秋の気配???

朝早くふと目が覚めた。起きたくないのに目が覚める。

《ほんとに年取ったのだと自覚させられる。》

こう言った「早朝覚醒」は《うつ病》の病状のひとつなのだそうだ。《気をつけねば》


《実はここ数日、疲れがたまっているのか、

なぜかしんどい、頭が働かないのだ。

考える気力が起こらないのだ。》《DHA不足かも??》

「リリリン、リリリリリン」

秋の虫たちの涼しげな音色が響き渡る。

「あれ、マツムシが泣いている」の童謡が頭をよぎる。

松虫、鈴虫、コオロギ、クツワムシなど、

それぞれが奏でる個性的で楽しげな音色が、実際聞こえているのだろう。 が、、、

僕には区別出来ない、聞き取れない。

しかも不思議と

今朝は、五月蠅(うるさ)く感じる。《なぜだろう?》

「余談だが《五月の蝿(はえ)》と書いて《うるさい》と読むと最近勉強した」

けたたましく、騒々しく聞こえる。

「ふと耳を澄ませば」などの《枕ことば》の付く、

「虫の声」なのだが、

そうだ!!!!これが原因か???


今朝は寝起き間際に久しぶりに夢を見た。普通の夢では無く、

なんだか不気味な気色悪い、空恐ろしい夢だったのだ。

夢の話だから整然としてなくて普通なのだが、

何気ない日常を送っていた所に突然、人間の姿をした《悪魔》のような奴が現れて、僕の生活環境を「建物」や「知り合いの人達」を理由無く破壊してしまうのだ。そして奴はなぜか突然居なくなったのだ。

そして違う場面でまた奴《悪魔》が現れて、そこから逃れようと、もがいている所で目が覚めた。《不思議なことに、僕の知っている人間や場所は一切、見かけなかったのだ。》

妻に詳しく話すと《夢解釈》とやらで、

解ったつもりで、講釈するので、ほんとに鬱陶(うっとう)しい、

それも上から目線で。《この辺りはおばさんの遺伝子と同じか?》

《こういう所が鼻に付く。たまに本当に嫌いになってしまう。》

しかもその夢解釈が僕の痛い所をついているのだ。

《なおさら、うっとうしいのだ》 しかしその後

二人して出かけた。

《理解出来ない人も居るでしょうね!》

《仲が良いのか?、悪いのか?》《不思議な夫婦!!》


10時過ぎから妻と昼食のためドライブに出かけた。

所用で僕の実家と郵便局に立ち寄り、小雨が舞っていたので、

その後ドライブスルーでハンバーガーを買って、車を走らせ、

市内一大きな川の川沿いの景色を、目で味わいながら、

上流の川岸に車を止めて、今度は舌で昼食を味わった。


川岸の日当たりの良い一角に、白色と薄い黄色が目に入った。

「あれ、もしかして?!!」、「あ、コスモス」妻が叫ぶ。

もうコスモスが咲いていた。

でもピンクが無いぞ。《時期がまだ?》

山口百恵の「秋桜」を口遊(ずさ)む。

「薄紅の秋桜がらららら、、、、、、」

《あんなに暑かったのに、もうこんな季節か!!!》

《どうりで朝夕、涼しくなったからな》

《何があっても、自然は変わり続けるのだな?》

改めてその偉大さ、緻密(ちみつ)さ、

自然の摂理を実感した、長月の満月過ぎの一日でした。


今日はここまで。

今日も洋楽2曲紹介します。ではまた。近藤浩二でした。

ビートルズでルーシーインザスカイウイズダイアモンドです。

1967年リリース。ジョンの作品。頭文字を取って「LSD」から麻薬の歌と勘違いされているが、まったく無関係。後のジョンの発言より息子ジュリアンの絵画からヒントを得て作った。

中学生で初めて聞いた時、バックの電気オルガンが英国の冬の持つ、厳寒と寂寥感(せきりょうかん)をしみじみ感じた。

そしてなぜか、肌寒く、心寂しくなった。ものだ。

ジョンの盟友のエルトンジョンが、1974年にカバーし全米NO.1ヒット。

オリジナルアルバム8作目の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のA面の3曲目。世紀の名盤。

アルバムは英米共にNO。1記録。当時21世紀に残す遺産として当アルバムが選出。アルバムのアイデアはポール。

当時としては珍しいコンセプトアルバムです。そのため曲間のサイレント部分が異常に短い。Lpレコードで好みの曲を聴こうと手動で針を落とすと、針が前曲に引っかかり、ピッタリと始まらなかった。


イーグルスでニューキッドインタウンです。

1976年リリース。全米NO.1獲得。歴史的名盤「ホテルカリフォルニア」のA面2曲目。第一弾シングルカット。

西海岸のカリフォルニアの風を感じさせる初期のイーグルスの香り漂う楽曲。ハーモニーの美しい曲。

既に他界したギターのグレンフライがリードボーカル。ドラムのドンヘンリーがコーラス。

アルバムで通して聞き込んで欲しい曲。僕個人もお気に入りの一曲です。LPレコードでA面4曲、100回以上はは聞いただろう。


人気歌手のダリルホールとジョンオーツの事を歌ったそうです。

共作者に古くからの親友の人気歌手のJDサウザーがいる。


おまけで山口百恵で秋桜です。

1977年リリース。さだまさしの作詞作曲。


 

#びっくり火曜日!!!ブルーテューズデイ???

僕の持論では「過干渉(おせっかい)」が人間関係の破たんを招く。


事の発端はこうだ。週末一人の暇な時間があったのだ。ちょっと前なら喜んでいたでしょう。

それでブログを更新した。

昨日夜中、妻が読んで笑っていた。そして今朝の事。、、、、、


でも今は状況が違う。諸々の理由で、

やりたい事がほとんど出来ないのだ。趣味でもって考えて、

「趣味」は色々あるが、音楽鑑賞や映画鑑賞など受け身の動作は「趣味」とは言えない、

ただの暇つぶし(waste of time)と以前、アメリカ人に言われた。

彼曰く、「趣味と言うのは受け身ではなく、

能動的、積極的に、自分が何かをすることで、

向上心があるべきモノ」だそうです。

その中で最近、文章書くことが面白くなってきたのだ。ブログのおかげかも、「56の手習い」とでも言いましょうか。上手くなりたくて、勉強始めました。

本を読んでも、

ドラマを見ても、注意を払い、

気になる言葉や熟語を書き留めて、

辞書でその言葉の使い方を勉強し直しているのだ。

そしてそれをファイルに保存しているのだ。

《自分だけの辞書を作っています。》


、、、、、

今朝突然妻がフェイスブックに、

僕のブログを勝手に紹介したのだ。

すると想像以上にリアクションがあった。のだとか。

《妻の投稿見せてもらった。》

喜ぶべきなのでしょうか?

当然多くの人に読んでもらいたくて投稿しています。

でもなのです。《本音は少し嬉しかった!》


僕のブログのモットーは《こうじ100%》なのです。

「はい、はい、はい」「はい」

「ヒヤヒヤしたんじゃない?」

なのです。一番大事な部分(知られたくない部分)は隠します。そしてそこが見えるか見えないかをヒヤヒヤしながら楽しんでもらう。それ以外は丸裸。99,99999%は見えてます。

でも最後の一線は見えないのです。見せたくないのです。


でも今日からは《こうじ10%》になりそうです。

僕は肩の力を抜いて《本音》を

つれづれなるままに、

実体験をもとに、

不特定多数の読者が楽しめるならと、

私見を書き連ねています。

自分のただの楽しみの一つなのです。


金を儲ける作業のみが《生産的》で価値があって、

それ以外はすべて《非生産的》で無価値と定義づけるなら、

僕のブログは、ある意味、自分の暇つぶしで

《無価値》と言えるでしょう。


それが今回の事で名前と顔が見えてる、

特定の人に読まれるのです。

職業なら割り切れます。

《誰かに認めてもらっているから》

でも単なる趣味なのです。

恥ずかしい。赤面します。

顔から火が出そうです。

これからは肩に力が入りそうです。

プレッシャーなのです。今までのように《本音》が言えるかな。

こんな事書いたら誰か傷つくのではないのかとか、

余計な思考を、深く長く,

考えなければならなくなって,

ロスが増幅してしまう。


僕は基本的にはビビリで、

恥ずかしがり屋で小心者なのです。

そのため苦い経験、体験があります。

その話はまた後日紹介します。


でも気づきました。自意識過剰でした。

「誰もお前の事なんか,

大して気にもしてないぞ。」

って声が聞こえてきそうです。

だから依然と同じように書きますね。

こうじ100%》で頑張ります。


今日も洋楽2曲紹介します。楽しんで下さい。

ではまた。近藤浩二でした。


ビートルズでテュオブアスです。

オリジナル最後の13作目「レットイットビー」のB面一曲目。

1970年リリース。ポールの作品。グループが崩壊していく中、

唯一グループにしがみ付こうとしていたポールが

ジョンとヨーコに向けての心境を歌にして、

二人に問いかけている。

このアルバムのポールの作品は全てそんな感じ。ファンは複雑

中間部分でポールが一人で歌う

「you and I have、、、、、ahead」

「きみと僕には思い出がある。

それは目の前に広がるこの道より長い記憶。」

はジョンへの問いかけで、未練たっぷりで、

こちらまで切なくなる。

最後にジョンが口笛吹いて、

無情にもポールに「さよなら」を言ってるように、

聞こえるのは僕だけではないでしょう。


僕自身はリアルタイムでビートルズは体験してません。

でも中学生時代1972年頃、友人にほぼ全曲カセットにコピーしてもらって好きになった。

大学生時代、この曲と「ブッラクバード」

のイントロのギターを弾きたくて、兄にギターを譲り受けました。

しかしFコードの出現で挫折して、

その後長きに渡りギターとは縁がなかった。

現在左手マヒのため、もう弾くことないのかな? 寂しい。


クリストファークロスでニューヨークシティセレナーデです。

1981年リリース。全米No.1記録。映画「ミスターアーサー」の主題曲。本人が主に作った楽曲。

共作のメンバーがバートバカラックなど一流どころ、

名曲にならないはずなし。

1979年デビューの米国のシンガーソングライター。

一見すると売れないコメディアンかと見間違う。

デビューは衝撃的で、

アルバム「南から来た男」とシングル「セイリング」でグラミー賞の主要5部門独占。こちらも必聴の価値あり。

高音の透き通った美声が最大の魅力。


さびの部分の「When you get caught、、、」月とニューヨークのはざまで捕まった時は

の表現に当時私的に、

《詩的》だなと勉強になったこと、を思い出す。


#ドライブと散歩

今日は昼前から妻と二人で、新車N-boxに乗り込み、朝食と昼食を兼ねて、

昼過ぎまで、家の近くをドライブと散歩。


車が変われば、いつも目に映る風景も変わって見えるから,

不思議だ。新鮮だ。良い刺激。

《写真は本文と無関係》

僕たちはセブンイレブンでお気に入りの「サンドイッチ」を購入し、カウンターの隅に設置してある、

セルフサービスのコーヒーメーカーで

アイスコーヒー一杯を流し入れて外に出た。


乗用車が50台は止まれるというこのコンビニ――セブンイレブン大町店――自慢の駐車場には、

いつも大型トラックが数台停車している。

内側からカーテンが引かれているため、

運転席内部をうかがうことは出来ないが、

恐らく長距離トラックのドライバーたちが

仮眠をとっているのだろう。《暑いのに大変だ》

ここは高速からそう遠くない場所に位置する住宅街。

食料も飲み物も揃い、トイレ設備も整っているコンビニは、

彼等にとっては絶好の休憩スペースという訳だ。


駐車場を出て歩道を進むと、

隣にある運動公園の花壇がしばらく道なりに続く。

季節ごとに花が植え替えられ、

いつもキレイに手入れされている、

この花壇の彩りと香りが、

どれだけの通行人と学生たちの心を和ませているか。

花には詳しくない者にでも、一目で容易に想像できるだろう。

そして公園の中央には、水の都西条市らしく、

給水もできる噴水が吹き出している。

見るだけでとっても涼やかだ。清涼感がある。

しかも花壇を眺めるためのベンチと自動販売機、

ゴミ箱までが近くに設置されているという配慮の徹底ぶり。

さすがは最近改築された、市街地唯一の運動公園。

気配りの細やかさには脱帽する。

少し前までは、夏休みで親子連れを見かけたが、新学期を迎えて、しかも月曜日の朝ということもあり、人通リが少ない。

芝生の緑が鮮やかに光っている。


もう9月だというのに、まだまだ風はなま温かい。

僕たちは歩きながら少しでも暑さを遮(さえぎ)ろうと日陰を求めて、

額からしたたり落ちる汗を手の甲で拭(ぬぐ)う。

しかし広い公園のため、建物が少なく、

頬や耳元、首は文字通り汗まみれ。
どうあがいたところで、

当面の暑さからは逃れられないことを悟っただけだった。


噴水の近くのベンチに腰かけ、

食事を摂ることにした。

噴水近くの給水場で、手ぬぐいを冷水で湿らせ、汗を拭きとる。

ひんやりとする。気持ち良い。心地よい。

飲み切ったコーヒーカップの空き容器に、冷水を注ぎ込み一口吸い込む。

ググ、ゴックン。

「美味し!!」と思わずもらす。


携帯で時間をのぞき込む。そろそろ帰らねば!

ゴミをごみ袋に押し込み、席を立つ。

ごみ袋を持って、来た道を戻る。

駐車場で車に乗り込み15分ほどの我が家に!!帰った!!

ブログでも書こうかな。


今日も洋楽2曲紹介させていただきます。

ビートルズでイフアイフェルです。

当分ビートルズは毎回1曲は取り上げ紹介します。

1964年リリース。これはジョンの作品。彼が全て歌っている。

途中からポールがコーラスで加わり参加。この部分から聞きごたえあり。

本国英国で3作目アルバム「ビートルズがやって来る、ヤ、ヤ、ヤ」のA面3曲目に収録。

映画「ハードデイズナイト」の挿入歌。

とてもきれいなハーモニーに聞きほれてしまいます。

アルバムの中では僕のお気に入り。

ジョンがギブソンのアコースティックギターを抱えて歌っていました。

短いシンプルなラブソングながら、

似たようなメロディーの繰り返しで記憶に残りやすい。

歌いやすくて覚えやすい楽曲だと思うのだが。

サビの終わりでもあり、繰り返しのサビに入る部分の「was in vain」が耳によく残った。「虚(むな)しくだめになった。」の意味。カバーの多い楽曲。


ミニリパートンでラビングユーです。

1974年リリース。全米No.1大ヒット。米国のソウル歌手。シンガーソングライター。

ギターとスティービーワンダーのエレクトリックピアノのバック演奏のみ。

時折小鳥のさえずりが聞こえる。「ララララ、ヂュヂュヂュヂュ、ハーアアア」と小鳥のさえずりが印象的。

ミニー本人と夫、リチャードとの夫婦での共作。

5オクターブの美声で、歌われる美しいメロディーは

まさに珠玉のラブソング。

数多くの歌手が好んでカバーしている。

これぞ永遠の名曲です。

友人の部屋のラジオから不意に流れてきて、思わず聞き入った。

その足でレコード屋に駆け込んで、

鼻歌で「シャララララ、シャラララ、シャラララ、ラララララ」と口ずさんで曲名すら分からず、伝えようとしたが伝わらず、

歯がゆい思いをした思い出がある。

1987年当時レコードの店主すらも、知らなかった。

数日後異なるレコード屋で、

再度鼻歌披露したら、

僕より若い店員が曲名教えてくれました。CD手に入った。

ミニー本人は31歳の若さで、がんとの闘病の末、死去。

本当に凄い人はみんな早くして、死んじゃうんですね。

社会の損出。


 

アウトプットはインプットに比例する

9月から真面目にブログ続けてみようと思いました。

しかし今週末、刺激がほとんど無かった。

ネタが無いぞ。

そこで《アウトプットはインプットに比例する。》って実感しました。


週末、金、土、日と妻が所用で出かけたので、

家に軟禁状態。

新車が納入されたのにもかかわらず、

好きなドライブも許されず、なんとも寂しい限りです。


だから新しい体感、経験、刺激が無いので、

アイデアが沸きあがってこない。

テレビも面白くないし、本を読むしか楽しみが無い。

読みかけの本が近くに見当たらず、

既に読んだ本を読むことに、

でも新鮮じゃないから気が乗らない。

本を色々変えてはみても頭に入らない。


やはり「アイデアは行動量に比例する」のだと改めて実感。

ブログのネタを思いつかない。

友達少なく、逢って話する人も居ない。

これ読んでくれている、あなたが数少ない友人かな?

夕方少しドライブ出来ました。そこでブログ書く気持ちになった


そこで今日も洋楽を2曲紹介して、

お茶を濁(にご)します。

曲はググって調べれば詳細までわかります。

でも簡単な紹介はしておきます。

ではお楽しみ下さい。

僕の選曲好みはメロディー重視です。


少しでも興味を持ちましたら、

ミュージシャンの歌曲を購入して下さい。僕も嬉しいです。

ではまた。近藤浩二でした。


ビートルズでシーラブズユーです。

言わずと知れた天下無敵の英国の4人のロックグループ。

商業的に世界で最も成功したミュージシャン。

各個人もソロで成功。

メンバーの2人はすでに他界。

1965年外貨獲得の功績により、

英国より勲章を叙勲(じゅくん)。逸話多数。

コピーバンドの「fabfour」もかなりエクサレントです。

1963年リリース。英米共にNo.1獲得。

当時英国でシングルレコード最高売り上げを樹立。

これぞ初期のビートルズの代表曲。

ドラムリズムだけのシンプルな短いイントロからコーラスで始まる。

ジョンの若々しい説得力のある高い鋭い声が印象的で魅力。

ジョンとポールの二人の魅力の詰まった、

ほんとの意味で共作だろうな。

ソロパートがどこにも無く、

数少ない、すべてコーラス歌。


ブライアンアダムズでアイデュイットフォユーです。

1991年リリース。カナダ出身のミュージシャン。

全米No.1記録。年間ランキングでもトップ。

世界数か国でもNO.1獲得。映画「ロビンフッド」の主題曲。名盤アルバム多数あり。

翌年アメリカホームステイ時代、

ラジオで初めて聞いて好きに。

生まれて初めて、自分でジュークボックスにコイン入れた、

《ボックスの中に、黒塩ビのレコードが収納されてました。》

ボストンの港で昼間に友人と、ビール飲みながら選曲して聞き入った。

《クオーターコインだったような、はっきり覚えてない。》

名バラード曲。

ブライアンの少しかすれた歌声がバラードでは魅力。


 

これこそ自由???!!!

雀のチュチュチュの鳴き声が鮮明に聞こえる、何気ない日常のとある朝、広いダイニング部屋から、

「触らないで」「触らないで」妻が何やら諭(さと)そうとしています。しかし敵も然る(さる)者。手を伸ばして試みます。

「もう、ほんとに触らないで!!!」「もう、、、、」妻は直ぐに限界に達しそうです。「さっき、食べたやろ。」「もう、忘れたん?」

ブル、ブル、ブル、迎えの車が到着しました。「おはようございます」その後「**おばさん、来たよ」「行くよ」

「おはようございます」ガラガラガラ「お世話になります」

バタン、ブルブルブル、キューン。

ガラガラガラ「おにぎり置いてるから」「行ってきます」、バタン、ブルブルブル、キューン。

僕は再び眠りに就(つ)きます。


認知症**おばさんと暮らし始めて約3か月が来ます。羨ましい程彼女は自由なのです。僕たちの《35億》倍以上は自由なのです。ゆえに、世界でも有数の多幸者だと思います。


見かけた人、みんな知り合いで友達です。しかもみんな自分の家に訪ねて来てくれた人なのです。近づき話掛けます。

「覚えとる?」手を取って「一緒に行こう」妻が止めに入ります。「すいません。」


そして手にした物全ては自分の物。「何しよん?」「私のじゃがね」納得してませんが、どうにか取り上げて戻します。


知らない事、分からない事は、なにひとつありません。「分かっとるわね」「何言よんぞね、知っとんじゃがね」。「偉いね」合わせます。


時たま、喧嘩になる時はありますが、直ぐ忘れてくれるのです。

過去をほとんど明確に記憶していません。10秒前の事すら記憶してません。記憶する能力も持ち合わせていません。しかも未来に想いを馳(は)せる思考力も、未来という概念すら存在しないのです。だから悩みや不安が無いのです。

ただひたすら《今(ナウ)》を我儘(わがまま)《僕には少なくともそう映ります。》に生きています。


「しなければならない」「してはいけない」が存在しないのです。

数秒単位で変貌する「やりたい」、「したい」の私欲に身体が動かされるだけなのです。

思うがままに行動するので、次の行動が予測できない。


本音で生きてない日なんて、もう1日も無い。

我慢する日も1日も無い。

やりたいことはやりたい

いま、この瞬間に、言いたい言葉は全部言いたい


まさに人間に生まれてきたなら、こうありたい。を生きぬいているのでしょう。しかしです。記憶を無くす、こんな人生僕には無理です。

正常に生活するというのは、悩みや不安を抱えるのは当たり前の事なのですね。改めて気が付きました。

制限の無い自由は自由とは呼べないんでしょう。そしてそんな自由は幸福では絶対ないのでしょう。


彼女を見ていて気付くことがある。

好きなように生きても周囲に迷惑をかけることは意外と少ない。そして逆に、自分の感覚を押し殺してまで自己犠牲的になっている時ほど、周囲を負のスパイラルに巻き込むことが多い。のかなと思う。


やりたい時はやる、《下ネタじゃないです。》嫌なものは嫌だと言う。

自分の欲求は勇気を出してはっきりと口にするなど、潔い我儘(わがまま)はある意味、美徳だと思う。

「貧しき者は幸いである。」「貧しい者」とは《何かが不足していて満たされていない人》の意味です。《物質的や精神的にも》


今日はここまで。ではまた。 近藤浩二でした。

今日も2曲プレゼント。

リタクーリッジでハイヤーアンドハイヤーです。

1977年リリース。ゴールドディスク獲得。米国インディアンの血をひく女性シンガー。自身初の大ヒット。全米no.2を記録。ドラムとギターでテンポ良く刻む、リズム感のあるポップソング。他のミュージシャンによるカバー曲多数あり。この曲が最大のヒット。アルバムエニータイム、エニーウエアに収録。この曲とボズスキャッグスのカバー、ウイアーオールアロン2曲を聞きたくてこのLPレコード購入しました。


アンディーギブで恋のときめきです。英国のアイドル歌手。

1977年リリース。ディスコサウンド全盛に乗り、3週連続全米no.1獲得。一人の姉とビージーズのギブ3兄弟の末弟。30歳でウイルス感染で他界。

ディスコサウンドの牽引車である、ビージーズの後押しに乗って、3曲の全米no.1シングルを持つ。アイドルに似合わず、張りのある、よく通る伸びやかで甘い歌声で歌唱力もあって、作詞作曲もこなし多才であった。ある映画の劇中歌で使用され、とても印象深くけっこう好きな歌でした。


おまけでマドンナでクレイジーフォーユーです。

1985年リリース。マドンナ初の全米No.1記録。映画「ビジョンクエスト」の挿入歌。ほぼ主題曲でしょう。当時サウンドトラックのLpレコード購入しました。映画は後にDVDで観ました。でもストーリー覚えてない。どこにでもある単純な青春映画。ジャーニーのオンリーザヤングとこの曲が好きで何度も聞いていました。


 

普段接点のない人々との交流

昨日、夕方階下に降りようとしてると、「ルルルン、ルン」妻の「鼻歌」が聞こえて来る。何やら楽しそうである。なんだか空気が柔らかだ。「バシャバシャ、バシャ」奥の浴槽から湯溜めの音が。

声の出どころの部屋には全裸の赤ん坊が仰向けになって、手足をばたつかせている。「アーン、クチャ、クチャ、フフフ、ハハハ」妻が「今から入浴させる」《大丈夫かな。》

僕が顔をのぞかせると、ずっとこちらを観ている。可愛い男の子。近づいても微笑んでいる。可愛い!!自分の子供と勘違いしてしまう。隣に横になる。一緒に寝そべる。

手足を触って、ほっぺを押してみる。すべすべ、押し返してくる。僕を見てなおも微笑む。落ち着く。幸せを実感する。何か不思議な感覚だ。平和だ。


ふと、《僕にも、このような純粋無垢な子供時代があったのだな》などと思うと、泣きそうになることがあるのは、誰でもなのだろうか。

純粋なもの》に触れると、たまに涙が流れそうになることがある。自分の何かが薄汚れている証拠なのだろう。赤ん坊と過ごしていると、何かが浄化されていくような感覚を覚える 。何かがこみ上げる。この子の側(そば)に永遠に居たい。

不覚にも理由なく今にも、泣きそうだ。

事の真相は妻のブログで確認。


自分や親戚にこどもが生まれない限り、なかなか「日常的に赤ん坊と触れ合える機会」はないものだ。

誰もが同じ社会に暮らしていながら「まったく接点のない」ひとたちがこの世界には無数にいる。

この境界線が溶け出した時、果たして、世界はどのような風景を見せてくれるのだろうか。不思議だ。嫌な事を忘れさせてくれる。楽しい。愉快だ。穏やかだ。


身体から《邪悪》が無くなっていくようだ。なんだか分からないが、幸福を感じる。上手く表現できない。

が身体全体に純粋な真新しい血流が流れる鼓動を体感する。

生きてて本当に良かった。未来が明るく希望が見えてくる。わくわく感が止まらない。そんな心情、感覚だ。

その時間をよくよく味わうことが出来る

余計なことを考えない。この一瞬にすべてが集中する。

そんなことを感じた夕刻のひと時でした。


今日はここまで。ではまた。近藤浩二でした。

ピーターフランプトンでショウ ミイ ザ ウエイです。

1976年リリース。スタジオ録音の曲をライブバージョンで再発売して全米6位のヒット。英国の超イケメンロックミュージシャン。ライブアルバム「フランプトン・カムズ・アライヴ」からのシングルカット。ギター音をコミカルに変化させる「トーキングモジュレーション」が効果的に使用されたポップなロック。

「I want you to show me the way」と思って口づさんでいました。

「Oh、won’t you show me the way」だったんですね。大意は違わないが、やはりリスニングは難しい。高校1年生の当時深夜のラジオ番組で、人気の女性DJがほぼ毎日流してくれた、当時僕のお気に入りの歌でした。

ライブアルバム「フランプトン・カムズ・アライヴ」はライブアルバムとしては最多の売り上げ枚数、全米だけで1千万枚。当時全米No.1記録。彼の代表曲数曲も収録されています。お買い徳品。

当時Lpレコードでは2枚組ですが、現在CDでは1枚に収録。お得盤です。後に大学生時代バイト代をはたいて、清水の舞台から飛び降りる気持ちでLPレコード購入しました。カセットよりもレコードで聞く人だったので、4畳半の部屋を暗くして、日本酒飲みながら一人でよく聞いていました。歌詞カード見ながら一緒に口ずさんでいました。お気に入りのレコードを引っ張り出して4、5時間聞いていました。《イーグルスの「ホテルカリフォルニア」、ビリージョエルの「ストレンジャー」、フォリナーの「ダブルビジョン」、レッドツェッペリンの「Ⅳ」等》当時デンオンのレコードプレーヤーをラジカセにつないで聞いていました。《ひと夏休みのバイト代全額投入しちゃいました。当時15万程だったかな》思い出す。


ミスタービッグでテュービーウイズユーです。

1991年リリース。年末にラディオから流れてきてこのCD欲しくなった。翌年アメリカ生活時代週末、湖畔のセカンドハウスで隣の家から大音量で耳に入ってきて、しみじみと聞き入ったことを思い出す。ミスタービッグの代表曲。全米No.1獲得。キャンプファイヤーなどでみんなで歌いたくなるような曲。シンプルな上に乗りの良い、これぞアメリカンロックと言った名曲。手拍子とアカペラで歌えたら最高にかっこいいだろうな。


おまけで井上陽水で少年時代です。1990年リリース。

子供時代の場景をスローに淡々と歌い上げる牧歌的な風情を感じさせる、陽水渾身の永遠の名曲。なんと陽水最大のヒット曲。多くの歌手にカバーされている。簡易な言葉の歌詞ゆえに情景を頭にイメージし易い。ミリオンヒット。(100万枚以上売り上げ)


#迷惑者#

お盆休み最終日、昼食前の11時頃、喫茶店で正規の駐輪場に駐輪せずに、出入り口の通路に通路を塞ぐように2台の自転車が止まっています。身体の不自由な僕は通行に支障が出ます。(イライラします。)《若(ばか)者》の仕業のようです。


その日の夕刻、スーパーマーケットの駐車場の塀側の排水溝で4、5歳の男子幼児(兄弟のようです)が向かい合って「立って放尿」(通称立ちしょん)を目撃しました。

その傍に父親らしき男性が、《くわえたばこ》で立ってその様子を眺めていました。《信じられません。》


またその日の夜、ドラッグストアで出入り口付近の障害者パーキングに、何気にすました顔して駐車した50過ぎの婦人。「健常者のようです。」


一般社会の常識から大きくずれている、以上3件の当事者たちは、一体どのような人達なのでしょうか?

その後、送り火のため、妻の母方の菩提寺に最後に立ち寄りました。

そこの寺の入り口でこんな文言が目に飛び込んできました。

《迷惑をかけない生き方は できません。
一番大切なことは 人に迷惑をかけている その自覚です。》

《妻(太陽院院長)の昨日のブログと重なる部分もありますが、、、》


上述の人たちは無意識の内に悪気が無い行為ではなく、

身勝手で自分の事しか考えられない、

他人の気持ちの解らない(ただの馬鹿)の人たちですから、

上の文言には当てはまらないようですが、

僕自身反面教師と考えて、改めて自分自身に当てはめて、考えさせられた戒めの言葉になりました。

《この暑さのせいなのでしょうか?》

《さらに暑さが増幅しました。》


今日はここまで。ではまた。近藤浩二でした。


今日も2曲プレゼント。

アトランティックスターでオールウエイズです。

1987年リリース。米国の男女混成ソウルヂュオ。

全ての人の琴線に優しく触れる美しいメロディー。

恋人同士がお互いの愛情を確かめるように会話していく珠玉のラブソング。永遠に心に残る名曲。永遠のスタンダードナンバー。


ジョンジェット&ブラックハーツでアイーラブーロックンロールです。1982年リリース。全米No。1記録。カバー曲多数。

ロックンロール大好き男女の単純な出会いの恋物語。


今日もおまけです。夏にぴったりのボサノバのスタンダードナンバーです。小野リサでイパネマの娘です。


 

ある夏の日の思い出(ソフトクリームの寿命)

今日は久しぶりに外食しました。

外食と言っても贅沢ではありません。速い、安い、美味いのセルフサービスの、うどん屋です。

うどん屋に来ると、僕は学生時代の《悲劇》を今もって思い出します。

そして《悲劇》なのに、笑ってしまうのでした。


高校1年生の事でした。当時町の商店街には、安くて美味しい有名な、うどん屋がありました。

当時僕は頻繁に、土曜日の放課後、隣町の仲良かった友達と自転車でよく商店街を通って、別の友達の家に、二人して立ち寄っていました。

《一緒に勉強するという名目でしたが、本当はそこで将棋を打っていました。》


学校からの帰りに、友人は決まってうどん屋に自転車を止めるのです。「食べていこう。」

僕がお金持ってない。と言うと「おごっちゃるがや!」と微笑みながら、いつも言ってくれるのです。《有難い友人でした。》

かけうどん、当時一杯100円でした。《僕はそれすらありません。》

《ちなみに、当時僕のお小遣いはひと月2000円でした。》

《ほとんど本代に消えていました。》彼にはその本を貸してあげてました。

僕はいつも彼に甘えて、ごちそうになっていました。

《そんなこともあって、僕は今は極力、他人にはご馳走するようにしています。》


梅雨も過ぎた初夏の頃でした。

夜市の準備でアーケードは忙しそうでした。

その日の午後は実力テストの日で帰りは夕刻になっていました。別の友人の家でそのテストの答え合わせをすることになって、

帰りに立ち寄ることにしました。

お互いにお腹を空かしていました。

僕の期待通りに、僕たち二人は帰りに

そのうどん屋に立ち寄りました。


《ソフトクリーム始めました。100円》の張り紙がありました。

店内に入りました。

すごく混雑していました。しかもムーンとしていました。

暑さと湿気で不快でした。

温いうどんよりも冷たいソフトクリームを食べたい気分です。

しかし二人して、かけうどんを注文しました。

店内は狭かったのでした。

そのため両脇の壁には、

一人用のカウンターテーブルが設けられていました。

その日は僕たちも仕方なく、入って左側のカウンターに座りました。

僕たちが食べ終わる頃、

中学生らしい男子3人が

僕たちカウンター近くのテーブルに着きました。

席が空いていましたが、2人が座り、

1人は通路に立ったままでした。

1分後、立っている彼の所に、女定員がソフトクリームを手に持って、彼に手渡しました。

「少しサービスしたからね。」。

普通よりクリームが少し多く巻かれてそうでした。

彼はとっても嬉しそうに、

はにかみながら受け取りました。

僕はその様子を横目でチラチラと、

羨ましく見ていました。


《しかし彼はなぜか、すぐには、

なかなか食べませんでした。》

彼はうどんを待っている友人と、

何やらこそこそと話しているのでした。

おそらく、自分だけが先に食べるのは悪いと思って、

友人を待っていたのでしょう。

《そんな心優しい彼に、

思いもよらない現実《悲劇》が待っていました!!!》

店内はおそらく、温度が徐々に上がっていました。

手に持つコーンの端からクリームが

少しずつ溶け出してコーンを伝って、

床にポツリポツリとひとつふたつと垂れ落ちています。

そんな事にも気づかないのか、

彼自身はうどんを待っている友人との話に夢中です。


彼は空いた近くのカウンター席に座り直しました。

手に持つソフトクリームに斜めの力が入りました。

《ソフトクリームから声が聞こえてきました。

「早く私を助けて!!!」》

《僕には聞こえましたが、

彼に伝えるには時間がありません。》

《もうすでに、秒読みに入っていました。

10,9、8、7、6、、、、、》

彼にはその《ソフトクリームちゃん》からの

悲痛な叫びが聞こえなかったのでした。


コーンの長さに比べて、

クリームが少し長かったのでした。

しかもクリームをらせんの途中で巻き直していました。

《女定員の学生サービス精神が《あだ》となりました。》


その頃彼の友人たちにも、うどんが来ました。

ソフトクリームを手に持つ、彼の口と喉の中は、

ソフトクリームを食べたくて、

もうすでにカラカラなのでした。

さて食べようと意気揚々と、

高まる興奮を冷まそうと、

ソフトクリームを見ながら、

席に座り直そうとした、

まさにその瞬間でした。

ソフトクリームからの、

じらされた罰なのか、

何かの秩序が壊れて、

コーンのほぼ根元からソフトクリームが、

《彼の口の中に行かず、

床に食べられてしまいました。》


彼は唖然としてました。

そして恨めしそうにいつまでも床を見つめていました。

《彼の心情はいかばかりであったでしょうか?》

僕は言葉に表現できないほど、とっても悲しくて仕方ありませんでした。

《自業自得だ!!!》では言いきれない、

やり場のない悔しさも感じました。

しかしながら、

おかしくておかしくて、仕方ありませんでした。


不思議なことに、

彼は表情を少し引きつりながら、

友人と一緒に、

もう片方の手で床に落ちたソフトクリームを指差しながら、

笑っていました。

友人たち二人も一緒に笑っていました。


友人たちと笑っているその様子を見て、

僕はなぜか一段と悲しくなりました。

何一つ彼にしてあげることの出来ない自分の無力さも自覚しました。


僕に出来ることが、何かあったのでしょうか?

彼にソフトクリームをご馳走してあげるべきだったのか?

そのまま貴重な体験として笑いの思い出の一コマとして、留めて置いてあげるべきなのでしょうか?

彼にこれから生きていく人生の教訓として、

「渡る世間に鬼はなし」を知らせてやるべきか?

それとも「渡る世間は鬼ばかり」や「覆水盆に返らず」を教えてやるべきなのか?

今もって僕にはその正解が解らず、

笑い話として話してしまいます。

しかしその話をすると、

不思議と僕自身悲しくなってくるのです。


ビートルズでエイトデイズアウィークです。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/BeatlesEightDaysAWeek.mp3


エルトンジョンでタイニーダンサーです。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/TinyDancer.mp3


 

#「幸福の一杯」#

待ちに待った《一杯》が目の前に現れました。トッピングに無料のニンニクをたっぷり載せます。パッチンと割かれた割りばしを妻から受け取り、ドンブリに付け入れます。麺を拾い上げます。期待に胸膨らませ口に流し入れます。「うぐ」「ぱく、ぱく」


顎を動かし噛みしめるたびに、なんだかしっくりきません。

何かが違います。

あの時の、あの《えもいえぬ》感激は???、

大いなる肩透かしです

繁華街を歩いています。手入れの行き届いた、長い黒髪の後ろ姿の女性を見かけました。無理して急いで追い越して、振り返って見返した時の《がっかり感》が胸をよぎります。まさにそんな感じです。


今日は久しぶりにラーメンを外食しました。20年程前、独身時代仕事終わりに京都で食した「天下一品」です。当時《これほど美味しいラーメン初めて食べたよ》「ううんめえ!!!」と僕は唸りました。しかも夏の暑い夜でした。《すりおろしニンニクの沢山入ってたことだけはよく覚えています。》


しかし残念なことに、疎遠なカスタマーに車で初めて連れて行ってもらった事で、京都のそこの店には一人で再度訪れることは出来ませんでした。《「天下一品」と言う店名だけは覚えていました。》それと同じ名前の店が隣町にあったのです。


僕は躊躇(ちゅうちょ)なく直ぐに妻と食べに入りました。

しかし期待は大きく裏切られました。ものは大きく違わないでしょう。ていうか、ほぼ同じものでしょう。でも美味しく感じません。


食事は「美味しいものを食べる」のではなくて「美味しく食べる」が重要なのでしょう。


当時と比較すると、「もの」は同じであっても、それ以外の条件(背景)が違っています。当時は若くて食欲旺盛で新陳代謝活発です。しかも仕事終わりで空腹でした。


多数の仲間と野外で食すれば、飯盒炊爨(はんごうすいさん)の白米であれ、レトルトカレーでも、最高の《ご馳走》です。


「空腹こそ最高のスパイス」と言われますが、

《空腹》を極限まで耐え忍び、口にする《食事》は、たとえ《粗食》であっても、絶対宇宙一美味しい《食事》、まさに《天下一品》であろう。


今日はここまで。ではまた。近藤浩二でした。


今日も2曲プレゼント。

ジャニスイアンでアットセブンティーン(17歳の頃)です。

米国のフォークソングを歌うシンガーソングライター。1975年リリース。全米No.1記録。グラミー賞受賞作。ジャッジーな作りで寂寥感漂うボサノバ調の名曲。「17歳で真実を学んだ」といった自述的歌詞で多くの人が共感できる内容。

「愛は盲目」が日本では有名。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/AtSeventeenJanisIan.mp3


ダンフォーゲルバーグでハードテュセイです。

1981年リリース。米国の叙情詩人。シンガーソングライターでありマルチプレーヤー。2007年にがんで死去。

親しみやすいフォークロックの曲調と温かみのある声でスマッシュヒット。イーグルスのメンバーがレコーディングに参加。

多作なミュージシャンで隠れた名曲多数あり。必聴の価値あり。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/DanFogelbergHardtoSay.mp3


おまけで、aikoでカブトムシです。1999年、年末リリース。長く歌われ愛される玄人(くろうと)好みのする秀逸作。

現在、午後ティのCMで流れています。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/カブトムシaiko.mp3


 


 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る

徐々に相手との距離が近くなっていきます。もう1メートルを切りました。顔と顔は至近距離数10センチと言ったところでしょうか。互いに声高に叫んでいます。熱が上がり始めるにつれて、互いに真剣な表情で目を合わせて訴えかけています。しかしまったく解ってもらえません。一方がとうとう堪忍袋の緒が切れました。手で相手のほっぺたを往復してしまいました。交渉がやっと一時決着しました。《しかしその場の雰囲気は緊張が走ったままです。》


人の《衝動》は《理性》をも、膝まづかせるものなのです。

以上は想像ですが、

500年程前、探検家コロンブスが北アメリカ大陸を発見し、先住民のインディアンと遭遇した初期の頃のいきさつです。

当時最新科学を有するコロンブスたち文明人は未開人よりも、人並み以上に強欲で身勝手だったでしょう。とりわけ探検家の彼は間違いなく独裁者でわがままの極みであったでしょう。


当時地球はまだ平面であって、ある地点を過ぎれば突然落下して、奈落の底に落ちると一部の知識人以外の人たちは信じていました。

そのような世界観の人たちを引き連れての新航路の発見の旅なのです。独裁者でなければリーダーは務まらないでしょう。


先日の週末。一軒間口の、行列のできる人気のたこ焼き屋の軒先の駐車場で、車内の助士席に座っていました。椅子に腰かけて、行列に加わろうとする一組の母娘を見つけました。3、4歳と思しき可愛らしい女の子が店の窓口付近で、飛んだり跳ねたりしています。しかも駐車場の地面に手で絵を書いています。とても活発な、お子さんです。お母さんは疲れているのか、椅子に座って女の子の遊ぶ様子を頬杖ついて観ています。

女の子と目が合いました。こちらに近づいてきます。車のドア越しに「降りて」「降りて」と声が聞こえました。僕はドアを開けました。さらに近づいて来て、再び「降りて」「降りて」とせがんできます。《彼女は僕と一緒に遊んで欲しかった。》のでしょう。

「ごめんね」「病気で降りられないの。」「ごめんね」顔を近づけて謝ります。

近くで顔を見ました。尋常でない何かを感じました。彼女の両方の頬っぺたが青くにじみ、ひと筋の切り傷が見受けられました。

「ほっぺたどうしたの?」「けがしたの?」答えません。

再三再四聞きました。にこっと笑うだけです。お母さんを見ました。「転んでけがしました。」ふーん。

左右両方の頬っぺた同時に? 不自然過ぎます。

冗談で「DV?」と言うと笑っていました。《あながち、当たらずとも遠からずかも》と思いました。

その後、順番がやってくるまで10分間、あちらこちらに行ったり来たり、当たり構わず触りまくり両手が真っ黒。その手で自分の顔や服を触って、それらも真っ黒。

少しもじっと、していられません。お母さんは一刻も目離しできません。


「元気で子供らしい可愛らしい子供だった。」と帰りの車内で妻と話していると、

「あのほっぺた、転んでけがしたなんて嘘やろ。」

「たぶんお母さん、言うこと聞かん時に、両手でつねるのでは。」

「何度も何度もつねって青血になった。」のでは。

その憶測に僕たちお互い納得。

《子供に対して、《しつけ》を超えた、強い怒りは無いにしても、それに準じる感情は否定出来ないでしょう。》

《まさに、隠すより現るです。》

子育てって本当に大変なのだろうと、子供のいない僕ら夫婦は知る由もありません。


そう言えば、僕が「DV?」と聞き返した時に、母親の表情が一瞬変わったような。《母親は内心、ドキっとしていたのでしょう。》


何度言っても、どんなに言おうとも、

自分の「意志」や「言い分」や「気持ち」を、分かってもらえなければ、

イライラして頭に血が上り、

手や足が反射的に出てしまい、

力で持って説き伏せたがる、ことは人の常でしょう。


近年「体罰」が問題視されて、その是非が論議されています。職業としての指導者ならば、手が出た時点で、レッドカードでしょうが、当事者同士が納得ずくでの《指導》や《躾(しつけ)》はある程度《容認》されて然るべきと僕は思います。


僕が社会人になって間もない数年間、振り返ってみると、

酷似した《失敗》を幾度も繰り返していた時、

先輩の一人が、

「《痛い目》しないと、治らないのかな? 近藤くんは?」

と言われてしまいましたが、実際、

「厄介事」になって相当「苦労」した後、僕自身、

《注意力》、《観察力》、《責任感》等が少しは身に付いたような気がします。


「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」

そして「聖人は経験から悟る」 と言われます。

人によっては、頭で理解するより、

身体で経験し体感しないと、

学ぶことが出来ない事があることも事実でしょう。


今日はここまで。ではまた。近藤浩二でした。


ポインターシスターズでアイムソーエクサイティッドです。

1982年リリース。 アメリカの黒人女性コーラスグループ。

ポップで乗りの良いディスコサウンドです。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/ThePointerSistersImSoExcited.mp3


スティックスでパラダイスシアターです。合衆国のロックバンド。バンド10周年迎え、円熟を極めた傑作コンセプトアルバム。2曲の大ヒットシングルを含む。

1981年リリース。同名アルバムタイトル曲。

原題はザベストオブタイムズ。同アルバムからファーストシングルカット。ライト感あふれるポップロックな作品。

http://taiyohanasaku.waterblue.ws/koji/wp/music/StyxTheBestofTimes.mp3


 

(Blog to Soul)水素風呂と時代劇と音楽を愛する左半身麻痺の塾講師