#半分、青い

この4月から早起きが習慣になってきています。

8時前には目覚め、9時頃までNHKを視聴します。

日曜日を除く、毎日15分で物語が進行していくドラマ。

集中力が途切れない長さ、コマーシャルの無い心地よさ。

飽きの来ないように、1週間単位であらすじを移行させる

創意工夫。 自然と毎日チャンネルを合わせてしまう、

巧妙なわな。「ふ、ぎょ、ぎょ」。「やって、まった」。


「半分、青い」なんか不可解で、落ち着かないタイトルです。

でも毎日見いてると、これが面白いのです。

昭和の経済成長期に、岐阜県の田舎街で生まれた、

ひとりの女の子の、ひとつを除けば、平凡な日常を描いた物語。

家族、同級生、近隣住民等、彼女を取り巻く人々との交流と

古き良き昭和の時代背景とともに、展開される日常生活。

 

不運なことに、なんの落ち度もない彼女が、9歳の幼少時の

ある日突然、左耳の聴力を完全に失ってしまいます。

 

安直に、感傷に浸っている暇などありません。ここは地に

足をつけ、家族の気持ちを最優先に考えて、歯を食いしばって

踏ん張り抜くのでした。少女が、わずか9歳にもかかわらず、

妙に落ち着きはらって、無表情を装って、決して活力を

失うことなく、明るくユーモアたっぷりに、

常に前を向いて、希望に満ちた毎日を、ひるむことなく

たくましく、生きていく姿を描いた成長物語。


試練の時の始まりなのです。

半分の聴力を失い、今まで生きて来た世界が、半分になって

しまったように感じられる毎日。

それを空で例えるならば、頭上の空の、半分は「青空」、

でも残り半分は「曇り空」。と、

いった意味で「半分、青い」。

タイトルの持つ意味をなんとなく

分かったところで一気に時間が進む。

少女から女性に変貌するのです。

時に、少し《大人のような》、《ませた》

子供の発言に、口元が緩みます。

子役の子供の演技が卓越です。


実話なのか、作り話なのか、わかりません。

そんなことを、考えさせない間に、

心がうたれて、胸がいっぱいになるのです。

少女は、気落ちすることなく、今自分が、置かれている

自分の運命を、素直に受け入れ、その上で毎日を楽しんで

生きているのです。僕は思いました。

少女の言動を考えてみると、

人間は本当に弱い生き物であるんだ。っと同時に、

反面、人間はなんて強い生き物なんだ、であることに

驚かされます。そして生きていくために、人間に

本来、備わっている《たおやかさ》と《しなやかさ》を

痛感せずにはいられません。


人は今の自分を、素直に受け入れていれば、それだけで

十分幸せなのです。しかし不思議なことに

自分を楽しませることができていない時に、

人間は苛立ち、他人と比較してしまい、未来に不安を

覚えたりしてしまいます。そして

隣の芝生が青く見えた瞬間に不幸を感じます。

私たちの行動量が増えるのは、自分の心に

正直になったときだけです。思い出しましょう。

夜明け前の直前に、最も暗い時間がくる、ということを。

砂漠のことばで、人は地平線にやしの木が見えた時、

渇して死ぬ、ということを。


人間生きていくためには《友人、家族の手助け》が

必要不可欠です。

友人、家族のあり方を考えさせられる物語です。

《カミュ》の言葉がぴったりでしょう。

 

僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。

僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。

 

ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。ー カミュ

 


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

高校野球

 

ーーーーザッ、ザザッ、----

「シュ、ビューン」。「ザッ、カキーーン」。

----ワオー、ワオー、--ーー歓声が上がります。

小さな白球が、力強く弾かれ、直線を引いて、

誰も居ない空間を飛んでいきました。。

広い球場は、密度の濃い人々で、大きな歓声に

沸きかえっています。

マウンド上では、ピッチャーが、うなだれてその場に

倒れ込んでいます。

今、ホームベースを踏みました。

審判がそれを見届けました。

ホームベース付近では選手たちが喜びあって

雄叫(おたけ)びをあげています。

ーーーーやりました!ーー 近藤くんーーーー

ーーーーさよならヒットです。----

「今のどうでしたか、野村さん」

「いやー、信じられません」、

「ほんとに、よく打ちましたね」

「見事でした」

「西条高校優勝しました」


今年の春の選抜野球は大阪桐蔭の優勝で幕を閉じました。

僕は高校野球が大好きで、無条件で視聴します。

僕は子供の頃、将来なりたかった、

《なりたかった》、っていうのは適切じゃないです、

やりたいと思っていたことのひとつに

野球、高校野球があったのでした。

いまだに興味は失うことなく、野球が一番恋しくなって

我を忘れて見入ってしまいます。

 

昔、ひとりでよく、バットやグラブとボールを持って、

ある場面を空想しながら、独り言を言って、

ヒーローになった、自分の姿を想像して、悦に入って

幸福感を味わっていたのでした。

地元の高校は、夏の選手権で全国制覇も成しえた

古豪なのです。地元は野球熱が半端じゃない。


子供の頃から身軽で俊敏で、水泳以外のスポーツは得意で

大好きだった僕。しかしです。人生はやはり単純じゃない。

 

簡単で単純じゃないから、100年近くの長さで、面白い。

 

同級生の中でも、なかなか大きくなれずに

背が低くて小さく、力の弱かった自分。

力強さの感じられない線の細かった自分。

力の限り投げつけても、遠くまで飛ばないボール。

幾度もバットを振っても、外野の上を超えないボール。

小学生の頃、幾度かの試合でチームに迷惑をかけて嫌気がさして

最後には練習を放り投げて、なんと逃げ出す始末。

失敗を繰り返すたびに、僕の自信もプライドも縮こまって、

ズタズタで、萎縮(いしゅく)してしまいました。

 

過去に手痛い、心に負った傷のせいで、

それ以来心を武装して、

確信の持てないものには、二の足を踏んでしまいます。

 

結果気持ちが廃(すた)れて、部活動は敬遠して、

学生時代は帰宅部。体格面において、大きな不利は否めず、

本能的に、運動においての、大成の見込みは、

悲観的にならざるを得ず、信じたくない、

受け入れたくない現実を、受け入れ、

大好きな運動は、趣味、楽しみの程度に、

とどめようとの考えに至りました。

 

人間、

容赦のない運命に抗(あらが)うことは得策ではありません。

 

どのような道を選んでも、運命は必ず、道のどこかで正面向いて

待ち受けているのです。

 

小さい子供の頃、大好きなおやつが、「かたくりこ」を

お湯で溶かして砂糖を加えたゼリーでした。

それを食べさせてもらうためには、どんな辛いことでも、

我慢した記憶があります。いつかから「しつけ」でやられた、

今もって背中に跡が残っている《やいと》

でもそれが食べたくて、あの熱さにいつまでも耐えていました。

現在なら、何の不自由もなく栄養満点になれるのに。

食生活の影響が大きかったでしょうが、

誰のせいでもありません。それが僕の運命なのでしょう。


人には「得手」、「不得手」があるのです。

 

絶対、どうすることもできない「向き」、「不向き」、

があるのです。おそらくそれは、

満天の星空からたった一粒を見つけ出す奇跡かも。

でもわかっていても、人は無謀にも、追いかける時もあります。

ただ好きで、手っ取り早いというだけで、

標的になりやすいのです。好きなことを追い求めることは

自分自身を取り戻すための、試練だと正当化して

さらに事態を悪化させてしまう場合が多い気がします。

僕は、今となっては、入り口を間違えずに良かったかな。

 

でも今もって「得手」「向き」の手がかりが、、、

一体、どこに?

 

その手がかりが案外、神様仏様とか、そういうのよりも、

毎日の行動の指針を、示してくれるものかもしれません。

 

人生の仕掛けは、かなり手が込んで、極めて巧妙なのです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

桜満開

「なんと、まあ、気持ちの良い、ながめだ」

見渡す限り果てしなく、遮(さえぎ)るものなど何ひとつない、

どこまでも大きく、広がっている青空。

春の日差しが、如来(にょらい)の慈悲のごとく、

広大無辺(こうだいむへん)に、万物の上に

優しく柔らかく降り注いでいる。


ふいに風を感じたくて、窓を開ける。

「ヒューン、ヒューン、ブーン、ブーン」気持ち良い。

視線を外に向けると、車窓から、ときおり目にする

極めて白色に近い、うすーいピンク色の花びらが

寂しくない程度に、身を寄せ合っている集団。

 

また、忘れた頃に視界に入る、垂れ下がった

しだれた枝に、しがみつくように点在している

濃い紅色の花弁(かべん)のかたまり。

 

小道の脇に位置する、さらさらと流れる小川

近くの原っぱ一面に、群集している菜の花たち。

 

小高い山沿いの緑の中に、まばらに程よく適在する

花々たちの色彩ぐあい。水に溶かした絵具を

キャンパスにひっくり返してしまったような色合い。

緑、うすいピンク、紅色、黄色、等々。

 

人為(じんい)では、到底及びもできない、

これぞまさに絶妙な《自然美》。


春の陽気に誘われて、車に乗り込み

自然の展覧絵巻に酔いしれる。

「今日は、もう、何もしたくない」、

「車の中で、横になって、寝るーーう」。

名もなき広場に停車した。

少し眩しいきらきらと、七色に輝く日差し。

そよ風にひらひら、舞い落ちる花びら。

笑顔でわいわい、はしゃぐ人々。

誰もが、平安を享受して心底、実感している解放感。

厳しい冬の寒さを、乗り越えた、からこその

柔和(にゅうわ)で優しい春の《温(ぬく)もり》。


 小倉百人一首 「ひさかたの ひかりのどけき 春の日に 

     しづ心なく 花の散るらむ」紀友則(きのとものり)

古今和歌集


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

初日(始まり)

ここってどこなんだろう?

見るものは、見るとはなしに、思い浮かぶ。

聞くことは、聞くとはなしに、思い当たる。

触るものは、触らなくても、感じることができる。

どこかに行くには、行かなくても、思うだけで移動できちゃう。

宙に浮いている感覚は、ずっと変わっていない。

僕の周りには老若男女、様々な人が

みんなが居てくれたから

ちっとも寂しくなかったんだ。でもある時に

僕、ひとりぼっちになっちゃったんだ。

ーーーー宇宙の摂理に従い、選ばれし《もの》ーーーー

ーーーーそれが僕の運命の始まりーーーー

ある者が僕を呼ぶんだよ。「こちらに来なさい」

「こっち、こっち、急ぎなさい」

「あなたの順番(your Turn)なのだから」

それからずっーーと、ひとりなんだ。周りには誰も居ないんだ。

ひとりになってどれくらい経(た)つかな?

ここってどこなんだろう?

落とし込まれてしまったよ。

閉じ込められたんだよ。

中に入り込んでから、見ることはできない。

聞くことは、何気に聞こえる。

でもなぜか息苦しいんだな。窮屈(きゅうくつ)なのさ。

宙に浮いている感覚は、ずっと変わっていないのに。

ーーーーやがてそのうちーーーー

ーーーー月が満ちてきました。----

「もうこの場所にも、居られないのか」

「この場所から出なければ」

「もう一刻も早く出なければ」

「まだ浮いている」

「これを突き破らないと、出られない」

「初めて誰かが僕の身体を触って手助けしてくれた」

「えーい、やっ」、「えーい、やっ」、「えーい、やっ」。

ーーーー玉のような子が落ちましたーーーー

ーーーー命の誕生ですーーーー


今から57年前の今日《1961年4月1日》早朝

僕、はこの世に生をうけました。

何回目かの生まれ変わりの、人生の始まりでもありました。

4月1日、土曜日、晴天、大安、早朝、母は産気(さんけ)づいたそうな。

3人目なので不安もなく、産婆さんを呼んで父は出勤しました。

父の遺品の日記帳に、長男の兄の時は立ち会って

事細かく時系列的に、詳しく記載されていたのに

僕の時には、それはなんともあっさりと淡白な内容。


《仕事から帰ったら、男の赤ん坊が眠っていた》。とひと言。

嫡男とそれ以外とではこうも違うものかと改めて痛感する。

今でも忘れない小学校5年生の時、父が関西へ社員旅行。

ひとつ上の兄には、お土産にプラモデルが手渡される。

嬉しそうに両手で持ち上げて、はしゃぐ兄。

みんなと同じまんじゅう一個を、ちびちび時間をかけて

味わっていた弟。次の日、母が僕に言い放った言葉。

「しんちゃん(兄のこと)は、跡取りやから」って。


でも僕そんな小さなことに、腐ったりしなかった。

家に縛られることなく、好きなことを

好きにさせてもらえた。感謝している。

おそらく何回目か前の人生で、一度長男に生まれて

上手く人生を過ごすことができずに、苦労したのだろう。

今度生まれ変われるとしたら、長男を避けたいと願って

神様がそれをかなえてくれた、今回の人生で次男に生まれた僕。


今日は僕の残りの人生において、初日なのです。

何回目かの、生まれ変わりの人生の始まりでした。

 

生きるために一番大切なもの、赤ん坊を観ていて、

 

それは《安心感》だと思う

 

自分は守られているのだという安心感、

ダメな時は元気が出るまで、ゆっくりしていればいいのだという

《安心感》があれば、多分、

人間は何度でも、いつからでもやり直せる。

 

《人生、は死ぬまでのまわり道、=道草》でしかないのです

 

できる限り様々な道を、ゆったりと味わって楽しみましょう。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


音声付きの洋楽紹介は、やらないことにしました。

第三者の厳しい目から、ストップがかかったのです。

出来なくなったのです。申し訳ございません。


 

赤ん坊(旅立ち)

《簡潔さこそが知恵の神髄》なのです。

32型のテレビだけが、際立って個性を主張している

特にこれといって、何もない8畳ほどの広さの簡素な部屋。

部屋の真ん中あたりで、一夜をともにした男女。


「春はあけぼの、ようよう白くなりゆく山ぎわ、少し明かりて」

東に面した広い窓から、差し込む朝日の熱を身体全体で

実感した彼は、明け方に目覚めた。部屋は明るいが

今だ静かだ。初めて目にする部屋の景色に、

きょろきょろあたりをうかがってみるが、

何かの違和感を感じて、

起き上がるべきか、どうか悩んでいた。

ーーー「あー、よく眠れたよー」---

ーーー「ここって、どこなんだろう?」ーーー

ーーー「あっ、お母さんかな?ーーー

ーーーでも何か違うような、、、」ーーー

「***くん、起きた、おはよう」ーーー

彼の起床に気づいた妻が起き上がり、声をかける。

男は天井につるされた、カモメの装飾物を

興味深く見入っていた。突然の声に眉根を寄せた。

それは母親でないことは明白だった。自分自身が母親の手に

戻るまでは、決して機嫌を損ねないように

《いい子でいよう》と、そしてこの場をなんとか

やり過ごそうと、小さな心に強く決め

あたりさわりのない表情を保つようにした。


その後8時過ぎに部屋を開ける音で、目覚めた僕は

ふたりの姿を見て起き上がろうかと考えた。

彼は控えめに僕の隣にすっと入り込む。

なぜか、そのよそよそしさに気が引けた。

右隣に振り返るたびに、幼児の小さな横顔を

とらえる。彼は眠ることもなく、まばたきをしながら

とらえどころのない、まったく変わらぬ表情で

静かに、ひたむきに何かを待っているようだ。

しかし彼の目に、ちらりとのぞく弱さが、僕の心を揺さぶった。

「***、今日はお母さん、迎えに来るよ、安心やで」

「もう少しの辛抱だから、」、「***はえらい、ええこや、」

「よしよし、よしよし」。励まし、頭をなでてやる。


彼は朝食は気兼ねなく、遠慮なくときおり笑顔を

みせながら味わっていた。食事が終わると、

昨夜の不安と緊張が、遠い昔のような気がした。

ふいに玄関の引き戸の滑る音が届く。

「ガラガラガラ、おはようございます」

疑うべきもない、まごうことなき母親の声に

表情が一変する。ーーー「もう、長居は無用だ」ーーー

突然、待ちわびていた訪れた朗報に彼の反応は

冷静ではいられなかった。

自分でも想像できない、

声がでる。「あ゛ー、あ゛ー」

心の奥底で望んでいた、深い安堵感と喜びから

不思議と泣けてきそうだ。「わーん」。

椅子を引いて降ろしてあげる。瞬時に

誰よりも一番早く、まっすぐに玄関に向かい

この二日間で最高の笑顔を投げかけ

母親の懐(ふところ)に抱かれる。親子はほっとする。

一見激しく情熱的そうであったが、その再会は

奇妙なことに静かで穏やかであった。

彼は少し紅潮して、口ごもりながら、

泣きじゃくってそうであったが、すぐに正気に戻った。

母親は妙に冷静で、申し訳なさそうに、こちらに視線を

向けながら、笑みを浮かべてわが子を抱きしめていた。


この二日間で、様々な事柄が彼の身に起こり

彼自身が多くを学び、大きく変わったことも事実だ。

おそらく彼の中で学んだ真実のひとつは、

《母親だけが自分自身の本当の安堵と信頼を成しえる、

唯一無二の存在である》といった真実を

揺るぎないものにしてしまい、決して他の人では

だめだとの思いに至ったはずだ。


その後玄関内を元気に、無目的にうろつき

不思議と我々の顔を、ご機嫌をうかがうように、仰ぎ見ながら

母親の腕に抱かれると再び、未練がましく何度も

振り返り、笑みを振りまきながら去っていった。


《赤ん坊って罪な奴だ》

でも許せて、また絶対会いたいと思わせる。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します、ではまた。


ビートルズで「愛こそはすべて」です。

1967年リリース。全英全米ともにNo1位獲得。

1967年6月世界初の衛星中継テレビ番組

「アワー・ワールド」にイギリス代表としてビートルズは

出演し、新曲「All You Need Is Love(愛こそはすべて)」を披露しました。

フランス国家「La Marseillaise(ラ・マルセイエーズ)」から曲が始まる。

曲のエンディングでイギリス民謡の「グリーンスリーブス」や

アメリカン・ジャズの「イン・ザ・ムード」が挿入されています。

最後の「シー・ラブズ・ユー、イェーイェーイェー」はジョンの

アドリブです。


ジャーニーでオープン アームズです。

1982年リリース。5週連続全米No.2位の自身最大の大ヒット。

アルバム「エスケイプ」からシングルカット。


イーグルスでホテルカリフォルニアです。

1976年リリース。全米No1位獲得。同名タイトルアルバムからシングルカット。言わずと知れたロックの名曲。

ギターのドンフェルダーのギターのみの曲「メキシカンレゲー」

が元曲。ドンヘンリーが歌詞をつけた。

12弦ギターのイントロのメロディーが有名。

チューニングが合いすぎて6弦ギターに聞こえてしまう。

終盤のギターソロは聞きごたえ十分。


 

赤ん坊(初めての旅行)

ーーー「ファン、ファン、ファン、パ、っパ、っパ」ーー

ーーー「ファン、ファン、ファン、パ、っパ、っパ」ーー

鍵盤(けんばん)から自動演奏の軽快な音楽が流れてくる。

何か自分でもわからないモノが身体の中で、

もやもやしてくる。うずくような興奮と、

ともに全身に緊張が走る。得体の知れない、

衝動の対処に戸惑う。周りの大人の

反応を、ちらっと見る。模倣しようと、手をばたつかせ

上半身をねじったり、ゆすったりしてみる。

彼のような人間は、アドレナリンの出る活動を絶対好むはずだ。

緊張して燃え上がり、絶頂になった衝動が、川の堰(せき)が

切れて、濁流が流れていくように、あふれだしていった。

嬉しそうで、今にも吹き出しそうな表情をしている。

こわばっていた四肢が、ふわっと柔らくなっていった。

心地よい疲労とともに、徐々にまぶたが重くなってくる。


すやすやと、聞こえないほどの、小さな寝息を

密かに誰にも、悟られることもなく、思いのほか

すんなりと、眠りに就くことができた。

ときおり何かに、衝(つ)き動かされるように

こわばって、寝返りをうつ。


艶やかで張りのある柔肌、変わることのない、

純粋で無垢な心を映した、まっすぐな瞳。

多年間まぎれもなく誰もが求め続ける、愛されるべき人間。

抱き寄せて、抱きつかれ、身体を預けられた瞬間が

生涯忘れられない。

言葉で表現できない、静かな要求と拒絶を身体全部で

訴えかけてくる。


みんなの中での、自分の存在を確認しながら

信頼と安堵を心の底から追い求めている。

深い眠りに落ち込み、足を踏み入れたのか

目覚めの入り口の手前で締め出され、

広い大きな部屋に移される。


翌朝、目覚めた瞬間に目にした景色は

彼の目にどのように映るのでしょうか?

妻を母親と思い込むことがあるのであろうか?

母親のいない夜を過ごすことになった

一歳少しの幼児の、初めての旅行でした。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


ダイアナロスで「マホガニーのテーマ」です。

1976年リリース。全米No1位獲得。アルバム「映画マホガニーサウンドトラック」からシングルカット。

マイケルマッサーの作品。米国の大スター女性シンガー。


 

エルトンジョンでフィラデルフィアフリーダムです。

1975年リリース。全米No1位獲得。シングルオンリー。

フィラデルフィアフリーダムとはテニスプレーヤーの

キング夫人のチームの名前。


 

シンディーローパーでテュルーカラーです。

1986年リリース。全米No1位獲得。アルバム「ツルーカラーズ」からシングルカット。

トムケリーとビリーステインバーグとの共作。


 

10CCでフィルム オブ マイ ラブです。

1975年リリース。シングルカットせず。ヒットアルバム「オリジナルサウンドトラック」に収録。邦題「我愛のフィルム」

大ヒット「アイム ナット イン ラブ」も収録。

架空の映画音楽として秀逸な作品を網羅した傑作アルバム。

英国4人のロックグループ。個性的な曲が多い。


 

 

抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)

昨日の朝は妻が7時くらいから、仕事で市役所へ、同乗しました。

何にも、せかされていないにも関わらず、

不思議なことに、早朝起床が心地よい。

市役所を後にして、スーパーで惣菜パンとコーヒーを購買して

車を西に走らせて食事を味わいながら、人気の農協で新鮮野菜を

求めに行く道中、父のためにと、残った落語のCDを拝聴する。

桜かと間違えそうな、ピンクの杏(あんず)の花が

控えめに咲いている。日差しが穏やかで、

《しじゅうから》が機嫌よく

時折甲高く、鳴いている。「ピー、ピッ、ピー」


少し紹介します。  すこしだけです。

本題の落語に入る前のまくら(つかみのこと)での話し。

 

ーーー「  しばらくのあいだ、おつあいのほどを  」ーーー

 

ーーー「  ひさかたぶりに百貨店に、  」ーーー

---「  老いた母親を連れて、行った時のことです」ーーー

ーーー「  入り口付近に、あるでしょう 」ーーー

ーーー「  箱が置いてありますよね、  」ーーー

ーーー「  そこに書いてあること、   」ーーー

 

ーーー「    あなたの、       」---

ーーー「  お声をお聞かせください   」ーーー

 

 

ーーー「そしたら、、うちの、おかあが、、あの、、、ーーー

ーーー「  、、、箱の前に立って、、、   」ーーー

ーーー「   、、背筋伸ばして、、、    」ーーー

 

ーーー「 え、えーっ、えーっ、 ゴホン、ゴホン」ーーー

 

ーーー「  なに、しゃべろか?、、 えーっ、 」ーーー

 

ーーー「はずかしーーい、さかい、、はよ、、おいで」ーー

ーーー「ほんま、、、びっくり、、しますよ」ーーー

 

ーーー「これ、人から聞いた、はなしですけど、、」ーーー

ーーー「ちょっと、、《ぼけ》はじめたご老人に、

ーーーですね」ーーー

ーーー「生年月日、たずねたん、ですって」ーーー

ーーー「あの、ちょっと、生年月日、ーーー

ーーー教えてもらえますか」ーーー

ーーー「生年月日、言って、もらえますか」ーーー

ーーー「  そうです、、生年月日  」ーーー

 

ーーー「  言ってもらえますか   」ーーー

ーーー「  言ってもらえますか   」ーーー

ーーー「そしたら、その、、ご老人が、、」ーーー

ーーー「え、せいねんがっぴ、をですか、」ーーー

 

ーーー「喉の気道を、伸ばすようにして、」ーーー

ーーー「ひとこと、ひとこと、はっきりと、、」ーーー

ーーー「言うた、そうなんです、、、」ーーー

ーーー「   え、、

 

ーーー「  《せい》、ーー《ねん》、  」ーー

ーーー「  《が、っ》、ーー《ぴ》、ーーって 」ーーー

===大笑い===

ーーー「    そうじゃ、、、なくて     」ーーー

ーーー「 あなたが、生まれた、、ときのこと  」ーーー

ーーー「   はい、、生まれた時のこと、、あの、、」ーーー

ーーー「   ぜんぜん、、覚えて、、、ません   」ーーー

===ふたりして大笑い===

 

ーーー「昨今はアメリカ、ヨーロッパなど、

ーーーー北半球の海外旅行はーーー

ーーーー当たり前の時代。ーーーー

ーーー「つい最近のこと、自分がオーストラリア(南半球)

に行きまして、赤道を超える、といった初体験をしたのです。

 

こっち(北半球)が太陽が当たっている時には、

あっち(南半球)は当たっていない、すなわち

ーーー「こちらが夏なら」ーーー

ーーー「あちらは冬なのです」ーーー

ーーー「こちらが冬なら」ーーー

ーーー「あちらは夏なのです」ーーー

 

ーーー「そうなのです」ーーー

 

ーーー「すべては、こちらとは、正反対なのです」ーーー

 

ですから、

ーーー「こっちは   前に歩くのですが」ーーー

 

 

ーーー「あちらは  後ろに、、、歩くのです」ーーー

=ふたりで中笑い。=

 

ーーー「  次こそは、  本当のはなしをします。」---

ーーー「日本(北半球)からオーストラリア(南半球)に」--

ーーー「飛行機で移動中のこと。」---

 

ーーー「館内放送が入ります。」---

ーーー「  ただいま本機は   」ーーー

 

ーーー「  赤道(せきどう)の、、、真上を」ーーー

 

ーーー「  通過中、、、です」ーーー

 

ーーー「  それを聞いて    」---

ーーー「  、窓から    」---

 

ーーー「  そとを見下ろします。」---

 

ーーー「  それは、  びっくりしました」ーーー

 

ーーー「  わたしもはじめて目にしました」ーーー

 

ーーー「  すごい、 もんですね    」ーーー

 

ーーー「  海のそこに 」ーーー

 

ーーー「 なんと  、、」ーーー

 

ーーー「  あかーーーい、せんが、、、、」ーーー

 

ーーー「  ひいて、あるんですね      」ーーー

= ふたりして大笑い。=

= おあとがよろしいようで、、、、=


《笑い》は、人の気持ちを、あまねく浮き立たせる

長生きの秘伝、妙薬であります。

そして人間だけに許された特権です。

今現在、経済状況は楽観視できないものの、陽気のせいなのか

思うがままに生きることを、何もかもが許されているかの

如く、楽しく嬉しい、ゆかいな日々なのです。

せめて、日がな1日、笑って愉快に過ごそう。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


キャリーンホワイトでスーパーウーマンです。

1988年リリース。全米No.8位。デビューアルバム

「キャリーン ホワイト」に収録。ダブルプラチナ

200万枚記録。ライブで人気の高い曲。

女性が男性にもっと自分を大切にしてほしいと切実に願う歌曲。


 

リッキーリージョーズで恋するチャックです。

1979年リリース。全米No.4位。デビューアルバム

「リッキーリージョーズ」に収録。彼女のデビューシングル。

最近気になる男の子(チャックE)の様子がおかしい。

なぜだろう? 誰かに恋でもしているのかな?って

やきもきしていたら、私に恋してたって、ハッピーな内容。

米国の女性シンガーソングライター。


 

ポールヤングでエブリータイムユーゴーアウエイです。

1985年リリース。全米No.1位。アルバム「シークレットオブ アソシエーション」からシングルカット。カバー曲。

ダリルホールの作品。


 

 

#美しく完璧

体感温度が上昇してやっと、ストーブとはしばらくお別れだ

《春が来た》なんて、嬉しい声が届いたはずなのに、

完璧に《春到来》を実感して、ブログ更新した途端に、

ストーブへの灯油を購入しなければ得ない、安易な結論を

考え直さなければ、ならない不思議な時節。

わずかな間ではあるが、寒さが和らいで、

温かくなり始め、過ごしやすいーと、

ーーーーー思ったと途端にーーーーー

突然舞い戻ってくる寒さ、

小さな喜びの衝撃波が一瞬で

《期待》から息詰まる《落胆》に変わった。

この《不安定極まりない気候》。


かのアインシュタインは、《自然界はすべて完璧で極めて

美しいはずである》といった、ようなことを述べている。

その天才が、のたまう、美しく完璧であるはずの自然の摂理に

おいて、この時節は人間には戸惑い、一筋縄(ひとすじなわ)

ではいかない、すぐに馴染むことの、理解できないそれは、

とらえどころがなく、シンプルには程遠く、複雑怪奇であろう。

《例外のないルールはない》とは言われるが今の季節は

例外なのかな?

しかるに 《不完全で不安定であろうと結論づけられる

この時節の自然界》。この自然の不安定に気持ちが揺れ踊る。

しかしながら一方で、近郊など近くの野原を眺めると

細流のほとり、いたるところで春色に色めいて、

人の心を、ときめかせ、癒し落ち着かせる、命の躍動を感じ

生きとして、生きるものを尊ぶ、自然の恩寵(おんちょう)。


人智を超えた自然界においてさえも、天才とは別に、

一般人には、美しく完璧とは思えないのです。

まして人為的に、簡単に影響される《経済現象》

においては《何をかいわんや》でしょう。

通常なら入学試験が終了して、新入生がにぎわうこの季節

入塾の問い合わせが多少でも、あってしかるべきなのだが。

少子化の影響と  《寄らば大樹の陰》といった《安心感》

を重んじる社会の風潮の関係からでしょう。


科学界で様々な完璧な理論を数多く構築した

アインシュタインでした。ここでそんな

彼の人生そのものは、美しく完璧であったのでしょうか。

晩年には世間に高く評価されましたが、厳しく逆風の

時代もあったようです。紆余曲折で山あり谷ありの

ドラマになりやすい、人間らしい魅力的な人生です。

人間の人生において、何をして《完璧》と判断するのか

意見の分かれるところでしょう。しかし順風満帆で

ない、無駄と思える経験も過ごしたことで、

様々の現象を第三者的に一歩引いて、

冷静に、大局的に、俯瞰(ふかん)して見たことで

名言も残し、人類への功績の大きさは計り知れない。

人間の人生は、完璧な数式などでは絶対表現できないのです。

不安定な天候の続く、この時節の自然界を、彼の観点から

完璧な科学で説明してほしいものです。

でないと留飲(りゅういん)が下がらない。

美しく、完璧と考えられている自然界においても

100パーセント説明のつかない現象もあるのでしょう。


自然界は完璧だから、こそ美しいのでしょう。

しかし自然界のように、

完璧で完全でしかも、美しい人生を送る人はいないのです。

であっても、誰の人生も《完璧》でなくても、きっと《美しい》

《意義深い》人生のはずです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


ジョージハリソンでマイスイートロードです。

1970年リリース。英米ともにNo1位の大ヒット。

大ヒットアルバム「オール シングス マスト パス」に収録。

単調な曲のため、何か物足りなさを感じる。味付けの妙の勝利。

ジョージハリソン最大のヒット曲。彼はすでに他界。

一粒種のダニエルはジョージに瓜二つ。

完成された作品のみが、売れるわけではない、

っといった一つの例。


 

カーペンターズで「遠い思い出」です。

1981年リリース。シングルカットせず。

アルバム「メイド イン アメリカ」に収録。

古き良き懐かしい、趣のある楽曲。

春にぴったりの飛び跳ねるような歌曲。


 

 

スプリング ハズ カム(春がきた)

チア アップ! (Cheer up!)

チア アップ! (Cheer up!)

ヒア カムズ ア ロビン

(Here comes a robin.)

ヒア カムズ ア ロビン

(Here comes a robin.)


昨日にも増して陽光が、さんさんと降り注ぐ

お出かけ日和の、週末の日曜日。

ふと思い出す40年ほど前の今日このごろ。


高校生から、心機一転、勉学にまじめに取り組もうと

意気込んで入学前にもらった、英語のリーディングの

教科書の始まり。

今となっては本文は、記憶は不明瞭ですが、ともかく

挿絵(さしえ)に描かれていた、木々の間から今まさに

飛び立とうと待機している《こまどり》の心の

《弾み》、《躍動感》、《生命力》、《軽快》を

自分自身の心のはればれしさと、重ね合わせて

何かになぜか、ドキドキときめいた、鮮明によみがえる思春期。


ーー少女から女性に変貌する同級生の

ーーー程よい**のふく*みーーー

後戻りができないような、突然目がまわるような

衝動を自制できない、危険性が高くなった年代。

あらぬ妄想を抱かせる、友人からの興味深い情報等。

反面、高校の校訓《質実剛健(しつじつごうけん)》の

ごとく、いっそう厳しくなった先生たちの教授、鞭撻、指導。

とにかく文字を追いかけて、多読することを楽しみにしていた。

ありあまる活力の、静かな反応を、胸躍る心の片隅に

小説本の文章と、ともに無理矢理押し込め

本の中に納めていた。


昼から仕事の妻の用事で隣町まで買い物。

「ざぶとん買おうかと、スーパーで」

「値段の割に、種類も少ないよ」

「ニトリなら種類も豊富やで」、「やっぱり、お値段以上やろ」

「じゃ、ニトリに行こうか」車に飛び乗り、急ぐこと20分。

車窓からの日差しが、まぶしいにも関わらず心地よい。

「今日あついね、暖房切ろ」


週末の日曜日、春の陽気に誘われて社用車より

自家用車が目立つ、途切れることも、ないほど通過する。

赤、青、黄色など、やや派手な服装を

身にまとった、学生らしき若者が、飛び跳ねるように

自転車に乗って、笑顔で楽しそうに話している。

待ちわびていた日差しを、身体いっぱいに浴びようと

背伸びしているような木々の声。「ミシ、ミッシ、ウーン」

開店直後はまだ、すいていたニトリの駐車場も

昼間際にはほぼ満車状態。

山も田舎も街も人々も活気づいて、色めき始めた。

心がほんとに躍る、騒ぐ、気勢が上がる。

《春がきたーーーーー》

今日から何事も始まる。弥生三月の吉日。


当時高校の英語の先生から「春が英語でスプリングなのは」、

「春はスプリング(ばね)のように、飛び跳ねるようで、はじけるからだ」って聞かされた、本当だろうと、今さらながら納得。

《冬来りなば、春遠からじ》です。

少し汗ばむ春の陽気に、あれほど寒かった冬が

懐かしく感じます。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


カーペンターズでマスカレードです。

1973年リリース。シングルカットせず。大ヒットアルバム「ナウ アンド ゼン」に収録。レオンラッセルの作品。

マスカレードとは仮面舞踏会のこと。後にジョージベンソン

で大ヒット。心が離れているのに、そうでないふりをして

関係を続けようとする二人の話。

間奏のフルートのソロが印象的。ピアノのソロも秀逸。

ジャズのスタンダードとして定着している。名曲です。


クイーンで「愛という名の欲望」です。

1980年リリース。4週連続全米No1位の大ヒット。

アルバム「ザ ゲーム」からシングルカット。

ボーカルのフレディーマーキュレーの作品。原題

「Crazy little thing called

love」。邦題がちとくさい。

オールディーズを感じさせる懐かしいロック。


キャロルキングで君の友達です。

1971年リリース。シングルカットせず。アルバム

「つづれ織り」に収録。同年ジェームステイラーがシングルで発表。全米No1位の大ヒット。翌年グラミー賞獲得。

「友情」、「友達」、「人の絆」を歌った歌曲。

原題「You got a friend」。

彼女がピアノとともに歌えば

力強いメーッセッジに聞こえる。


 

 

 

春の気配 OF 85

雲が遠くまで、はき出された、青空の澄みわたる週末の土曜日。


母を連れ出し近くの茶店でモーニングを楽しみ

その後北西に車を走らせること30分、小高い丘の中腹あたりの

世界一長い吊り橋の起点に位置する、

休憩所「サンライズ糸山」に到着。


車を降りると潮の香りが優しくほのかに漂う。

緩やかな坂が自然と足を進ませてくれる。 =軽やかだ。=

青天のおかげで、レンタルサイクル場がにぎわっている。

建物の自動扉を抜けると、正面には強化一枚ガラスからの

海のパノラマが広がる。空は一面、青空。海が陽の光に

反射して目にまぶしく、きらきらと輝いている。

=これぞまさに絶景。=

最前列の一等席に、三人で横一列に腰かける。

水平線が隠れてしまうように、瀬戸内の島々が

握りこぶしほどの大きさで、交錯して点在している。

海面はそよ風による、さざ波だけのおだやかな海上。

時おりエンジン駆動で個人の、小指ほどの釣り用船舶が

海上を滑走している。  心が休まる、落ち着く、癒される。

時間が《ゆったりとゆっくり》と流れる。

=「せとうちや、ああせとうちや、せとうちや」です。=


「お義母さん、いくつになった?」  何気に尋ねる。

すぐにはかえってこない。

「なんぼなんかいね、、、、忘れた、、」

視線をそらせてつぶやく。

 

「うちの母と同級生やから、今年85やわ」

あっと、思い知らされ、ふと我に返る。

「そうなん」。  驚いたように振り返り、うなずく。

「そうだねー」って突っ込む。

=間がもたず、手持ち無沙汰なのか=

「何か食べようか?」ジャンボもなかを等分する。

「もぐもぐ」、「もぐもぐ」、「コーヒー買ってこよう」

ホットのつもりがアイスのボタンを、押してしまったようだ。

仕方なくアイスにアイスを混ぜ込む。でも美味い。

 

「お義母さん、どこか行きたいとこある?」、

「うーん、特になーい」。そっけなく答える。

 

「何か食べたいものは?」、

「うーん、ないね」。即答する。


人は自分で経験したことの無い事は思い描けないのだ。

見たことのない景色は空想することも、

心に思うことも、考えられないのだ。

想像できないのだ。というよりその前に、

考えよう、想像しようとしないのだ。


昭和ひとけた世代は、生きるだけで精一杯だったのだ。

 

特に母は貧乏性で贅沢とはまったく無縁な人なのです。

 

《家族を思いやり、つましく生きるだけ》 の少し哀れな母に

シンパシーを感じた。

=子供のころの 母の苦労を思い出し、うなだれる。=

しかしここでふと考えさせられた。

経済成長の渦中(かちゅう)で 豊かさを経験した者こそが

幸福であるといった、価値観の押し付けは

傲慢(ごうまん)以外の何ものでもないのであろう。

母が僕たちの考えを受け入れることはないであろう。


どのような人にとっても無条件に良いと思う価値観なんて

絶対存在しないのだ。

 

何かをしてあげようといった《急場しのぎ》は今は不必要かな?

 

頼まれもしないことに、首を突っ込む

おせっかいは、よそうと思いとどまった。


今日はここまで。近藤浩二でした。

洋楽紹介します。ではまた。


リトルリバーバンドでリミニッシングです。

1978年リリース。全米No.3位の大ヒット。アルバム「夢追い人」からシングルカット。自身初のヒット曲。

ムード音楽のフレーバー漂う甘い楽曲。ジャズの要素もあり、サビのハーモニー、エンディングのサックス、短いギターソロなど聞き応えたっぷりの出色のナンバーです。

邦題「追憶の甘い日々」=「reminiscing」

=「思い出にふけること」

オーストラリア出身のロックグループ。


 

キャロルキングでフィールジアースです。

1971年リリース。5週連続全米No.1位。アルバム「つづれ織り」からシングルカット。アルバム「タペストリー」は超大ヒット。「イッツ テュー レイト」との両A面。

邦題「空が落ちて来る」。ライブ音源。

ピアノの連弾の始まりが印象的。かっこいい楽曲です。

ブルース要素いっぱいのロックナンバー。


 

ホイットニーヒューストンで「すべてをあなたに」です。

1985年リリース。全米No.1位。アルバム「ホイットニーヒューストン」からシングルカット。

同アルバムから全米No.1位獲得3曲収録。彼女の出世作。

邦題「すべてをあなたに」。いけない恋だと分かっていても

自分の心に素直に正直でいたいのよっていった

禁断の恋を歌った歌曲。バラード曲。

マイケルマッサーとジェリーゴーフィンとの黄金コンビの作品。


 

マイケルジャクソンでビリージーンです。

1983年リリース。7週連続全米No.1位。アルバム「スリラー」からシングルカット。言わずと知れたキングオブポップ。

アルバム「スリラー」はギネス認定の音楽史上最大のヒットアルバム。とっても乗りの良いダンスミュージックかな。

(Blog to Soul)水素風呂と時代劇と音楽を愛する左半身麻痺の塾講師