が軽くなって、救われるものなのです。

人に会えない時間というものは、むしろ会っている時間よりも、

人を強く想っているものです。たとえどんなに遠く離れていよう

が、誰かが誰かを想っている、誰一人も、ひとりじゃない。

誰もが繋がっているのです。人間は決して一人では生きられな

い社会性を持った、とっても弱い寂しがり屋です。

孔雀は恋をすると、翼を広げます。ウサギは、寂し過ぎると、

死んでしまいます。人は恋をしても、幸福になる保証は

決してありません。逆に傷ついたり、深く悩み苦しみます。

人は誰かと出会い交わると不運にも、事あるごとに誤解を

重ねてしまい、進べき道に迷い、解決の手立てすら見失い、

最後には、自分の心に牢獄を築いてしまいます。しかしながら、


時間が流れても、いくつの季節が変わっても、優しい思い出が

あれば、いつでもあの時に戻れます。未練とか執着じゃありま

せん。かけがいのない大切な存在。今しか、出来ない事を

考え行動しましょう。そして大切な人を大切にしましょう。

貴方が毎回踏み出すその一歩に、どれだけの人が、どれだけの

想いで支えてくれたのかを、忘れてしまっては、分かりません。

だからこそ、必要なものを、足りないものを、そうだ、そのまま

に感じる事なのです。そして生きていることにもっと感動して、

素直で純粋に感謝を忘れずに、生きていきたいものです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。 P.S. I LOVE YOU.


願わくば、人間の単純さを笑い、人生の複雑さをも笑いま

しょう。


 

瞑想

朝夕徐々に涼しくなり、

夏の終わりが近づくにつれて

耳を澄ませば、目を凝らせば

秋の気配を感じると共に

西条の上空に広がる、

どことなく寂しい秋空。


大切な思いを伝えるのに

必要なタイミングがある?

何でも早くできる時代

全てが早くなければ、

いけないわけではない。

あえて遅く、

あえて遠回り、

あえて時間をかけること。

人に憂(うれ)いと書いて

優しいと読む。

憂いを大切にするということ。

憂いに時間を費やせること。

それでもさらに、

本来の自分らしく、

自由に、素直に、

まずは自分を大切に、

生きていくこと。

自分だからこそ寄り添え、

共に分かち合える優しさ、

大きな愛と光の存在、

その自分自身の本質にチューニングする。

ちょこっと瞑想で締めくくります。


それではゆっくりとした呼吸を続けていきます。

吐く息と共に要らないモノが

全部溶けだして、流れ出していきます。

ゆったりとした呼吸を続けていきます。

すべてが解放されていきます。


息を吸う時には

新鮮な空気と、美しい光を

たっぷり取り込んで

身体中の隅々まで、満たしていきます。

細胞ひとつひとつに

その光と新鮮な空気が

行き届いて、

どんどん癒され、

活性化され、若返っていきます。

呼吸をするたびに

身体も心も、

どんどんリラックスして

緩んで、ほどかれていきます。


ゆったりとした呼吸を続けながら

もし貴方の中で、

貴方に気付いて欲しい思い、

本当はもう少し時間を掛けて

感じて欲しい気持ち、

もしそれが存在したいモノであれば、

今共に感じてみて下さい。

ああ、そうだったよね。そうだったわね。

貴方だからこそ、自分だからこそ、自分だけが分かる

その経験してきた思い。


そしてまた今日

その想いに、その感情に、

その時の私に、

貴方に寄り添える、

今日の貴方を

共に感じてみて下さい。

着実に、確実に、

さらに優しくなった

今日の貴方。

その優しさと

大きな大きな愛と、美しい光で

今すべてが満たされて

行ーーーー

きーーーー

まーーーー

ーーーーす。

はい、

満たされました。

いつもありがとうございます。

夜空の星の如くキラキラ輝く貴方に

心より愛と希望と感謝の気持ちを込めて


以上「人が優しくなれる理由」東京スターライト

ホンマルラジオより要約。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.S.I  LOVE YOU.


 

ユーモア

車中から見渡す空で、雷様がウインクしたようで

ピカッ、ピカッ、ピカッ、三歳児が「光った!」

「光ったね」、「また光ったよ!」稀にしか見ない現象に喜び

心躍ったのか、弾んで何度も呟きました。「うん、光ったね」

と返すと、「雷様が来るね?」と子供らしい発言に、思わず

表情が緩んでしまいます。「へそ隠さないと」そわそわと何やら


忙しそうに足下で動いていました。直後フロントガラスが

ポツリ、ポツリ、ポツリ、と打たれ、雨が流れ始め、前方が

見渡し難くなると、幼児が両手の人差し指を左右にそろえて

扇型に左右に揺らしながら「こんなん、したら?」あまりにも

可愛い仕草に、ドキッ、とさせられてしまいました。彼の意図

する事を理解すると同時に、「シャー、シャー、シャー」と動き

始めました。「この動いてるもの、何て言うか、知ってる?」

って、問うてみると「えーと・・・」、何か考えてそうでした。

少し時間を置いて、口をついて出た言葉は「・スーパー・・?」


空気を察した僕らは「それは買い物行くところ・・・」すると

今度もまた、少しの間の後「えっ、・・クーパー・・?」

「それはブーブー、車の名前」、「ほんとは、知ってるよね?」

「うん、・・・ワイパー」僕らは「正解、ワイパー。」


まだ三歳にして、この《ボケ》、僕らの《ツッコミ》にも

再度《ボケる》。(末恐ろしや)僕が喜んで笑っていると

その様子を見て、彼も満足気に微笑み返してくれます。人間


誰しも「不快を避け、快を求める」行動原理を持っています。

人を苦しめるのを快とするか、人を喜ばせるのを快とするかの

違いはあるでしょうが、人を喜ばせるような利他的行動によって

ほめられる、他者からよい評価をされることによって、大きな

快感がもたらされるのです。人は本来、他人の喜びを自分の喜び

と感じ、利他的行動に自発的《快》を感じる仕組みを生まれ

つき持っているのです。人を喜ばせて楽しませることは、本人に

も人間として本能的な快楽を感じるそうです。私たちは利他的

行動を《快》と感じる遺伝子を受け継いでるということです。

結局、薬局、郵便局、子供の何気ない仕草やユーモアは周りに

喜びの輪を広げながらも、自分自身もますます幸せになってい

く、そんな人間本来の姿が見えてきます。何より大切な事は

人生を楽しむ事、幸せを感じる事、それだけです。


子供と心を合わせることは、ほんと童心に戻れる楽しさや

時折り涙が出そうになる瞬間があります。人生における物事の

大半は、時間が経てばすべて笑い話になるそうです。時間が

経たなくても、その瞬間、瞬間、自分を楽しませることが出来

れば、充実した素敵な人生を送ることが出来ますよね。


余談ですが、彼は車にすごく興味を持っておりミニカー収集が

好きで、毎日眺めては楽しい時間を過ごして居るのです。それで

車に精通しているのです。車の名前も数多く記憶しています。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。 P.S.I LOVE YOU.


本田宗一郎は、こんな言葉を残しています。

「人間は楽しんでいるときに最高の力を発揮する。

すぐれたジョークは、すぐれたアイデアに通じるのだ」

ブログ復活

もう良いか、って諦めていました。そうなのです。悪夢は何の予告もなく、音も無くひたひたと忍びよって来て、 ひょいって、襲い掛かって来ました。そして息が詰まって、もだえ喘(あえ)ぐのでした。ある時、何気にボタンをひとつクリックしただけなのです。ただその何気にが、良くなかったのです。


誰にでもよくある事だとは思います。何事もよく理解できていないにも関わらず、何かの勢いで、「はい!」って簡単に返事してしまうことってよくあることだとは思います。しかし「はい!」はやすやすと返事してはいけないのです。その後、分かった素振りの《つけ》が、想像以上に大きくなって自分に跳ね返って自分を苦しめることになるのです。後悔先に立たず。強く実感させられました。


つたない記憶をさかのぼって、問題解決のために、約2か月費やしてしまいました。しかも泣きっ面にハチなのでした。セキュリティーの都合でサーバーの移行作業も急務に要求されたのでした資料を熟読しながら、ひとつひとつ作業を進めるといった気の長い流れ作業を繰り返すのでした。ここでこれには確実性はありません。作業途中で当然問題が発生します。その都度、立ち戻って問題解決を計っていくのです。本当に気の遠くなるような作業でした。


これに加えて通常の日常の仕事もしなければなりません。さすがに疲れてしまって、ホームページの新サーバーへの移行作業を優先させて、ブログは当分の間、凍結させることにしました。


日常の現実に疲れて、逃げ出したい、気分転換計りたいと思った時、女性なら、女性の命の代名詞と言われる、長い髪の毛を切ってイメージチェンジをすることも出来るでしょう。でも男性には切り取ってしまえるような、身代わりが存在しないのです。そこで気分が落ち着くまで、ブログを凍結することにしたのです。


八月を前に梅雨も明けて、プライベートも仕事も落ち着いてきて重かった気分も軽くなって、集中力も忍耐力も戻ってきていました。そろそろブログでも再開しようと頑張って復活させようと考えました。出来るまで寝ないで、夜を徹(てっ)して週末を過ごしました。

そして長い夜の闇が明けるように、朝日が差し込んだのです。ボタンひとつのクリックで不能になったものは、同じようにボタンひとつのクリックで回復したのです。時計を見ると朝の5時過ぎでした。心地よい疲労と安心感と共に深い眠りに就くことが出来ました。


ブログの閲覧不能と管理画面に入れない原因は

ブログソフトのワードプレスの事をよく理解せずに使用していた事。プラグインの性質や競合問題を理解せずに、バージョンアップボタンを押したがためなのです。


僕が幸運だったのは、普段の行動習慣が緊急事態を救ってくれたのです。若い時に初めて、コンピューターを学んだ時に強く教えられた事。何かの更新前には、必ずバックアップを取って置くことを習慣づけていたことでしょうか。面倒であっても、時間が掛かっても、習慣として、基本行動を守っていたのです。それが無事に残っていたのです。地味で目立たないけれど、大切な何かを身をもって学んだと思いました。今回多くの教訓を学びました。

解った気になって、物事を安直に対応しては決していけない事。そして問題が起こった時は、問題が小さい内に、逃げ出さず直ぐに向き合って問題に対処すべきだということ。先送りすると小さい問題はより大きくなって、より解決が難しくなるという事。


データベースとファイルのアップロード、ダウンロード100回。ソフトの再インストールは1000回。試行錯誤の連続。1回の成功のために失敗回数100回以上。打率はいかほど?

これが人生でしょうか? えっ、まだマシな方ですね。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


ブログ書いても一銭にもならないし、誰かが読んでいるかどうかも分からないし、コメントや反応もないし、誰か、書き続けるモチベーション下さい。ただなんとなく書きたいから書くのです。そんな天才のような動機付け、僕にはありませんから。


 

人生の分岐点

人はひとつの出来事で、人生を悲観したり、バラ色になったりと

目まぐるしく移り変わります。社会人になって数年目、今時節、

僕の前に初めて、名前と顔の一致した女神が現れました。

切れ長の二重の目に、薄く引かれたアイライン。調和され配置さ

れた各部位。歩くとわずかに揺れ動く胸部と臀部。ウエーブした

長い髪からの残り香。歩くたびに、こぼれ落ちる若さと可愛さ。

そのすべてを拾い集めたいと、思い患(わずら)う毎日。でも

その日から人生がバラ色でした。ほんの少し目にするだけで

最高に幸福でした。それだけで良かったのに、しかし、バカな

僕は焦って、一歩踏み込んでしまったのです。そしてある日、

決心したのです。《告白》しようと。いつでも逢えるように。


前夜眠れず、手紙を書いて、様々な場面を想定して、シュミ

レーションしました。夜に書く手紙は危険だと聞いていたのに。

「忘れられないの、♪♪♪」「忘れられないの、♪♪♪」

小学生の頃の歌が脳裏に流れて来ました。『恋の季節』。


午前、事務所で見かけ、屋上へと連れ出しました。「***

さん、ちょっと来てくれる。」「はい・・」素直に付いてき

ました。外は建設工事で騒然としていました。「聞こえ難いか

ら、耳貸してくれる。」差し出された耳元に顔を近づけました。

シャンプーの香り、可愛い口と筋の通った鼻筋に、目が釘付けで

話せません。勇気を振り絞って「***さん、これ読んどいて」

封書を手渡しました。彼女は不審げに、封書と僕を何度も

見つめ返していました。この時が僕と彼女との初めての会話で

した。今から考えると、なんと大胆な行動をとったのだろう。

愛は時に人を落胆させますが、時に人を勇気付けてくれます。


それには、次の日、ある場所に来て欲しいとの簡単な内容です。

ただ、返事を同封の便せんに書いて、その日の就業時間内に

僕の机の引き出しの一番底に入れて欲しいと書き添えました。

出張から帰った僕は《気もそぞろ》で、返事の内容以外、何も

考えられません。それも悲しい結末が頭をよぎりました。

封書をポケットに差し込み、そそくさと、同僚の視線をよそに

「お先に、失礼します。」と独り、にやけて、走って会社を後に

しました。家に着き、封書をテーブルの上に置き、服を着替えて

お気に入りの音楽テープをセットして、スイッチを押しました。


「♪♪♪」 封書を手に取りました。鼓動がどんどん速くなる

のを感じました。封書を開けました。便せんを取り出しました。

悪い予感が頭を突き抜けました。

そこには一言だけでした。

「すいません、ごめんなさい。 近藤さん」

ほんと、嫌な予感は当たるものです。「♪♪♪ マイ

エンドレスラブ ♪♪♪」 音楽のおまじない効果なし。僕は、

ただただ悲しくて、悔しくて、便せんを胸に握り締めて

泣くことも出来ずに、自分の運命を呪(のろ)っていました。

人は本当に悲しい時には、泣くことさえ出来ないものだと

学びました。

つかの間の悲しみの後、天より声が聞こえた気がしました。

「お前はまだまだ***にはふさわしくないのだ。」

我に返りました。しかし、

僕には、まだチャンスが残されていたのでした。その後、


紆余曲折がありましたが、これ以上は控えさせていただきます。

昨夜、恋愛小説で感動、泣かされて自分の体験を思い出

したのでした。30年以上も前の、僕の数少ない恋物語でした。

それから後、僕は自分を深く見つめ直しました。当分、結婚を

あきらめ、学生の頃からの《夢》を思い起こし、アメリカに行く

ことを決意して、経済の安定を捨てて、会社を退職しました。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.S. I LOVE YOU.


誰と出会って、誰と過ごすかで、あっという間に、

人生は変わります。

もうひとつ。

理由が無くても、逢えるのが、友達です。

理由が無ければ、逢わないのが、知り合いです。

理由を作ってでも、逢いたいのが、好きな人です。


塾考

いつの時代でも、どこの学校でも、5月の連休が終了すると、

定期試験が始まりました。試験の対処こそ、我々学習塾では、

その存在意義を誇示し、見せびらかす、腕の見せ所なのです。

でももう、それも限界に来ていることを思い知らされました。


今週から連日、夕刻から連夜、脳みそフル稼働です。

今年から塾生の確保のため、小学生から高校生まで枠を

広げました。そのため、前年の試験対策が通用しなくなり、

新たな勉強の必要に迫られるのです。入学した高校が進学校では

ないため、予想は出来ましたが、意外にも、本人のメモによると

国語の試験に「干支(えと)」すなわち十二支の《読み》、

《漢字》と対応する《動物》が問われる問題があるというので

す。もう一般常識です。僕自身、順番に漢字でホワイトボードに

書き出そうとしましたが、いきなり、自分の干支である、二つ目

の丑(うし)で、つまづいたのです。「多分、東大生でも書けな

いんじゃないか。」ってお茶を濁してごまかして、スマホで調べ

てしまいました。すると学生は「先生、スマホ使っても良いです

か?」「自分で調べた方が早いか」彼は自分のスマホを取り出し

て、それを見ながら練習を始めたのです。すると彼は、ものの

数分で、十二支を一度は覚えました。塾講師なんて《かたなし》

です。これの意味するところは? 私の存在意義は一体どこに?

とうとうやって来たのです。塾講師の仕事が無くなる!! もう


《師》や《士》の付く職業の人間はAIに取って変わられると

いった時代の変遷を痛感させられました。少しの知識を持った

我々のような人間は、小学生でさえ持っている携帯電話の、足元

にも及ばない、容易に負けてしまう、想像を大きく超えて凌駕

(りょうが)されるのです。情報処理の速さや能力だけを取り上

げれば、人間はとてもコンピューターには及びません。2045

年には、人工知能は全人類の脳を超えるのです。そして数分後

彼は覚えたであろうと、十二支のテストを自らしてみましたが、

うろ覚えだったようで、いくつか間違えていました。彼が一言。

「先生、覚えるのって大変ですね。」って顔を引いて照れくさそ

うに笑いました。そこで僕は、読んだ本の受け売りで得意げに

話しました。「覚えるのはそれほど難しくはないのよ。」

「本当に難しいのは、忘れる事。覚えるよりも、忘れる事の方が

はるかに、難しいのよ。」「人は一度覚えてしまった事は、忘れ

たくても忘れることが出来ない生き物なのです。」「覚えるため

の方法は色々、考えられているのに」「確実に忘れられる方法は

ひとつも無いのですから。」「そういやー、そうですね。」

彼は座り直して、僕を二度見返し、相槌を打ちました。また

コンピューターが不得意で、人間の存在意義のひとつに

《雑談力》もあるのです。《無駄話》は出来ても《雑談》は

存外、コンピューターには難しいのです。人間でも難しい

ですが。人間は覚えておきたいことは、忘れたくないのに、

忘れたい事は、忘れられないなんて、不便極まりないですよね。

楽しく《雑談》するには、そんな人間の本質も十分に理解しない

と上手に付き合うこと出来ないですから。「あの話、持ち出して

も、もう忘れてるだろうから、大丈夫かな・・」《失恋話し》や

《失敗話し》など、忘れたい嫌な思い出は、なぜに忘れない?


学校には、勉強以外に存在意義があるから、そこでの先生が

居なくなることは決してありませんが、勉強だけを教える

塾講師はもう不必要な時代なのです。本や新聞、雑誌もコン

ピューターに駆逐(くちく)されると言われてましたが、

利便性よりも紙媒体の温かさを渇望する人達が存在する限り、

その需要は無くなりません。うーん、人間が血を流す寿命ある、

不完全な動物でほんとに良かった。体温を持った、決して

リセット出来ない、一か所に落ち着つことの無い存在で、好奇心

から変化を求める呼吸をする生物である、所以(ゆえん)なので

す。全ては理(ことわり)ってことなのです。

以下、某成功者の言葉です。

今あなたがしている事は、

誰かが見ています。いや、誰もが見ています。

手抜きは、必ず、ばれてしまいます。しかし、安心して下さい。

丁寧は、きっと、伝わります。加えて、

成功を目指す人は、3つのものを配ります。

目配り・気配り・心配り。

自分一人では、決して、成功出来ません。

周りの人たちに、3つを配りましょう。さらに、

目配りには、鳥の目、魚の目、虫の目、3つが大切です。

全体を観る目、流れを観る目、詳細を観る目、です。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.S. I LOVE YOU.


 

 


 

人間性

言葉もはっきりと話し、もうすっかり成長したと感じさせる、

今年3歳になろうとする男の子が口にした言葉。朝に出会うと

「おいちゃん、おはようございます」その丁寧語の流暢さに

きょとん、とさせられ、返す言葉に固まってしまいました。

その後、大人との会話が成り立つほどに発達・・ほんと人の

成長ってすごいと感じました。想像以上に早い変化、実際に

人が変わって、違った人間になった様に感じられました。

数分後、話に飽きた僕は、テレビを点けて、目線も合わせず

顔を背(そむ)けると、「おいちゃん、***のこと、

好きーー?」って、不安げな口調で眉根を寄せて聞かれて

しまいました。何て返してやろうかと意地悪な僕は「えーと、

どうかな?」視線をそらせない様に見つめられて、僕は故意に

背中を向けて、答えずにいると今度は「おいちゃん***こと、

好きよね」と、彼自身の欲する答えを言われました。こんな

処世術どこで習って覚えたんだろう。昔の彼(人間)が出来る

ことだけで彼(人間)の価値を判断してはいけないのだ。将来

の彼(人間)は今の自分が想像できないほど大きな事をやって、

多くの人々の幸せを左右する存在になっているのだな、きっと。

人間はたったひとつの些細な事で、信じられない変化を遂げる

生き物なのです、本当に驚きです。きっと、今まで彼を取り巻く

環境が、彼を励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげ

たことを評価してほめた結果なのだろう。考えるに、そのきっか

けになるのは彼の《好奇心》《関心》があったからなのです。


「僕のさっきの行為は大人としてのマナー違反だ」と思い直し、

彼を呼び寄せ、ほっぺたをすり合わせて言わせてもらいました。

「うーん、***大ー好きーー。」彼はぱっと明るくなり、

満面の笑顔を返してくれました。直後、気がすんだのか、

席を離れ一人で遊び始めました。人は経験とともに、知識知恵の

獲得と比例して、自我を強く意識し、自分と自分以外の人間の

感情の境目(相違)を明確に感じ始めた証拠なのでしょう。今ま

では、言葉が話せないがゆえに、口で言わなくても、周りの大人

は自分の要求を叶えてくれたのに、言葉を覚えれば覚えるほど、

自分自身の思いが伝わり難くなるし、さらには、思いが伝わら

ない《もどかしさ》が胸の痛みとなって跳ね返ってくる。

《僕大きくなんて、なりたくないよ》子供の本音がなんだか

伝わってきそうです。


自分自身の思いを言葉で正確に伝えようと、彼は知り得る言葉を

脳みそをフル稼働させ選択して口にするのだが、不思議なことに

言葉を満足に話せない時よりも、相手は自分を理解してくれない

現実に苛立(いらだ)ってしまうのです。自分を自覚すれば

《怒り》、《せっかち》、《焦り》等、言葉で言い表せない感情

を抱えこんで思い悩み続けるのでしょう。そしてそれを埋め合わ

せるように、さらに知識や知恵を学び、多くの言葉を覚えて、

意思の疎通を図ろうと努力するのです。しかし多様な言葉で

物事の解決を図ろうとした人類の歴史と同様におそらく最終

手段は《力で持って相手を支配しようとなるのでしょう》っか。

人は年齢の増加で知性が高くなればなるほど、無力感とともに

その限界を痛切することになって、悩み多い辛く苦しい現実を

過ごすようになるのです。多分、それから先の彼の人生は

《人間性》に依(よ)るでしょう。そして《人間性》は

言った言葉、言われた言葉で、作られると言われます。しかし

ここで話す言葉、言われる言葉は《好奇心》や《関心事》に

影響されるのです。好奇心は、間違いなく、日々の生活を

豊かにしてくれます。そして好奇心は、学びたい心の

原動力になります。好奇心の無い生活はきっと

単調でつまらないものです。一方、


周りを見てあらゆるモノに《関心》を持つように意識すれば、

次に何がどうなるのかを先回りして、想定しておくことが出来

、物事がスムーズに、はかどれるのです。なぜなら、人の感情は

絶え間なく揺れ動くからです。そして、愛される、選ばれる、

守ってもらえる価値には相手を絶対に、おびやかさないという

保証が含まれています。

人は、年齢を重ねるだけでは、大人になるとは限りません。

自分の事ばかり考えず、他人との違いを受け入れて

相手を思いやり、子供のような心を忘れないこと。

正直であること、素直であること、夢中になること。

何も考えずにできるのが子供で、何事も自然に振舞う

ことが出来れば、

きっと素敵な大人になれるのでしょう。っね。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.S. I LOVE YOU.


 

読書

こんな経験無いでしょうか?

いつもそばにあるのに気付かず、見えなかった世界。

しかしある日突然、その世界が見えて来るのです。そうなると

その世界が急に気になりだして、その世界が毎日見えるように

なるのです。そしてそれを見るのがむしろ楽しみに

なって、毎日がわくわくするのです。言い換えれば、

毎日、目にする庭先で、季節の途の、ある日に、可憐(かれん)

に咲いた、美しい花に魅せられるようなものです。学生時代なら

学生時代じゃなくても、一番多いパターンは、

それは

きっと、

《異性》     ではないでしょうか?

男性なら《女の子》、女性なら《男の子》。それ以来単調な日常

がバラ色の世界に見えてきます。僕にも、もちろん


そんな学生時代がありました。でもおとなしく、気弱な僕は・・

ある日、そんな女性の友人との会話で不意に小耳にはさんだ

のです。

「本をよく読んでる、知的そうな人に心惹かれる・・・」

僕ってとっても単純なのです。それまで屋外で馬鹿みたいに

はしゃいでいたのに、その日を境に放課後図書館に立ち寄って

ハードカバーの小さな文字で書かれた本を2、3冊借りて

閲覧室で、それらしく振る舞っていました。彼女に見られて

いた訳でもないのにです。きっと不器用でバカなのでしょうね。

その彼女のちょっとした言葉で、ぼくの人生は大きく変えられ

たのです。不思議なもので、最初は苦痛でしかなかった読書が

ある時から結果、一番の楽しみになったのです。週末が楽しみ

で時間の経つのも忘れるほどに、文字を追いかけていました。

そしてその好みがこの歳まで続いているのです。

昔は推薦図書だけでしたが、今では様々の分野に

拡散しています。会社の先輩から「社会人になってからが

本当の意味での勉強だ。」と工業高校卒業の人から大学卒が

言われましたから若干頭にきたものでした。でもその人の

読書量は半端じゃなかったので、素直に納得しました。

本日一冊の本を読みました。仕事場に何気に置かれた本。

僕なら絶対に手に取ることのない分野。妻が数か月前より

積み上げていた一番上の本。『心晴日和』タイトルになんとなく

惹かれてページをめくりました。学生を待っているまでの時間

つぶしのつもりが結局、最後のページまでめくることに。(学生

は体調不良で土曜日に変更。)人は個々人によって、

誰もが、異なる固有の周波数を持っています。そして

その周波数に合った情報しか知り得ることができません。

だから、自分では決して見つけられない、盲点をカバーする

ために、時には違った周波数の人のアンテナを借りて、自分に

とって空前絶後の周波数で、思いもよらない情報をキャッチ

しなければ、人は思考回路が固まって、考え方が画一化して

しまう危険性があるのです。というのも、人の思考や行動は、

自分が普段いる環境や習慣に、無意識のうちに合わせてしまう

ものだからです。昔、本で読んだ事ですが、読書をする目的は、


《未来に恋するため》と書いてありました。なんだか素敵な理由

だったことだけ覚えています。記憶が不確かですが、真意は、

暗く不安になってしまう毎日の現実生活。でも本の中で、

もし光輝く言葉が見つかれば、きっと未来が輝き、毎日が

ワクワク出来るようになるのではないでしょうか。

だったような・・・なにせ、《知性は言葉に宿ります》から。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。P.S. I LOVE YOU.


連休が終わって、初夏の少し汗ばむ陽気が続いています。やっと

何かを始めてみようと、徐々に気持ちが盛り上がってきました。

本より、もともと人間には
「自分のため」という目的では
発揮できない力が眠っています。

自分以外の誰かのために
自分が存在していると
感じる機会が増えれば

努力を継続したり
一見不可能と思われるような
壁を超えたりすることができる。

(Blog to Soul)水素風呂と時代劇と音楽を愛する左半身麻痺の塾講師