赤ん坊(再会)

先日のこと、久方ぶりに、ごひいきの赤ん坊がやってきました。

熱が出てしまい、幼稚園に拒否されて、仕方なく

我が家を頼って、昼過ぎに連れてこられました。


もう我が家に連れてこられることに、まったく嫌がることもなく

いつも同じ席に座っている僕の姿を見ると、むしろ喜んで、

笑顔で近づいて来ます。警戒心や心の壁の一部が取り除かれた

ようで、泣きわめくこともなく、好意的に接してくれて、心底

我が家での時間を楽しんでいるようでした。


妻が呼びます、「こっち、こっち」。あふれ出るほどの笑顔で、もって走って来て、かけ寄ります。身体を預け、顔をすりよせ

力の限り抱き着きます。「***ちゃん大好き」。「ウウン」。

 

僕も負けずに呼びます、「***、こっち、こっち」。同じ様に

こぼれ出るほどの笑顔、でもってかけ寄って、抱き着きます。

身体を預けられて抱き寄せます。「***大好き」。「はぁ、はぁ、はぁ」。息があがってしまって、時に切らせていました。

 

一度離れて、二人のほぼ中間あたりに、立ち直りました。

 

「こっち、こっち、こっち」。「こっち、こっち、こっち」。

ふたりして、呼び込もうと試みました。彼は、妻と僕とを

交互に、目を細めて、視線を流していました。続いて目を閉じて

にんまりと微笑みました。誰からも愛されている自分、

そう思うと、彼は部屋の中を踊り回りたい気分でした。

----どっちに行けばーー

ーー良いのだろう?ーーーーその後、

ーーーーおばちゃんかな?ーーーーちらりと妻を見ました。

ーーーーいやーーーーおいちゃんかな?----こちらを

のぞき見ました。----どっちかな?----

考えてそうでした。--ーー一体どうしたものか?--

ーー僕ーーーーわからないよーー

ーー結論が出せそうにありません。

この上ない喜びを、顔に出さないようにするため、

どういった行動で、幕引きをしようかと

彼は、新たな計画に取り組み始めました。

彼だけが、妙に落ち着いていました。しかし少し、

時間がかかりすぎたという、苛立(いらだ)ちと、

疲弊(ひへい)しかかっている足腰は、

すでに限界にきていました。

ーーーー少し疲れたよーーーー思わず力が抜けてしまいました。

その場にへたり込みました。ばつが悪そうに、うつむいて

にやにやと、照れ臭そうに、交互に我々を見合いました。

彼の記憶の中では、どれほど先の見えない状況でも

自分の存在が、否定されたことは、決してないのでした。

熱烈で、本能的な独占欲を抱いているであろう、

大人に対して、誰も傷つかないように、

大げさな表現を避けたようでした。

我々夫婦の力関係を、よくわからない分別のない幼子に、

苦渋の選択を強(し)いた、大人のわがままを許してね。

っと、心の中で詫(わ)びました。


我々3人は、血のつながりを超えたところで、

いつの間にか、親密な関係を結ぶほどの信頼レベルとなった

強い結束力で結ばれていたのでした。

ほんとに本当に可愛い。強く抱きしめて、もう離したくない。

今日から君はもう、うちの子だ、誰にもわたさない。

そんな思いに駆(か)られてしまいました。だめだ犯罪だ。

誰かを好きになる事、愛(いと)おしいと思う事は

ある意味《罪》なのだと、認識した所存でした。

だからこそ、日々の生活の中で、

ちょっとでも自分の成長につながったり、

発見があったり、今後の些細なことであれ、

小さくても確かな幸せを、

大切にしていこうと同時に、見つける努力を怠らないように

していこうと、見つめ直させられました。

その方が、世界が広がりますから。

《辛く、苦しく》はもうやめましょう。

《楽しく、幸せに》で生きていきましょう。


感情や衝動を自制するのは、大人でも簡単ではありません。

わずか一歳余りにも関わらず、答えが出せない子供の心の中、

《大人をも超えた気遣い》の、底知れない大きさ、広さ、深さに

驚愕(きょうがく)とともに、感嘆させられました。

《社会性》を必要とされる人間に生まれて来た以上、

たとえ幼子であれ、日常生活そのものや、モノの見方や、

価値観までも、が《社会の中での自分の存在意義》に

なってしまいます。そういう意識がきっと、

《人間の性格、人間性》を育(はぐく)み形成していきます。

ひいてはそれが、世界を形作ります。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

#半分、青い

この4月から早起きが習慣になってきています。

8時前には目覚め、9時頃までNHKを視聴します。

日曜日を除く、毎日15分で物語が進行していくドラマ。

集中力が途切れない長さ、コマーシャルの無い心地よさ。

飽きの来ないように、1週間単位であらすじを移行させる

創意工夫。 自然と毎日チャンネルを合わせてしまう、

巧妙なわな。「ふ、ぎょ、ぎょ」。「やって、まった」。


「半分、青い」なんか不可解で、落ち着かないタイトルです。

でも毎日見いてると、これが面白いのです。

昭和の経済成長期に、岐阜県の田舎街で生まれた、

ひとりの女の子の、ひとつを除けば、平凡な日常を描いた物語。

家族、同級生、近隣住民等、彼女を取り巻く人々との交流と

古き良き昭和の時代背景とともに、展開される日常生活。

 

不運なことに、なんの落ち度もない彼女が、9歳の幼少時の

ある日突然、左耳の聴力を完全に失ってしまいます。

 

安直に、感傷に浸っている暇などありません。ここは地に

足をつけ、家族の気持ちを最優先に考えて、歯を食いしばって

踏ん張り抜くのでした。少女が、わずか9歳にもかかわらず、

妙に落ち着きはらって、無表情を装って、決して活力を

失うことなく、明るくユーモアたっぷりに、

常に前を向いて、希望に満ちた毎日を、ひるむことなく

たくましく、生きていく姿を描いた成長物語。


試練の時の始まりなのです。

半分の聴力を失い、今まで生きて来た世界が、半分になって

しまったように感じられる毎日。

それを空で例えるならば、頭上の空の、半分は「青空」、

でも残り半分は「曇り空」。と、

いった意味で「半分、青い」。

タイトルの持つ意味をなんとなく

分かったところで一気に時間が進む。

少女から女性に変貌するのです。

時に、少し《大人のような》、《ませた》

子供の発言に、口元が緩みます。

子役の子供の演技が卓越です。


実話なのか、作り話なのか、わかりません。

そんなことを、考えさせない間に、

心がうたれて、胸がいっぱいになるのです。

少女は、気落ちすることなく、今自分が、置かれている

自分の運命を、素直に受け入れ、その上で毎日を楽しんで

生きているのです。僕は思いました。

少女の言動を考えてみると、

人間は本当に弱い生き物であるんだ。っと同時に、

反面、人間はなんて強い生き物なんだ、であることに

驚かされます。そして生きていくために、人間に

本来、備わっている《たおやかさ》と《しなやかさ》を

痛感せずにはいられません。


人は今の自分を、素直に受け入れていれば、それだけで

十分幸せなのです。しかし不思議なことに

自分を楽しませることができていない時に、

人間は苛立ち、他人と比較してしまい、未来に不安を

覚えたりしてしまいます。そして

隣の芝生が青く見えた瞬間に不幸を感じます。

私たちの行動量が増えるのは、自分の心に

正直になったときだけです。思い出しましょう。

夜明け前の直前に、最も暗い時間がくる、ということを。

砂漠のことばで、人は地平線にやしの木が見えた時、

渇して死ぬ、ということを。


人間生きていくためには《友人、家族の手助け》が

必要不可欠です。

友人、家族のあり方を考えさせられる物語です。

《カミュ》の言葉がぴったりでしょう。

 

僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。

僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。

 

ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。ー カミュ

 


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

高校野球

 

ーーーーザッ、ザザッ、----

「シュ、ビューン」。「ザッ、カキーーン」。

----ワオー、ワオー、--ーー歓声が上がります。

小さな白球が、力強く弾かれ、直線を引いて、

誰も居ない空間を飛んでいきました。。

広い球場は、密度の濃い人々で、大きな歓声に

沸きかえっています。

マウンド上では、ピッチャーが、うなだれてその場に

倒れ込んでいます。

今、ホームベースを踏みました。

審判がそれを見届けました。

ホームベース付近では選手たちが喜びあって

雄叫(おたけ)びをあげています。

ーーーーやりました!ーー 近藤くんーーーー

ーーーーさよならヒットです。----

「今のどうでしたか、野村さん」

「いやー、信じられません」、

「ほんとに、よく打ちましたね」

「見事でした」

「西条高校優勝しました」


今年の春の選抜野球は大阪桐蔭の優勝で幕を閉じました。

僕は高校野球が大好きで、無条件で視聴します。

僕は子供の頃、将来なりたかった、

《なりたかった》、っていうのは適切じゃないです、

やりたいと思っていたことのひとつに

野球、高校野球があったのでした。

いまだに興味は失うことなく、野球が一番恋しくなって

我を忘れて見入ってしまいます。

 

昔、ひとりでよく、バットやグラブとボールを持って、

ある場面を空想しながら、独り言を言って、

ヒーローになった、自分の姿を想像して、悦に入って

幸福感を味わっていたのでした。

地元の高校は、夏の選手権で全国制覇も成しえた

古豪なのです。地元は野球熱が半端じゃない。


子供の頃から身軽で俊敏で、水泳以外のスポーツは得意で

大好きだった僕。しかしです。人生はやはり単純じゃない。

 

簡単で単純じゃないから、100年近くの長さで、面白い。

 

同級生の中でも、なかなか大きくなれずに

背が低くて小さく、力の弱かった自分。

力強さの感じられない線の細かった自分。

力の限り投げつけても、遠くまで飛ばないボール。

幾度もバットを振っても、外野の上を超えないボール。

小学生の頃、幾度かの試合でチームに迷惑をかけて嫌気がさして

最後には練習を放り投げて、なんと逃げ出す始末。

失敗を繰り返すたびに、僕の自信もプライドも縮こまって、

ズタズタで、萎縮(いしゅく)してしまいました。

 

過去に手痛い、心に負った傷のせいで、

それ以来心を武装して、

確信の持てないものには、二の足を踏んでしまいます。

 

結果気持ちが廃(すた)れて、部活動は敬遠して、

学生時代は帰宅部。体格面において、大きな不利は否めず、

本能的に、運動においての、大成の見込みは、

悲観的にならざるを得ず、信じたくない、

受け入れたくない現実を、受け入れ、

大好きな運動は、趣味、楽しみの程度に、

とどめようとの考えに至りました。

 

人間、

容赦のない運命に抗(あらが)うことは得策ではありません。

 

どのような道を選んでも、運命は必ず、道のどこかで正面向いて

待ち受けているのです。

 

小さい子供の頃、大好きなおやつが、「かたくりこ」を

お湯で溶かして砂糖を加えたゼリーでした。

それを食べさせてもらうためには、どんな辛いことでも、

我慢した記憶があります。いつかから「しつけ」でやられた、

今もって背中に跡が残っている《やいと》

でもそれが食べたくて、あの熱さにいつまでも耐えていました。

現在なら、何の不自由もなく栄養満点になれるのに。

食生活の影響が大きかったでしょうが、

誰のせいでもありません。それが僕の運命なのでしょう。


人には「得手」、「不得手」があるのです。

 

絶対、どうすることもできない「向き」、「不向き」、

があるのです。おそらくそれは、

満天の星空からたった一粒を見つけ出す奇跡かも。

でもわかっていても、人は無謀にも、追いかける時もあります。

ただ好きで、手っ取り早いというだけで、

標的になりやすいのです。好きなことを追い求めることは

自分自身を取り戻すための、試練だと正当化して

さらに事態を悪化させてしまう場合が多い気がします。

僕は、今となっては、入り口を間違えずに良かったかな。

 

でも今もって「得手」「向き」の手がかりが、、、

一体、どこに?

 

その手がかりが案外、神様仏様とか、そういうのよりも、

毎日の行動の指針を、示してくれるものかもしれません。

 

人生の仕掛けは、かなり手が込んで、極めて巧妙なのです。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

桜満開

「なんと、まあ、気持ちの良い、ながめだ」

見渡す限り果てしなく、遮(さえぎ)るものなど何ひとつない、

どこまでも大きく、広がっている青空。

春の日差しが、如来(にょらい)の慈悲のごとく、

広大無辺(こうだいむへん)に、万物の上に

優しく柔らかく降り注いでいる。


ふいに風を感じたくて、窓を開ける。

「ヒューン、ヒューン、ブーン、ブーン」気持ち良い。

視線を外に向けると、車窓から、ときおり目にする

極めて白色に近い、うすーいピンク色の花びらが

寂しくない程度に、身を寄せ合っている集団。

 

また、忘れた頃に視界に入る、垂れ下がった

しだれた枝に、しがみつくように点在している

濃い紅色の花弁(かべん)のかたまり。

 

小道の脇に位置する、さらさらと流れる小川

近くの原っぱ一面に、群集している菜の花たち。

 

小高い山沿いの緑の中に、まばらに程よく適在する

花々たちの色彩ぐあい。水に溶かした絵具を

キャンパスにひっくり返してしまったような色合い。

緑、うすいピンク、紅色、黄色、等々。

 

人為(じんい)では、到底及びもできない、

これぞまさに絶妙な《自然美》。


春の陽気に誘われて、車に乗り込み

自然の展覧絵巻に酔いしれる。

「今日は、もう、何もしたくない」、

「車の中で、横になって、寝るーーう」。

名もなき広場に停車した。

少し眩しいきらきらと、七色に輝く日差し。

そよ風にひらひら、舞い落ちる花びら。

笑顔でわいわい、はしゃぐ人々。

誰もが、平安を享受して心底、実感している解放感。

厳しい冬の寒さを、乗り越えた、からこその

柔和(にゅうわ)で優しい春の《温(ぬく)もり》。


 小倉百人一首 「ひさかたの ひかりのどけき 春の日に 

     しづ心なく 花の散るらむ」紀友則(きのとものり)

古今和歌集


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


 

初日(始まり)

ここってどこなんだろう?

見るものは、見るとはなしに、思い浮かぶ。

聞くことは、聞くとはなしに、思い当たる。

触るものは、触らなくても、感じることができる。

どこかに行くには、行かなくても、思うだけで移動できちゃう。

宙に浮いている感覚は、ずっと変わっていない。

僕の周りには老若男女、様々な人が

みんなが居てくれたから

ちっとも寂しくなかったんだ。でもある時に

僕、ひとりぼっちになっちゃったんだ。

ーーーー宇宙の摂理に従い、選ばれし《もの》ーーーー

ーーーーそれが僕の運命の始まりーーーー

ある者が僕を呼ぶんだよ。「こちらに来なさい」

「こっち、こっち、急ぎなさい」

「あなたの順番(your Turn)なのだから」

それからずっーーと、ひとりなんだ。周りには誰も居ないんだ。

ひとりになってどれくらい経(た)つかな?

ここってどこなんだろう?

落とし込まれてしまったよ。

閉じ込められたんだよ。

中に入り込んでから、見ることはできない。

聞くことは、何気に聞こえる。

でもなぜか息苦しいんだな。窮屈(きゅうくつ)なのさ。

宙に浮いている感覚は、ずっと変わっていないのに。

ーーーーやがてそのうちーーーー

ーーーー月が満ちてきました。----

「もうこの場所にも、居られないのか」

「この場所から出なければ」

「もう一刻も早く出なければ」

「まだ浮いている」

「これを突き破らないと、出られない」

「初めて誰かが僕の身体を触って手助けしてくれた」

「えーい、やっ」、「えーい、やっ」、「えーい、やっ」。

ーーーー玉のような子が落ちましたーーーー

ーーーー命の誕生ですーーーー


今から57年前の今日《1961年4月1日》早朝

僕、はこの世に生をうけました。

何回目かの生まれ変わりの、人生の始まりでもありました。

4月1日、土曜日、晴天、大安、早朝、母は産気(さんけ)づいたそうな。

3人目なので不安もなく、産婆さんを呼んで父は出勤しました。

父の遺品の日記帳に、長男の兄の時は立ち会って

事細かく時系列的に、詳しく記載されていたのに

僕の時には、それはなんともあっさりと淡白な内容。


《仕事から帰ったら、男の赤ん坊が眠っていた》。とひと言。

嫡男とそれ以外とではこうも違うものかと改めて痛感する。

今でも忘れない小学校5年生の時、父が関西へ社員旅行。

ひとつ上の兄には、お土産にプラモデルが手渡される。

嬉しそうに両手で持ち上げて、はしゃぐ兄。

みんなと同じまんじゅう一個を、ちびちび時間をかけて

味わっていた弟。次の日、母が僕に言い放った言葉。

「しんちゃん(兄のこと)は、跡取りやから」って。


でも僕そんな小さなことに、腐ったりしなかった。

家に縛られることなく、好きなことを

好きにさせてもらえた。感謝している。

おそらく何回目か前の人生で、一度長男に生まれて

上手く人生を過ごすことができずに、苦労したのだろう。

今度生まれ変われるとしたら、長男を避けたいと願って

神様がそれをかなえてくれた、今回の人生で次男に生まれた僕。


今日は僕の残りの人生において、初日なのです。

何回目かの、生まれ変わりの人生の始まりでした。

 

生きるために一番大切なもの、赤ん坊を観ていて、

 

それは《安心感》だと思う

 

自分は守られているのだという安心感、

ダメな時は元気が出るまで、ゆっくりしていればいいのだという

《安心感》があれば、多分、

人間は何度でも、いつからでもやり直せる。

 

《人生、は死ぬまでのまわり道、=道草》でしかないのです

 

できる限り様々な道を、ゆったりと味わって楽しみましょう。


今日はここまで。近藤浩二でした。

ではまた。


音声付きの洋楽紹介は、やらないことにしました。

第三者の厳しい目から、ストップがかかったのです。

出来なくなったのです。申し訳ございません。